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58.領主からの招待

ファウンデンの町は、海産業が盛んだった。



海辺の町なのだから当然だが、水産業や観光業が、この町の主な産業らしい。

エド町のように刺身を食べる文化はなく、温泉もないが、他の領地から観光目的で訪れる者も多いようだ。



刺身はなくても新鮮な魚が食べられるので、俺にとっても悪くない町だ。



町は例によって、周囲を壁に覆われている。

しかし海辺にあるからか、町自体が海抜10m以上の位置に作られている。そのため高い建物に上れば、海を見渡すことができた。



その夜、宿屋で魚料理を食べながら、アルクは窓から見える海を見つめた。



「この世界では、人が海で泳ぐことはないみたいだね。まあ、魔物がいるから当然だけど……」

「一体何のためにわざわざ泳ぐんだよ」

「え、それは、ただ楽しいからだよ。水着っていうのを着てさ……」


するとアルクは一瞬黙り込む。


「おいお前、なんか変な事考えてないか」

「ええっ!?い、いや、考えてないよ……」




その翌日、俺達は町中を歩いて回る。

建物はいくつかの町と同じく石造りだが、どれも鮮やかな水色に塗り上げられていた。


美しい水色に染められた町を、アルクは楽しそうに眺めている。



しばらく歩き回っていると、一人の町人が俺達に声をかけてきた。


「あの、もしや貴方は、勇者様では……?」



アルクはその男を見る。

そして、少したじろぎながら返事をした。


「え、はい、そうですけど……」

「やっぱり!黒髪で黒猫を連れているって聞いていたから、そうだと思いました!」



すると男の声に気付いた周囲の人間が、口々に声を上げる。


「えっ、勇者様!?」

「あの勇者様がこの町に!なんという光栄でしょう!」

「勇者様、ゆっくりしてらして下さいね!」



アルクは落ち着かなげに皆に挨拶し、そそくさとその場を離れた。

表情筋を一切動かせなかった昔と比べると、成長したものだ。



「しょこら、僕らってそんなに有名なの……?僕、有名になるの嫌なんだけど……」

「仕方ないだろ。嫌ならユリアンに変装の仕方でも教えてもらえ」

「そうか、そうすれば良かった……」



俺はその時は軽く考えていた。

しかしやはり、有名になるというのは何かと厄介なのだ。


俺達はその翌日に、それを思い知る事となる。





翌日、俺達はファウンデン領主から呼び出された。

俺達が滞在している宿屋へ領主の使いが来て、言伝を残して行ったのだ。



「領主様より、今晩ぜひ勇者様を屋敷へお招きしたいとの招待が来ております」



宿屋の女性からそう聞かされた時、アルクは渋った。

そして俺に念話で相談してくる。



『ねえ、領主様に呼び出されるなんて、嫌な予感しかしないんだけど……』

『同感だな。断ってもいいんじゃないか』

『うん……。でも大丈夫かな。ほら、僕って一応貴族だから、断ることで父さん達に迷惑がかかったら……』



アルクは散々迷っていたが、結局招待を受けることにした。

もちろん俺も一緒に来るよう懇願する。


「お願いしょこら!!僕一人なんて絶対嫌だよ、一緒について来て……」

「ああ。そうと決まればさっさと行くぞ」

「え、うん、ありがとう……」



俺が意外とあっさり引き受けるので、アルクは少し驚いたようだ。

しかしすぐに、嬉しそうににっこりと笑った。




そしてその夜、俺達は領主の屋敷を訪れていた。


ファウンデンは、アルクの家と同じ伯爵家だ。

しかしフレデール領よりも産業が発展しており、町の規模や屋敷の大きさも、ファウンデン家が遥かに上回っている。



町中の建物と同じく、領主の家までもが鮮やかな水色に塗られていた。



屋敷に招かれた俺達は、すぐに領主の元へと通される。

アルクはガチガチに緊張し、猫の姿の俺をぎゅっと抱えて歩いた。



「ようこそいらっしゃいました、勇者様。私がこの町の領主、ナタリー・ファウンデンです」



アルクは領主を一目見て、ポカンと口を開けた。

それは初めて見る、女性領主だったのだ。



屋敷の壁の色と同じ鮮やかな水色の髪は、ほとんど床につきそうな長さだ。

鼻筋が通りキリッとした顔つきで、年は若く、いわゆる「美人」のようだ。


その話ぶりから聡明さが滲み出ており、一見して、無茶な要求をしてくるような奴には見えない。



「急なお誘いで驚かれたでしょう。どうぞ、そうかしこまらず、お掛けになってください」



そこは広い応接室だった。

ナタリーは大きなソファに座り、テーブルを挟んで向かいのソファに座るようアルクに勧める。



「えっと、すみません、失礼します……」


礼儀もへったくれもない返事をして、アルクは俺を抱えながらソファに腰かけた。



ナタリーはアルクの顔と俺の姿を、興味深げに交互に眺めた。


「噂にお聞きしていた通り、謙虚な方ですね。そして黒猫のご友人を非常に大事にしていらっしゃる」

「は、はい……」



アルクが緊張しているのを察してか、ナタリーは話を続けた。



「改めて、急なお誘いで申し訳ありません。勇者様が来ていると町中で噂になっており、私もぜひお会いしたいと、急いで使者を送らせたのです」

「は、はい……」


アルクは同じ返事を繰り返す。



「ですがお察しの通り、ただのご挨拶でお呼びしたのではありません。勇者様に、ご相談したいことがあったのです」

「は、はい……って、え?な、何でしょうか……」



どうせそんな事だとは思っていた。

何の理由もなく、急いで勇者を招待する訳がないのだ。



「実は昨今、私共の海域近辺を、他国の船が巡回しているようなのです。これまで何か被害を被った訳ではありませんが、他国が我々のことを調査しているのは明らかです」

「え………」


俺達は、2日前に海で見た船を思い浮かべる。



「ここアゼリア大陸は、他国とほとんど交流がありません。二百年に一度繰り返される魔王との戦いがありますし、他国に頼らずとも存続できる経済力、技術力もあります。食料自給率だって100%です。


ですが魔王が討伐された今、他国がこの国に興味を示しています。


最も魔王の存在により、アゼリア国の軍事力は他国をも凌ぐと言われていますので、そう簡単には侵略して来ないでしょう。


しかしいずれ時期を見て、何か仕掛けてくるかもしれません。歴史的にも、魔王が討伐された途端、他国の動きは往々にして活発になるのです。……」



そこでナタリーは一息ついた。

アルクはただ、茫然として話を聞いている。



「で、でも……単に、国交を結びたいとかではないんですか……?」


アルクが尋ねると、ナタリーは首を振る。



「我が国は周辺諸国と、不可侵条約を結んでいます。そこには互いの領海にむやみに接近しないことも明記されています。それを犯してまで、事前の許可もなくわざわざ近づいて来るのには、相応の意図があるでしょう。それに……」


「そ、それに?」


「調査したところ、海域近辺で発見される船は、いつも同じ国のものです。アゼリア大陸から西へ進んだ先に位置する大国、バルダン帝国です。近年バルダン帝国は、周辺諸国を次々に侵略して領土を拡大しています。ここへ侵攻して来るのも時間の問題です」


「そ、そんな………」



ナタリーはそこで話を止め、アルクをじっと見つめる。

そして、再び口を開いた。



「それが始まった時、最初に侵攻されるのはここ、ファウンデン領です。もちろん王都へ支援要請も出しています。しかし………可能であれば、勇者様のお力もお借りしたく、今晩お呼び立てした次第です」





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