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49.ウィルの願い

「帰る、って………」



ウィルはポツリと呟く。


「そうか。この部屋は、魔素の影響を受けないから……」


そう、ここでなら俺は、転移魔法陣を使えるということだ。



するとちょうどその時、ソフィアが声を上げた。


「お兄ちゃん……」



俺達がアルクの方を見ると、アルクはうっすらと目を開けていた。



「ああ、よかった、目が覚めたか………」


ウィルは脱力したように、肩の力を抜いた。

俺達は岩のベッドへ近づき、ソフィアを挟んでしゃがみ込む。


「おい。大丈夫かよ……」


ウィルが声をかけると、アルクは俺達の方へと視線を向けた。



「あれ、ぼく、生きてる………」


アルクは掠れた声でそう言った。




アルクの意識がはっきりしてくると、俺達は事の顛末を説明した。

アルクは驚いて目を大きく開き、首だけを僅かに動かして男の方を見た。まだ体はうまく動かないようだ。


「えっと、ありがとうございます。……あの、名前は……」



そういえばまだ、男の名前を聞いていない。

男はじっとアルクを見つめ返し、静かに言った。


「ジークだ」


「ジークさん……。本当に、ありがとうございます……」



ジークはゆっくりと首を振る。

そしてまた、同じ言葉を繰り返した。



「しばらく休んだら、地上へと帰るんだ。ここは人間が来るような場所じゃない」


「ま、待ってくれ!俺はまだ聞きたいことが山ほどあるんだ!!」


ウィルは焦ってジークに話しかける。


「ええと、お前が使ってたあの魔法陣だ。お前は全属性の魔法陣を作り上げたのか?光魔法と、闇魔法も?他には何ができるんだ?転移魔法については何か知らないか?俺は……」



ジークはウィルをじっと見つめ返し、静かに言った。


「お前も、研究者なのだな」


「ああ!だから知っていることを教えてほしいんだ。いや、それより、俺をここに置いてくれないか。俺も一緒に研究がしたい」


「ウィル………そんな………」


アルクがウィルに目を向けて呟く。



しかしジークはゆっくりと首を振った。


「言っただろう、ここは人間が来る場所じゃない。魔族は食わずとも生きられるが、お前には食事も必要だろう。私が知っていることなら全て話してやる。あとは地上に帰ってから続けるんだ」



ウィルはそれでも諦めきれない様子だった。

しかしさすがに現実的ではないと分かっているようで、それ以上何も言わなかった。



ジークは俺達を順に見つめながら、呟く。


「最深部に人間が迷い込んだのは、これで二度目だ。一度目は四百年前だった」


「四百年前……」


アルクがポツリと繰り返す。


「四百年前だ。あれは勇者だった。まだ13歳で、たった一人でこの迷宮に来ていた。お前達と同じく、何かに巻き込まれて最深部まで落ちてきた」



アルクはまた目を見開く。

四百年前の勇者は、10歳で孤児院を発った。そして俺達と出会うまで、たった一人で旅を続けていたのだ。



「その頃はまだ、今のように完全な治癒魔法陣が完成していなかった。その者はなかなか目覚めなかった。ある程度回復したところで、私はまだ意識のないその者を地上へと送り返した。転移魔法陣を使用して」


ジークの言葉に、今度はウィルが目を見開く。


「その勇者はおそらく、最深部に落ちたことを記憶していないだろう。……とにかく、お前達も同じように、私が送り返す。だから、帰るんだ」



ジークは、俺も転移魔法が使えることを知らない。

だから自分が送り返すと申し出ているのだ。



「な、なあ、お前の転移魔法陣、俺にも見せてくれないか。どこまで完成してるんだ?……もしかして、異空間とか、時空間転移なんかは……」


「ウィル………」


アルクは心配そうな目を向ける。

それ以上深入りすると、また例の自然の摂理に飲み込まれるのではと心配しているのだ。



ジークはウィルをしばらく見つめる。

そしてその顔から目を離さずに、手だけを地面に向けて、転移魔法陣を展開した。



「こ、これは………」



それは黒光りする、巨大な魔法陣だった。

俺が使えるものの何十倍も複雑で、幾つもの細かい線が入り乱れている。


それを暗記するのは、一見不可能に思われる。



「すげえ。こんなの、見たことねえ………」


ウィルは紙とペンを取り出して書き留めようとするが、明らかに紙が足りない。


「なあ、やっぱり俺、ここに残りてえ………」



しかしジークは、再び首を振った。



「あまり深入りしない方がいい。人間の神は、それを良く思わないだろう」


どうやらジークは、神のことまで知っているらしい。



ウィルが葛藤しているところへ、俺は横から口を出す。


「おい。お前は地上へ戻らないのか。最近新しい女王が就任した。女王の執事は魔族だ。今ならお前にも、居場所はあるはずだぞ」



それを聞いて、今度はジークが目を大きくする。



「……そうか。そんなにも、長い年月が流れたのか」


ジークは宙を見つめながら言う。

しかしそれでも、ゆっくりと首を振った。


「私は今さら、人間の世界で生きて行こうとは思わない。もう何百年もここで生活している。何も望むものはない」



するとまたウィルが口を挟んだ。

ジークにではなく、俺に問いかけてくる。


「なあ、しょこら………。地上に戻ってからもさ、たまに俺をここに連れてきてくれねえか?ここの座標をジークに聞いておけばさ、しょこらなら転移できるだろ。頼む、たまにでいいからさ……」



俺はハアッとため息をつく。

どうせそんなことだろうと思っていたのだ。


ジークは俺が転移魔法を使えるという事実に、少し驚いたようだ。

俺を見つめて、しかし納得したように呟く。



「そうか。お前も、転移魔法が使えるのだな。それなら話は早い。……そこの、お前」


ジークはウィルを見る。


「地上ではあまり、その魔法陣を開けっ広げに晒してはならない。たまにここへ来て、私と話をするぐらいなら問題ないだろう。そのしょこらという者が、お前を送り届けてくれるならばだが」




それを聞いて、ウィルは目をキラキラと輝かせた。


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