51.地上への帰還
俺達が地上に戻った時は、大変な騒ぎだった。
俺達は結局、丸二日間ほどダンジョン深層にいたのだ。
学校の教師陣やヘイデン領の衛兵隊が捜索を試みたが、地下一階への通路が瓦礫で塞がれており、そこを通り抜けることすらできていなかった。
少なくともここ数百年間は見られなかった、大崩壊だったという。
しかしダンジョンはそのうち元の形状へと返るらしい。
全く、ダンジョン自体が得体の知れない化け物のようなものだ。
俺は転移先をダンジョン入り口の内側、崩落した地下一階への通路の手前に指定した。
捜索隊は全員ダンジョンの外で手をこまねいていたので、転移魔法を目撃した者はいなかった。
俺達が地上に戻ると、途方に暮れていた人々は驚嘆の声を上げた。
中でも一番大げさだったのがユリアンだ。
ダンジョン崩落の情報を得てすぐに、ミーシャとともに現地に来ていたのだ。
ユリアンはアルクにがばっと抱き付き、大声で泣きわめいた。
「ほ、本当に無事でよかったです!!皆様が崩落に巻き込まれたと聞いた時、私はもうどうしようかと……」
一国の女王が、民衆の前で堂々と男に抱き着いていいのか。
俺がミーシャをちらりと見ると、どうやら同じことを考えているようだ。
「全くユリアン様は相変わらずですね。しかし皆様、本当にご無事で何よりです」
ミーシャも俺達を見て、ニコッと笑った。
そしてそこへは魔術学校の学長、ウィルの父も来ていた。
ウィルは父親の姿を見つけて、少し気まずそうに頭を掻く。
「ああ、親父、えっと……心配かけたか?」
目の前に立つ父親から目線を逸らしながら、ウィルが尋ねる。
父親はウィルを抱きしめこそしなかったが、じっと息子の姿を見つめていた。
「……無事で、何よりだ」
青い髪を持つ父は、ただボソリと呟いた。
「あ、あの……ヘイデン、さん……」
アルクが横から、おずおずと口を挟む。
「あの、ダンジョンでは魔素のせいで、魔法が使えなくて。でもウィルが発明した魔法陣は魔素の干渉を防ぐんです。僕達それで、命拾いしました。ウィルの研究は、とても素晴らしいです……」
躊躇いがちながらも、アルクは大公爵に向かってそう言った。
生誕祭で婚姻話を思いっきり拒絶した時といい、こいつは変なところで度胸がある。
ウィルは少し感動したようにアルクを見た。
そしてウィルの父親も、表情を変えずじっとアルクを見つめた。
「……そうか。それは、何よりだ」
そう言って父は、ウィルの前から離れた。
そしてもう一人、俺達の知る人物が現場に駆けつけている。
ソフィアの兄、ノールだ。
ノールはソフィアの姿を見つけるとすぐさま駆け寄り、妹を抱きしめようとする。
しかしソフィアはアルクの服をつかみ、さっと背後に隠れてしまう。
アルクは何となく気まずい思いでノールを見た。
「おい、ソフィア。心配したんだぞ。父さんも母さんも、もちろん俺もだ」
ノールは優しく話しかけるが、ソフィアはまだアルクの服をぎゅっと掴んでいる。
「しかし、良く生きて戻れたな。……君達がいてくれたおかげだろう」
そう言ってノールは、俺とアルクに目を向ける。
「妹が迷惑をかけたな。さあソフィア、俺と一緒に帰ろう。試験も終わったんだ、もう学校に戻ることは……」
しかしその時、ノールが驚いて言葉を止める。
突然自分の顔面めがけて、勢いよく水が放出されたのだ。
びっしょり濡れたノールは、茫然として言葉を失っている。
アルクは驚愕してソフィアを見た。
ソフィアは魔法陣を展開し、兄の顔面に水を浴びせかけていたのだ。
