52.再訪者
その日の午後遅く、魔術学校に再びノールがやって来た。
ソフィアを探し回って、ノールはウィルの研究室へとやって来た。
きらい発言から立ち直っていないのか、未だにどこか元気がない。
「ああ、ここにいたのか、ソフィア……」
ノールが声をかけると、ソフィアはまたアルクの服をぎゅっと掴んだ。
研究室は既にアルクとウィル、ソフィア、そして猫の姿の俺で満室だ。
椅子が3つしかないので、ソフィアが来る時には俺はいつも猫の姿に戻った。
ノールはソフィアの拒否反応を見て少したじろぐ。
ソフィアはそんな兄を、じっと見つめ返す。
どうやらダンジョンに迷い込んでから、ソフィアに度胸のようなものがついたらしい。
以前は兄の言うことを大人しく聞いていたが、今でははっきり意思表示をするようになっている。
「えっと、ノール……悪いがここは満室なんだが……」
ウィルがそう言っても、ノールは聞いていない。
ただ入り口に立ち尽くし、ソフィアのことを気遣わしげに見ている。
「そんな目で見ないでくれ、ソフィア……。決して嫌な話をしに来た訳じゃない……」
ノールがどこか弱々しく言った。
最初に見た時の厳しい雰囲気はすっかりしぼんでいる。
「試験の結果を先に聞いて来た。正式な発表は試験から一週間後だが、ソフィア、君は学年で8番目だったそうだ」
ソフィアはそれを聞いて、少し目を見開く。
初等部の生徒は全員で20名ほどだ。
これまでのソフィアからすると考えられないほど良い順位だった。
「えっと、それでソフィアは………」
アルクが躊躇いがちに尋ねる。
ノールはアルクに視線を向ける。
どこかその視線が鋭さを帯びている。
「……いや、学年3位以内とはいかなかったが、もう退学しろとは言わない。むしろ8位に入れたことが奇跡だ。このまま学校で学び続けても構わない」
ノールがそう言ってソフィアに笑いかけるも、ソフィアは無表情だ。
むしろどこか怒っているようにさえ見える。
するとアルクが口を挟んだ。
「あの、奇跡ではないと、思います。ソフィアは毎日遅くまで、すごく勉強や練習をがんばって………」
しかし言いかけたアルクは、ビクっとして口をつぐむ。
ノールが目をカッと見開き、アルクをじろりと見たのだ。
「お前………妹をたぶらかすのも大概にするんだぞ………」
「ええ………」
茫然とするアルクを無視して、ノールはぶつぶつと呪いの言葉を吐いている。
ウィルは小さく吹き出した。
「とにかく、そういうことだ、ソフィア。……久しぶりに寮ではなく、兄さんと家に帰らないか?三日間は休暇なんだろう……」
「いやだ」
「ああ、そうか……」
一瞬で拒否されたノールは、すごすごと部屋から出て行った。
そんなノールを笑って目で見送りながら、ウィルがまた可笑しそうに笑う。
「ははっ、ほんとしょこらの言う通りだ。あいつ、重度のシスコンだぜ……」
「全くだ。王族というのは変な奴しかいないんだな」
「え、待て、それって俺も含まれるのか……?」
俺の言葉に、ウィルが心外だという顔をした。
ソフィアは相変わらずアルクにくっついている。
それを見てウィルが、思い出したように言った。
「なあ、ソフィアは今んとこ、アルクがいなきゃ魔法が使えないんだろ。どうするんだよ、お前」
「どうするったって……」
アルクが困った表情を見せる。
「そりゃ、ソフィアが普通に魔法を使えるまで、一緒に練習したいけど……」
しかしそれは、いつになるか分からない。
アルクは途中で言葉を濁らせた。
ウィルは二人を見つめながら考える。
「うーん、そういう場合、お前の身代わりみたいなのがあればいいんだけどな。一度本で読んだことあるぜ。母親がいないと魔法が使えない子供がさ、母親がいつもつけてた髪飾りを身に着けることで、症状を克服できたんだ」
「身代わり……」
アルクは少し考える。
そしてハッと思い当たった。
アルクはアイテムボックスから、赤い魔石の入った指輪を取り出す。
ソフィアとユリアンが露店で、競い合って得ようとした指輪だ。
アルクはなぜか俺に話しかける。
「ねえ、しょこら、これソフィアにあげてもいい……?」
「いいも何も、俺のじゃねえよ」
