45.それぞれの戦い
俺は相変わらずソフィアを背負いながら、迷宮内を走り回っている。
猫耳を澄ませてみるも、アルクやウィルらしき音を聞き分けることはできなかった。
「ちっ、これじゃいつまで経っても埒が明かない……」
俺がブツブツ呟いていると、急にソフィアがぎゅっと手に力を入れた。
何かに怯えるように、その手は小さく震えている。
「おい、どうし……」
俺が背後を振り返ると、ソフィアが俺の目を両手でふさぐ。
「おい、何のつもりだ」
「だ、だめ、あれを見たら……」
「あれとは何だ」
ソフィアの声は恐怖でブルブルと震えていた。
するとその時背後から、ズルズルと何かが地面を這う音が響く。
おそらく巨大なその何かは、ゆっくりと俺達の背後に近づいている。
「あれ、お兄さまから、きいたことある……」
お兄さまとはノールか、亡くなったルアンのことだろう。
アルクのことはお兄ちゃんと呼んでいるのだ。
「目を見たら、しんじゃう……」
それで俺は何となく察した。
おそらく目を見たら即死するという巨大な蛇、バジリスクのことだ。
全く、厄介な魔物が多いものだ。
「おいお前、ここで目を閉じてじっとしてろ」
俺はソフィアを下ろし、バリアを付与する。
そしてくるりと振り返り、視線を上げずに走り出した。
その時蛇が正面から、口を大きく開いて襲い掛かってくる。
俺は耳でその音を聞きつけ、思い切りジャンプして身をかわす。
すると俺が元居た場所に、巨大蛇は勢いよく突っ込んでいく。
地面はその牙により、大きくえぐられていた。
しかし巨大蛇が地面から頭を持ち上げる前に、俺はその頭上にジャンプしている。
そして思いっきり足を振り下ろし、その頭を地面に叩きつけた。
意外にも蛇は、その一撃だけで完全に死んでいた。
どうやらダンジョンで戦い続けて、俺のレベルはさらに上がっているらしい。
俺はソフィアの元へと戻り、バリアを解除した。
ソフィアはあまりの討伐の早さに、呆気に取られているようだ。
しかし、俺を見つめたあと、小さく笑顔を見せた。
「あ、ありがとう……」
「おう。さあ、さっさと行くぞ」
俺がソフィアを背負おうとすると、ソフィアは手のひらを俺に差し出す。
そこにはウィルの魔法陣が展開されていた。
これまで俺達は、水魔法で乾いた喉を潤していた。
どうやらソフィアは、俺に水をくれようとしているらしい。
しかしいつまで経っても、魔法陣から水が溢れ出ることはなかった。
「……あれ……」
ソフィアは戸惑いの声を出す。
「……あれ、できない……」
俺はソフィアを見下ろして考えた。
俺と二人きりになる前、一つ上の階層にいた時は、ソフィアは水魔法が使えていたのだ。
それが今になって発動できないのは、何か理由があるのだろうか。
しかし考えても仕方ないので、俺は自ら水魔法を作り出した。
「今は気にすんな。喉が渇いたならこれを飲め。さっさと行くぞ」
そして俺は再び、ソフィアを背負い走り出した。
アルクはその時、群れをなす鳥型の魔物と睨み合っていた。
そして次の瞬間、準備していた魔法陣から、強烈な火炎魔法を群れめがけて発射する。
ギイイイイエエエエエェェェェ!!!
群れの大半が炎に呑まれ、悲鳴を上げる。
しかし炎から逃れた数羽の鳥が、アルクめがけて鋭く飛んでくる。
アルクは剣で、何とか鳥を受け止める。
一瞬でも気を抜くと、鳥が体に突き刺さりそうだ。
再びバリアを展開する余裕すらない。
バサバサッと切り裂かれた鳥が、次々と地面に落ちていく。
「おい、アルク!!」
しかしその時、剣の攻撃を掻い潜った一羽が、アルクの腹に突き刺さる。
「ぐはっ………!!」
アルクは苦痛に喘ぐが、手を止められない。
腹から血を流しながらも、まだ飛んで来る鳥を迎え撃っている。
「くそっ、どうすれば……」
ウィルが頭をがしがし掻いた。
応戦できない自分がもどかしくて仕方ないのだ。
しかし、アルクはついに地面に尻もちをつく。
剣で鳥の攻撃を受け止めた拍子に、体勢を崩したのだ。
『く、くそっ、僕が、しっかりしなきゃいけないのに……』
アルクももどかしい思いをしていた。
これまで魔物の大半は、俺が対処していたのだ。
『僕が、やらないと……』
しかし鳥はまだ飛んで来る。これ以上、攻撃を受け止めきれない。
アルクは思わずぎゅっと目を閉じた。
バイイイィィィン!!!
「え………」
しかし飛び込んできた数羽の鳥は、何かに弾き飛ばされる。
アルクが目を開けると、目の前に銀色に光る魔法陣が浮かんでいた。
模擬戦でウィルが使用していた、盾のような役割を果たす魔法陣だ。
ウィルがバリアから飛び出し、アルクの前に魔法陣を作り出していた。
バリアは内側からなら、簡単に破壊できるのだ。
「おい、アルク、大丈夫か!!」
アルクはその一瞬を逃さなかった。
次の攻撃が飛んで来る前に、急いで自分も魔法陣を展開する。
そして残った鳥達を火炎魔法で、一羽残らず燃やし尽くした。
ギイイエエエエエエェェ!!!
再び辺り一面を、鳥の断末魔が覆い尽くした。
アルクは腹を手で押さえ、息を切らせて、燃え盛る炎を見つめていた。
「よ、よかった……」
そこへウィルが走り込んでくる。
「おい、大丈夫か!?とりあえず回復薬を……」
「ウィル、ありがとう、助かったよ……」
ウィルが回復薬を注ぐと、腹の血は止まった。
しかしそこにはまだ鈍い痛みが残っていた。
「悪いな、ほとんど任せちまって……」
「ううん。ウィルがいないと、僕は死んでたよ……」
ウィルはそれを聞いて、力なく笑った。
そしてアルクを引っ張って立たせる。
「とにかく、早くしょこら達と合流しねえと……」
「ウィル!!!」
その時アルクが急に、ウィルを押し倒し地面に伏せた。
一瞬の後、巨大な鉤爪が、二人の頭上を通り過ぎる。
「いてて、おい、一体何が……」
しかしアルクは目を見開き、震えながら空中を見つめていた。
そこには体長20メートル近くもある、巨大なドラゴンがいる。
しかもその巨体には、三つの頭が生えていた。




