61.不憫な男
『どうしようウィル!!しょこらが捕まっちゃったんだ!!それに船はもう消えちゃって……』
その日の夜、アルクはウィルに念話を繋いでいた。
『しょこらに何かあったらどうしよう!!やっぱり僕がしょこらの代わりに行くべきだった……』
『おい、まあ落ち着けよ』
ウィルは研究室に座り、相変わらず紙にペンを走らせていた。
『しょこらがそう簡単にやられたりしないだろ。何か目的があって船に残ったのかも知れねえぞ』
『だけど、念話が使えないってことは、また魔法が使えない状況にいるってことだし……』
『しょこらは魔法より体術の方が得意だろ』
ウィルも一応心配はしている。
しかしアルクをこれ以上不安にさせないよう、わざと平然と答えているのだ。
『それよりさ、しょこらが転移させたって紙のことも教えろよ』
『ああ、うん、それが……』
アルクは書類の内容を読み上げる。
全てを読み終えるまで、ウィルはじっと耳を傾けていた。
『やっぱりバルダン帝国は、アゼリア国に侵攻するつもりだよ。だけど、ファウンデン領に侵攻するんじゃなくて、実際はもっと北側から攻めてくるつもりみたいなんだ』
その書類には、作戦の詳細が記載されている。
わざとアゼリア大陸の西南部、バルダン帝国から最短距離のファウンデン領付近に、奴らは船を近づける。
侵攻の意図があると見せかけ、アゼリア国がファウンデン領付近に兵力を集中させるのが狙いだ。
そして実際は大陸の北西、小さな村が集まった地域から、攻め入って来る計画のようだ。
『へえ。じゃあ、ファウンデン領の海域に侵入してきた船は、ただの見せかけなんだな』
ウィルは手の中でペンをくるくると回しながら言う。
『そうみたい……。ねえウィル、これってユリアンに知らせた方がいいよね?北側の防衛を固めるように……』
『ああ、まあな……』
ウィルはペンを回し続けながら、考えに耽った。
ダアアアアアアアアアアン!!!!
ダアアアアアアアアアアン!!!!
「おい、お前、もうやめるんだ!おい、頼む、やめてくれ……」
その頃俺は、結界で覆われた扉に、続けざまに猫キックをかましていた。
ダアアアアアアアアアアン!!!!
ダアアアアアアアアアアン!!!!
「おい、やめろって!そんなことをしても、結界は何度でも張り直す!!お前をここから出す訳には……」
ダアアアアアアアアアアン!!!!
ダアアアアアアアアアアン!!!!
「お願い、もうやめて………」
銀髪の男は軽いノイローゼになっていた。
俺が夜中になっても、扉を蹴り続けるのを止めないからだ。
捕まってから数時間の間に、俺はかれこれ50回以上は結界ごと扉を蹴破っていた。
その度に唯一魔法が使える銀髪男が、結界を張り直すのだ。
「まったく、なんなんだこの猫、どれだけ強力な結界だと思ってるんだ……それをいとも簡単に……」
ダアアアアアアアアアアン!!!!
ダアアアアアアアアアアン!!!!
しかし51回目となった今、男はついに悲鳴を上げる。
「ああもう、分かった!出してやるが絶対に逃げるな、魔法も使うな!!私に背けば我が国への宣戦布告と受け止める、分かったか!!」
バキイイイイイイィィィィィィ!!!!
俺は扉を完全に蹴破り、さっと部屋の外へ出た。
「おい、さっさと諦めてりゃ、こんな苦労しなくて済んだんだぞ」
俺は右前足で、へたり込んでいる男の腕をちょんと触って言った。
だが言葉は通じないので、男の耳にはただニャーーーという泣き声だけが響く。
しかし男は何となく、俺が言いたいことを気配で察したようだ。
「まったく、従魔がこれでは、勇者というのはどれだけ恐ろしいんだ……」
銀髪男はどこかゲッソリして、ふるふると頭を振った。
よく見ると男は真っ赤な瞳を持っている。
二十代前半ぐらいの若い男で、おそらく王族の正装と思われる、金色の刺繡が入った白い服に、グレーのマントを羽織っていた。
その顔立ちは無駄に整っており、心なしか顔の周囲にキラキラと光を纏っているようにさえ見える。
しかし俺にとって、そんな事はどうでも良い。
俺はとりあえず、船内をスタスタと歩き始めた。
すると男は、のこのこ後から付いて来る。
「おい、言っておくが、お前をこの船から出す訳にはいかない。ここはいわばお前の監獄だ。我々の計画が達成されるまで、お前はここに留まるんだ。それに船から出たとして、周囲は海に囲まれている。お前には帰る手段がないぞ」
男が俺に向かってそう言うが、俺はとりあえず無視する。
そして再び、先程書類がバラまかれていた会議室へと足を踏み入れた。
時刻は既に夜中なので、そこには他の船員の姿はなかった。
おそらくこの男だけが、俺の監視役で起きているのだろう。
俺は再度、残った紙に目を通す。
しかしそこには航路図や船の内部構造に関する書類があるだけだった。
やはり情報を得るには、この男から聞くのが一番だ。
言葉が通じないと面倒なので、俺は猫耳忍者に変身する。
「うわあっ………従魔って、変身までできるのか……」
俺が変身した姿を見て、銀髪男は口をポカンと開けて言った。
「おう。で、とりあえずお前らの計画とやらを全て話してくれ」
俺が腰に手を当てて尋ねると、男はフッと笑みを浮かべる。
「お前な、そう言われて機密情報を漏らす奴がどこに……って、ちょっと待て待て待て、待つんだ……」
俺が目を光らせ、大きく腕を振りかぶったところで、銀髪男は焦ってそれを制止する。
俺に殴られるとどうなるか分かっているのだ。
すると男は諦めたように、深くため息をついた。
「はあ、全く、嫌になる。私はいつもこうだ。どんなに丹念に計画しても、必ずどこかで躓く。父上の望む結果を得られない。これだから臣下からも馬鹿にされるんだ……」
男は急にしゅんとして、足を抱えて床に座り込む。
まるでいじけてしまった子供のようだった。
「私の取り柄など、所詮この容姿だけだ………」
その気味の悪いセリフについては、俺は聞かなかったことにした。
「おい、話聞いてやるから、元気出せよ」
俺は男の隣にしゃがみ込み、またその腕にそっと右手を添えた。
何となく阿呆そうなので、懐柔すればペラペラ話し出しそうだ。
「いつも父親に叱られるのか。王族というのは大変だな」
すると男は俯いていた顔をパッと上げ、目をウルウルとさせ俺を見た。
「わ、分かってくれるか!!父上は本当にいつも、私に対してお怒りなんだ。私だって精一杯頑張っているのに……」
そして男は、自らについて語り始めた。




