48.深層に住まう者
俺とウィルは、ただ無言で立ち上がった。
深層にいる謎の魔族から声をかけられ、普通ならのこのこ付いて行かないだろう。
しかし俺にもウィルにも、それを考える余裕はなかった。
助けたいのなら付いてこい、と男は言ったのだ。
罠でも何でも、そうなった時に考えれば良い。
今はとにかく、一縷の望みにかけるしかなかった。
俺はアルクを抱え上げる。
ウィルはソフィアの手を引いて、俺達は男に付いて行った。
しかし男に付いて行きながら、俺はどこか焦燥感に駆られている。
こうして移動している間は心臓マッサージができない。
その間にも、命が助かる確率はどんどん低くなるはずだ。
魔族の男は岩壁が入り組んだ細道を歩き続け、やがて足を止めた。
そこはただの行き止まりで、それ以上先に進むことはできない。
しかし男が手をかざすと、岩壁に亀裂が生じる。
そしてまるで扉のように壁が動き、男はその中にある空間へと入って行った。
俺はアルクを抱え、すぐに後へと続く。
ウィルも何も言わず、ソフィアと共に足を踏み入れた。
「こ、ここは………」
俺とウィルは唖然として、その空間を見渡す。
そこには薄汚れた、小さな部屋があった。
信じ難いことに、その魔族はこの空間で生活しているようだ。
部屋の中央には、テーブル代わりに使用していると思われる平らな岩がある。
岩の上には茶色く変色した紙が散らばり、水の入ったコップが一つ置かれている。
その奥の岩壁の前には、擦り切れた本が何冊も並んでいる。
男が寝起きしているであろう巨大な岩の上には、ぼろ切れのような布が置いてある。
そこに部屋があるという事実は俺を驚かせたが、今はそんな事に構っていられない。
俺は男に向かって問いかけた。
「おい。こいつを助けられるのか」
すると魔族の男はくるりと振り返り、俺に目を向ける。
そしてゆっくりと、ベッド代わりであろう岩の上を指差した。
俺はそれを、アルクをそこに横たえろという意味に解釈する。
アルクをその上に置くと、男は両手を心臓の上にかざした。
「な………それは…………」
それを見てウィルは、思わず口を開ける。
男の手からは魔法陣が展開されているのだ。
そして魔法陣から、白い光が放たれる。
それは治癒魔法の輝きだ。
アルクに魔術を施しながら、男は静かに言う。
「回復薬と、心臓への施術のおかげだ。一命を取り留めていた。一歩間違えれば手遅れだった」
癒しの光はアルクの心臓へと注ぎ込まれ、背中にあった傷までも治癒する。
そしてアルクは僅かな呻き声を漏らした。
「よ、よかった、助かったんだ………!!」
ウィルは岩のベッドの傍に、ガクリと膝をついた。
まだ目覚めてはいないものの、その心臓は小さく鼓動している。
俺はアルクの様子を見つめ、そして男に向き直った。
「助かった。恩に着る」
俺がそう言うと、男はゆっくりと首を振った。
俺はソフィアに向き直り、耳栓を外した。
ソフィアはゆっくりと目を開け、キョロキョロと見回す。
不思議そうな顔をしていたが、アルクの姿を見るとすぐに駆け寄り、岩のベッドの傍から動かなくなった。
魔族の男は、そんなソフィアをじっと目で追っていた。
「あのさ、さっき使ってた魔法陣は……」
ウィルは我慢できず、男に向かって尋ねる。
すると男はまたゆっくりとした動作で、ウィルに視線を向けた。
「あれは私が創ったものだ」
男は端的に答える。
「あ、あれは、光魔法の魔法陣だ。一体どうやって……それに、なんでこんな場所に……それにあんたは、魔族なのか……?」
ウィルは立て続けに質問する。聞きたいことが多すぎて混乱しているのだ。
しかし男は、相変わらず落ち着いて答える。
「お前の言う通り、あれは光魔法の魔法陣だ。長い年月をかけて私が編み出したのだ。……そして私は魔族だ。それが、私がここにいる理由だ」
男はそれだけを言った。
しかしウィルの物足りない様子を見て、さらに説明を続ける。
「私は五百年前に、魔族領から追放された。その後ここへ辿り着き、人知れず生活している」
「なぜ追放されたんだ」
今度は俺が質問する。
男は俺とウィルを交互に見た。
質問を止めない俺達に、男はついに語り始める。
「私は魔族としては出来損ないだ。闇魔法は使えないし、人間に対する敵意もない。だから追放された。それから人間の領地を彷徨い続けた。しかしそこにも居場所はなく、最終的にたどり着いたのがこの迷宮だ」
どうやら男は、ミーシャと全く同じ理由で追放されたらしい。
魔族の中にはたまに、そういった「はぐれ者」が生まれるらしい。
「だけど、どうやって魔法陣を作り上げたんだ?全くの0から、組み上げたとでも言うのか……?」
やはりウィルが一番気になるのはそこらしい。
男はまたウィルをじっと見る。
そして、一見関係なさそうな質問をした。
「お前達は、数百年前に魔族が、人間の王族に近づいたという話を聞いたことはないか」
「そ、それは……」
俺達はその話を、ミーシャから聞いていた。
ミーシャが魔族であることが露見したのは、闇魔法を検知する水晶があったからだ。
その魔道具が作り出された理由を、ミーシャは語っていた。
何百年も昔、魔族が人間に変装して王族に取り入ろうとした事件がある。それがきっかけでその魔道具が開発されたのだと。
「もしかして、お前がその魔族なのか……?」
ウィルの問いかけに、男はゆっくりと頷く。
「ああ。それは私だ。しかし国王を洗脳し、人間の世界を乗っ取ろうとした訳ではない。たまたま友人になった王族の娘がいたのだ。しかし当時の王は、私が魔族だと露呈するとすぐ、処刑台へと送った。私はそこから逃げ出して、ここまで来たのだ」
男は少し黙って、当時の光景に想いを巡らせる。
やがてまた口を開いた。
「お前の質問に対する答えだが、私の研究の基礎となったものは、人間に紛れて生活していた頃に得た知識だ。王宮から逃げ出し、この迷宮に閉じこもってからは、独自の研究を続けた。ここにいる魔物や人間の冒険者を観察するだけで得られるものは多い」
ウィルはまだ茫然として、男を見返す。
色々聞きたいようだが、何から聞けば良いか分からない様子だ。
「えっと、それで……お前が創る魔法陣は、魔素の影響を完全に遮断するのか?」
「いいや。この部屋自体が魔素を遮断する。私が魔素を遮断する魔術回路を編み込んだ結界を作ったからだ。だからその者は、この部屋まで運ぶ必要があった」
男はそう言って、アルクの方を見る。
やがて俺達に視線を戻し、男は言った。
「ここはダンジョンの最深部だ。その者が目覚めたら、お前達は地上へと帰るんだ」




