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53.ユリアンの勝負

アルクはその頃、すでにベッドで横になっていた。



うとうととして、もうすぐ夢の中に落ちていくという折に、アルクは扉を叩く音を聞く。

そして僅かに目を開けて、小さなコンコンという音の方に目を向けた。


「しょこら?……じゃないよね……」



アルクは小さく呟きながらベッドを降りて、扉を開ける。

するとそこに立っていたのはユリアンだった。


今日はミーシャを引き連れてはいない。



「あの、アルク様。夜分遅くに申し訳ありません。ただ、どうしてもお話したいことが………」


ユリアンは胸の前で両手を組み合わせ、気恥ずかしそうに視線を逸らしてもじもじしている。

アルクはあまりいい予感はしなかった。



「えっと……話って………」


アルクが尋ねると、ユリアンは突然意を決したように、キッとアルクを見つめた。

そしてずかずかと部屋に入り込んでくる。


アルクは勢いに押されて、思わず後ずさりした。



きちんと扉を閉めたユリアンはアルクに向き直り、言った。


「あの、アルク様。私は明日王都へ戻ります。そのため今どうしても、お伝えしておきたいことが……」



まだ眠気が取れていないアルクは、ぼんやりしてユリアンを見返した。






「おい、何のつもりだ」



その頃研究室では、俺とウィルが向き合っている。

急に顔を近づけてきたウィルの顔を右手で押し止めながら、俺は尋ねた。



「イデデデデデ、ちょ、悪い悪い、今のはほんの実験で………」


俺が力を入れてぐぐぐぐと押し返すと、ウィルはそう言って俺から離れた。


「ごめんごめん、ちょっと試してみたかっただけだ……。まさか本気でしようとした訳じゃねえよ。けどしょこら、今自然に拒否反応を示しただろ。俺の行動に対して嫌悪感はあったか?唇を合わせるってのは人間の愛情表現の一つだが、猫に取っては意味がないはずだ。それを拒否すると言うのはその意味を知ってるからなのか、その行為が“嫌だ”と感じたからなのか、それとも……」


「おい。そろそろ帰っていいか」

「え?お、おお、悪いな。つい夢中になっちまった……」



俺はハアッとため息をついた。


しかし俺が立ち上がろうとすると、研究室の扉が外から開く。

そこにはミーシャが立っていた。



俺は一段と大きなため息をつく。


「おい、なんでこんな時間にここにいるんだ。悪いが俺は疲れたから帰る」

「あら、今はいけません。ユリアン様が一世一代の勝負に出ておられますから」


そう言ってミーシャは、いつものニコッとした笑顔を見せる。


「は?勝負ってなんだ?」


ウィルがポカンと尋ねると、ミーシャはさらにニコッとした。



「以前もお伝えしたように、ユリアン様は恋する馬鹿な乙女です。未だにアルク様の心も自分に向いていると妄信しておられます。空気を察することができないので、キッパリ断られなければ気づかないのですよ。今は寮の部屋へ、アルク様に会いに行っておられます。完全に失恋するまで待ってやってください」


「ったく、物好きな奴だな」


俺はまたドカッと椅子に座り込んだ。

ウィルも感心したように呟いている。


「へえ。ユリアンの奴、そこまで本気なんだな。……なあしょこら、やっぱり男には優しさが一番大事なんだろうか」

「知らねえよ」


俺はフンと鼻を鳴らした。





その頃ユリアンは、アルクと向き合って立っていた。

決意を湛えた目で、じっとアルクを見つめている。


「あの、アルク様。お気づきかとは存じますが、私はアルク様を心よりお慕いしています。……もちろん女王となった今、アルク様と婚姻を結べるなどとはもはや思いません。ですが、形式的な繋がりはなくとも、気持ちだけでも通じ合いたいのです。アルク様のお気持ちも、私に向いてくださっていれば……」


ユリアンはずいっと一歩踏み出す。

アルクはたじろいで一歩下がった。


「心さえ通じていれば、私は一生結婚せずとも生きていけます。アルク様、どうかそのお気持ちをお聞かせください……」



ユリアンはさらに一歩踏み出し、アルクにぎゅっと抱き着いた。


「えっと、ユリアン……」


アルクは疲れと眠気と驚きで、ほとんど白目をむいている。

しかしユリアンは構わず続けた。


「それだけをお聞かせいただければ、私は満足です。それ以上のことは何も求めませんから……」



そう言ってユリアンは、アルクを抱きしめる腕にぎゅっと力を入れた。



アルクは困惑しながらも、さすがにここまで直球に言われると、曖昧に濁すことはできなかった。


どんどん力を込めてくるユリアンにほとんど絞殺されそうになりながら、アルクはたじろぎながら答える。



「えっと、ごめんユリアン、僕には他に好きな人が……」



すると、ユリアンの腕から急に力が抜ける。

そしてまるで我に返ったかのように目を見開き、さっとアルクから飛びのいた。



「ア、アルク様、それは、本当ですか………?」



ユリアンは部屋の壁まで後ずさりした。

両手で鼻と口を覆いながら、今度は羞恥心から顔を赤らめている。


「わ、私はてっきり、私達の心は既に通じているものと………」



アルクは苦笑した。

自分もはっきり言われないと分からない方だが、どうやらユリアンはそれ以上に鈍感らしい。



「お、お相手は……も、もしやソフィアですか………?アルク様は幼い少女がお好きで………」

「いや、違うから!!!」


ユリアンがハッとして声を震わせると、アルクは全否定した。

思いがけずロリコンの容疑をかけられそうになったのだ。



「違うよ。ええと……僕はしょこらが好きなんだ。しょこらは猫だし、僕のことをそんな風に思っていないのは分かってる。だから僕は、誰とも結婚しない」



アルクは静かにそう言った。

ユリアンは驚いてアルクを見つめていたが、やがて顔を覆っていた両手を離した。



「……分かりました。アルク様、お気持ちをお聞かせいただき、ありがとうございます。………ま、また無礼を働いてしまい、申し訳…………」



するとその時、部屋の扉がバーーーーンと開く。

そしてミーシャがずかずかと部屋に踏み入った。


ユリアンは扉の鍵をかけていなかったのだ。



「なっ、ミ、ミーシャ!!?あなた、いつから話を聞いて……」


「さあユリアン様、終わりましたか?ならさっさと宿に戻りますよ、明日も早いのですから。大丈夫です、男など星の数ほどいますから、またいつか良い出会いがありますよ。それではお二方、お騒がせしました」



俺も猫の姿に戻り、ミーシャと共に部屋の前まで来ていたのだ。

ミーシャは俺とアルクに挨拶をして、さっさとユリアンを引きずって行った。



「あ、しょこら……いたんだね………」


アルクは少し戸惑いながら言った。


「おう。疲れたからさっさと寝るぞ」

「うん、そうだね……」



そうして俺とアルクはベッドに潜り込む。



アルクはいつものように、俺をぎゅっと抱きかかえた。

そして俺の後頭部に鼻を押し当て、匂いを嗅いでくる。



さっきのアルクの言葉に関しては、俺は特に聞かなかったことにした。


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