「いや、本当はしょこらのなんだけど……」
アルクはぶつぶつ言いながら、ソフィアに向き直る。
「ソフィア。これあげるよ。僕がいない時でも、これで魔法が使えるかもしれない……」
ソフィアは目をキラキラさせて、指輪とアルクを交互に見つめた。
そして嬉しそうに手を差し出す。
アルクはソフィアが指輪をはめるところを眺めていた。
「あ、左手の薬指は止めた方がいい。えっと、中指がいいんじゃない。あ、でもちょっと大きいね。今はポケットに入れておいてさ、もう少しソフィアが大きくなったら、指にはめるといいよ……」
ソフィアは嬉しそうに小さく笑った。
夜になるとソフィアは寮へと戻る。
アルクはソフィアを送り届けた後、自分も先に寮へと戻った。
治癒したとはいえ深手を負い、大量に出血したのだ。昨日の今日なので、まだ疲れが残っていたらしい。
俺はウィルに頼まれ、また研究に協力していた。
相変わらず次々と描き出される魔法陣に、俺は魔力を注ぎ込む。
しばらくウィルは夢中でペンを走らせていた。
「これは転移魔法に関するものじゃない。ジークが教えてくれた、光魔法の魔法陣を俺も完成させたいんだ。ジークのやつは魔族向けだったから、人間用のやつを……」
ウィルも疲れているだろうに、本当に研究熱心な奴だ。
しかし夜が更けてくると、さすがにバタリと机に突っ伏した。
「……今日はこの辺にしとくか。悪いなしょこら、疲れただろ……」
「問題ない。勇者だから体力は無駄にある」
「はは、そうか……」
しばらくウィルは机に突っ伏していたが、やがて頭を動かして俺に目を向ける。
「なあしょこら、ちょっと猫耳忍者になってくれよ。……変な意図はねえよ、ただ純粋な研究心で聞きたいことが………」
俺がジトっと見返すと、ウィルは焦ったように言った。
俺が猫耳忍者になると、ウィルは頭を上げて頬杖をつき、じっと俺の姿を眺めた。
「なんだよ。聞きたいことがあるんだろ」
ウィルはしばらくボーっとしていたが、ハッとして言った。
「あ、ああ。いや、本当ただの好奇心なんだけどさ……。前にも少し言っただろ。しょこらは、猫の姿の時と、人間の姿の時で、感情とか価値観に変化はあるのか?」
どうやらウィルは、気になることを放っておけないようだ。
自分の専門外のことでも、知的好奇心が働くらしい。
「特にないぞ。どちらの姿でも同じだ」
俺がフンと答えると、ウィルは小さく頷く。
「そうか……。まあそうだよな。でもさ、猫の時と人間の時では、違うこともあるだろ。例えば食事だって、人間の時は雑食になる。それにほら、風呂だって入れるって言ってたろ」
「まあそうだ」
「だよな。やっぱり、変身魔法ってのはただの見せかけじゃなくて、実際に人間という生物の身体機能や特徴を兼ね備えた、れっきとした人間になってるってことだ。じゃあさ、本能的な欲求みたいなものはどうだ?……そうだな、例えば、人間の姿になってから、人間に対して恋愛感情が生まれたりとか……」
俺はウィルをジトっと見つめる。
ふざけてるのかと思ったが、その目は意外と真剣だ。
どうやら本当に、研究者としての立場で聞いているようだ。
俺はフンと鼻をならした。
「知るか。そんなもんないだろ」
「そうなのか……」
ウィルは考えながら答える。
「けど、これまで何度か、しょこらは無意識に嫉妬心を抱いてたと思うぞ。ユリアンやソフィアに対してだけどさ。それは単にアルクに対する仲間意識から来るものなのか、それとも………」
「おい、その話まだ続けるのかよ」
俺は無意識に尻尾をブンブンと振った。
「ああ、ごめん。そうだよな。……でもさ、例えばアルクと関係を持つとする。いやまあ、既にそういう関係なのかも知れねえけどさ。それを想像して嫌悪感はあるか?相手がアルク以外ならどうだ?人間の姿になってから、アルクに対してそういう感情が芽生えてきたとか……」
「だから知るかよ!もういいだろ」
全く研究者は厄介だ。
これ以上掘り下げられるのは面倒なので、俺はそれだけ言って黙り込んだ。
するとウィルは、突然ガタっと立ち上がる。
そして俺の肩を掴み、急に顔を近づけてきた。
同じころ、寮のアルクの部屋には、ユリアンが訪れていた。