「ちょ、ちょっとソフィア、何やってるんだよ!お兄さんにそんな……」
「わたし、お兄さま、きらい。お兄ちゃんは大好き」
「大好き」と言って、ソフィアはアルクの腰にぎゅっと抱き着く。
アルクは恐る恐るノールに目を向けた。
するとノールは、雷に打たれたような顔で口をあんぐり開けている。
「き、きらい………?え?聞き間違いか?ソ、ソフィア、お兄さまが何て………」
「きらい」
「グハアアァァッ………!!!」
ノールはまるで、見えない何かに鳩尾を殴られたように体を折り曲げる。
そしてそのままヨロヨロと、二人の前から離れていった。
「きらい………きらい………」
俺は通り過ぎるノールをちらりと見る。
顔面蒼白で目を見開き、ソフィアの言葉を上の空で繰り返していた。
「おい。あいつもしかして、ただの過保護なシスコンじゃないのか」
俺がノールを目で追いながら言うと、ウィルは爆笑した。
アルクも困りながらも、思わず笑ってしまっている。
とにかくそのようにして、皆は俺達の帰還を喜んだ。
そして全員馬車に乗り、ヘイデン領への帰路に着いたのだった。
その翌日、ウィルは疲れなどどこ吹く風で、研究室に籠っている。
俺とアルクも相変わらず、狭い研究室に座り込んでいた。
ダンジョンでの事件があってから、俺達は全員、3日間の休暇を与えられたのだ。
「にしても、本当すごい経験だったな。ジークに会えたのは、俺に取って人生で一番の幸運だ……」
ウィルは恍惚とした表情でそう言ったが、すぐに思い直す。
「いや、一番の幸運は、お前らに会えたことだ。本当ありがとな」
そう言って、俺とアルクを見て二ッと笑う。
「うん。でも本当に、みんな無事に帰れて良かったよ。これ以上ウィルに何も起きなきゃいいけど……」
アルクがそう呟くと、ウィルは呆れてアルクを見た。
「お前な、少しは自分の身を案じろよ。今回だって俺の心配してばっかで、一番危険な目に遭ったのはお前だろ」
「そうだけどさ……」
「それにお前、二度と死んでも良いなんて言うんじゃねえぞ」
ウィルがそう言うと、アルクは小さく笑った。
「……ありがとう。でもあの時は本当に、そう思ったんだよ。ウィルは本当にすごい人だ。それに君には生きる意味がある。だけど僕には何もないんだ。だから命を落とすなら、ウィルより僕の方がいいと……」
するとウィルは突然、ハアッと大きく長いため息をつく。
そしてアルクを指差して言った。
「お前な、自分を卑下すんのはやめろよ!お前には俺と違ってすげーとこがあるだろ!ミーシャやユリアンからとんだ迷惑かけられても、お前はあいつらを見捨てなかったし、ソフィアに寄り添って心を開かせたのはお前だ!俺にはそんなことはできないね」
アルクは驚いたように目を見開いて、しばらくウィルを見つめた。
しかしまた小さく微笑んで、ポツリと言った。
「……そっか。ありがとう、ウィル」
ウィルは頭の後ろで手を組んで話し続ける。
「ったく、本当お前は言わなきゃ分かんねー奴だな。しょこらの苦労が分かるぜ。まあとにかく、自分を大事にしろよ。お前、俺の唇まで奪ったんだぞ」
「え?」
アルクが思わず聞き返すと、ウィルは可笑しそうに笑う。
「冗談だよ。ほら、俺としょこらが心臓マッサージと人工呼吸したおかげで、お前は一命を取り留めた訳で……」
「え?」
「え?………ってお前、なに赤くなってんだよ!こっちまで恥ずかしいだろーが!!」
ウィルはまたアルクを指差して言った。
やれやれ。全く平和なものだ。
俺は二人のやり取りを聞きながら、大きなあくびをした。




