6.王女の執事
「それこそ、転移魔法でも使えない限り、侵入することも、脱出することも不可能です」
王女がアルクに向かってささやく。
そして改めて、アルクのシャツのボタンを外そうとする。
しかしなぜか王女は手を動かせず、二つ目のボタンに手をかけたまま、小さく震えたままだった。
「……躊躇ってはだめよ、お父様のために、何としても……」
王女が自分を説得するように言う。
そして改めて二つ目のボタンに手をかけたその時、誰かが王女の手を掴む。
「えっ………?」
王女が驚いて見上げると、それは例の使用人だった。
「ちょ、ちょっとミーシャ、勝手に部屋に入ってはいけないって、いつも言ってるでしょ!!」
王女が慌てて言い、肌着を隠すように思わずシーツを手繰り寄せる。
「申し訳ございません。しかしユリアン様、もう気が済んだでしょう。これ以上馬鹿な真似はよしましょう」
「ま、また貴方、私を馬鹿って言ったわね!!」
その使用人はミーシャと言うらしい。
部屋の合鍵を所持しているようで、勝手に入ってきたようだ。
俺は部屋で起きているやり取りを、ムックから事細かに聞かされる。
「だ、だいたい貴方、私の計画を伝えたら、喜んで協力するって言ったじゃない!」
「もちろん何でも協力しますよ。私の可愛いユリアン様のためですから。しかし貴方は少々頭が足りない。やっと自分にそのような度胸はないと分かったでしょう」
「ま、また馬鹿って言ったわね!!」
「馬鹿とは言っていません。頭が足りないと申し上げたのです」
「ほら、馬鹿にしてるじゃない!!」
どうやらこのようなやり取りは日常茶飯事のようだ。
無礼にずけずけと物をいうミーシャに対して、ユリアン王女は完全に押されている。
「だいたいユリアン様、強壮剤すら使わずどうやって事を実行するつもりだったのです?そもそもの仕組みを理解しておられないのでは?」
「なっ………」
ユリアンの顔が真っ赤になる。
そして失態を隠すように、ガバっとシーツの下に頭を隠した。
「う、うるさいわね!!私だってきょ、強壮剤ぐらい準備してるわよ、もう少ししたら飲ませようと……」
「ほう。で、その後どうするかはご存じで?」
「し、ししし知っているわよ、もちろん……」
窓から部屋を覗いていたムックは、ほとんど目が点になる。
念話で状況の説明を終えたムックは、最後に付け加える。
『アルクの奴は、今のところ無事ダ……たぶん危険はないと思うゾ。』
やれやれ。
とりあえず襲われる心配はもはやなさそうだ。
しかし王女は、アルクをこのまま解放しないだろう。
また無理矢理婚姻を迫られる前に、なんとか連れ戻した方が良い。
しかし先ほど聞いた会話からすると、侵入や脱出は容易ではない。
今すぐ侵入するのはやはり無理があるだろうか。
考えを巡らせていた俺の背後に、その時、ミーシャは近づいた。
おそらく俺が夜に侵入しようとすることが分かっていたのだろう。王女の部屋を後にして、俺の元に現れたのだ。
そしてまたあの不敵な笑みを浮かべ、俺の腕をがしっと掴む。
「さて、王宮への不法侵入は、本来死罪に値します。このまま連行されたくなければ、大人しく私に付いてきてください」
ミーシャはそう言いながら、俺に腕輪を取り付ける。
またあの黒曜石の腕輪だ。
俺はため息をついた。
そしてミーシャに連れられ、宮殿の地下へと向かったのだった。
『おい、聞こえるか。おい』
地下から念話で呼びかけても、ムックは応答しない。
そしてムックからの念話も、一切入らなくなった。
俺はあぐらをかいて、宮殿の地下にある一室に座っていた。
俺は取り付けられた腕輪をじっと見下ろす。
それは以前異世界の王室から、アルクやエレーナが取り付けられたものと似ている。
しかしその石の黒色はさらに濃くて深い、まさに純黒だ。
どうやらこいつは、念話まで妨害するらしい。
それにこれを付けられている間、元の姿にすら戻れない。
「ちっ、あの女、余計な邪魔しやがって……」
俺はイライラしながら、尻尾でパーーンと床を叩く。
俺は部屋中をぐるりと見回した。
洗面所とベッドがあるだけの、何もない殺風景な空間だ。
まるで罪人を放り込んでおくための場所だ。最も、王宮に侵入した時点で罪人扱いなのだろうが。
しかしあのミーシャとかいう奴は、俺を罪人として突き出す気はなさそうだ。
王女の計画を邪魔する者を、とりあえず閉じ込めておいただけなのだろうか。
俺が考えを巡らせていると、部屋の扉がカチャリと音を立てる。
そして案の定、ミーシャとかいう奴が姿を現した。
背が高く、遠目に見ると男に見える。
服装も男のものだった。白いシャツに黒いベスト、黒いズボンという恰好だ。
前髪は長く真ん中で分けられ、肩まである茶色い髪を、後ろで一つに束ねている。
ミーシャは俺を見て、悪びれなく挨拶をする。
「改めましてこんばんは。私はミーシャ、ユリアン王女様の執事です。
おかげさまで、我が王女様はご自分の浅はかさに気が付かれたようです。あなたには悪い事をしましたね。」
そう言ってにこっと笑顔を見せた。
「で、俺はいつまでここにいればいいんだ」
こいつの笑顔はどうも癪に障る。
俺はイライラして、再び尻尾で床をパーーンと叩いた。
「そうですね。本当はすぐにでも解放したいのですが、王女様はどうしても、あの勇者との婚姻を成立させたいようです。あなたには申し訳ないのですが、王女様の気が済むまで、ここで大人しくしていていただけますか。だってあなたは何としても、勇者を連れ戻そうとするでしょう」
「お前、本気でそんな婚約が成立すると思ってるのか」
「私は王女様ほど馬鹿ではありません。しかし、我が愛しの王女様のためなら何だってします。馬鹿にもとことん付き合います」
俺はハアッとため息をつく。
「で、俺が嫌だと言ったらどうするんだ」
「その時は仕方ありません。不法侵入罪で、正式に処罰するのみです。王室には逆らわない方が良い。たとえ逃げても、我々はあなたを地の果てまで追いかけます」
俺は舌打ちをして、膝の上で頬杖をつく。
「俺は勝手にするからもう出てけ。」
するとミーシャはまたニコッと笑った。
「やはり頭の良い人とは話がしやすい。ぜひ王女様にも見習っていただきたい」
そう言い残し、ミーシャは部屋の扉を閉めた。




