43.分離
「ったく、この階層は一体どれだけ広いんだ」
俺は歩きながら、チッと舌打ちをする。
数時間休息を取った後、俺達は再び歩き出していた。
しかしどれだけ歩いても、上層へと繋がる道がなかなか見つからないのだ。
ウィルが言った通り、地面は上層へ向かって緩やかに傾斜しているはずだ。
しかし迷路のように岩壁が入り組んでおり、行き止まりで引き返すことも度々あった。
その上厄介なことに、ダンジョンでは一定時間が経過すると、魔素により新たな魔物が生み出されるという。
「ねえ、僕達本当に、ここから出られるかな……」
アルクは弱気になり、俺に問いかける。
それでもソフィアを不安にさせないよう、あくまで小声で囁いた。
「分からん。しかしとにかく動くしかないだろ」
「うん、そうだね……」
遭遇する魔物に対処しながら、俺達は迷宮を進み続ける。
「おい、この道はさっき通った。次はこっちに行こう」
ウィルは小さな紙に、これまで歩いた道を記録していた。そのため少しずつだが、この階層の地図のようなものが出来上がりつつある。
俺達は岩壁が立ちはだかる細い道へと、足を踏み入れた。
しかししばらく進んだところで、何かが俺の足を捕らえる。
「うわっ!あ、足が……」
どうやら後ろを歩くアルク達にも、同じことが起きているらしい。
俺は足を引き抜こうとするが、それは泥のように俺の足を絡め取っている。
しかも動けば動くほど、ズブズブと地面に沈んでいった。
「おいやばいぞ、これ……」
ウィルも焦って声を上げる。
同じように泥から逃れようとするも、その体はどんどん地面に沈み込んでいた。
そして次の瞬間、泥の勢いが増す。
まるで蟻地獄のようなそれは、一瞬にして俺達全員を、地面の下へと引きずり込んでいった。
地面に着地した俺は、周囲を見渡す。
そこは先ほどまでいた階層とは、周囲の岩の形が違う。おそらく、さらに下層へと落ちてしまったのだ。
「おいお前ら、大丈夫か」
しかし反応はない。
俺は光魔法を発動した。
魔素のせいで威力は弱まり、それは小さな炎を灯した程度の光しか作り出せなかった。
すると俺の耳に、小さな呻き声が聞こえた。
「う……」
声の方に駆け寄ると、そこに倒れていたのはソフィアだった。
地面に落ちたようだが、幸い大きな怪我はなさそうだ。
「おい、大丈夫か」
俺が立たせると、ソフィアはこくりと頷いた。
そしてハッとして、すぐにアルクの姿を探す。
しかしそこに、アルクの姿はなかった。
アルクだけではない、ウィルの姿までも消えている。
「くそ、さっきのは一体何だったんだ。俺達は違う場所に落とされたのか」
俺は呟きながら、とりあえずソフィアを背中に背負う。
「おい。とにかくあいつらを探すぞ。走り回るから、振り落とされるなよ」
ソフィアは俺の首に手を回し、恐る恐る頷いた。
そして俺は俊足で走り出す。
猫耳忍者姿で本気で走ると、ドラゴンよりも速く移動できるのだ。
ソフィアは息を呑み、俺の首に必死にしがみついていた。
同じ頃、アルクとウィルも地面から体を起こしていた。
アルクはすぐに俺を呼ぶが、返事はない。
「あれ、しょこら?……しょこら?……うそ、しょこらがいない……。それにソフィアも……」
ウィルは立ち上がり、周囲を観察しながら呟く。
「おい、さっきのはもしかしたら、ダンジョンの罠かも知れねえ……」
「え、わ、罠って……」
「数は多くないが、ダンジョンには罠があるらしいんだ。死んだ人間や動物は養分になるからな。ダンジョン自体が獲物を捕らえるため、自然に罠を生成してるか、それとも……」
「そ、それとも……?」
「それとも、これも結局、俺を淘汰しようとするこの世界の摂理なのかもな」
そう言ってウィルは、まだ地面に座り込んでいるアルクに右手を差し出した。
アルクはその手を掴んで立ち上がる。
「ねえ、しょこらとソフィアは、一緒にいるかな……」
「さあな。そうだと祈るしかねえだろ。とにかく早く合流しねえと……」
アルクは念話を試してみるが、通じない。
魔素のせいで念話まで阻害されているのだ。
そしてアルクとウィルは、バリアを纏いながら歩き始めた。
俺はソフィアを背負い、そこら中を駆け回る。
しかしどれだけ探しても、アルクとウィルの姿は見当たらない。
途中魔物に遭遇すると、俺は思い切りジャンプして猫キックをかました。
大抵の魔物は一撃で気絶したが、中には数発蹴りをかましてやっと倒れるものもいる。
「ちっ、この階層にも魔物がうようよいやがるな」
しばらく走り続けたが、相変わらず岩壁は迷路のように入り組んでいる。
俺は一旦止まり、ソフィアを背中から下ろした。
「おい、平気か」
ソフィアは振り落とされまいと、ずっと背中にしがみ付いていた。
小刻みに震えながらも、小さく頷く。
ソフィアは俺をじっと見上げた。
俺とソフィアは正直、まともに会話したことがない。ソフィアは少し緊張しているようだ。
俺は特に話すことがないので、無言でソフィアを見下ろす。
猫の俺にとって、気まずいなどという感覚はない。
するとソフィアが、おずおずと口を開いた。
「あ、あの………」
「なんだ」
「えっと、あの……お姉ちゃんは……」
「しょこらと呼べ」
「え………あの、しょこらさんは………。お兄ちゃんと、けっこんしてるの?」
俺はしばし考えた。
お兄ちゃんとは誰のことか分からなかったのだ。
しかしおそらくそれはアルクのことだろう。
俺は大きくため息をついた。
「言っておくが俺は猫だ。人間じゃない。結婚するわけないだろ」
「で、でも………。じゃあ、お兄ちゃんのこと、すき………?」
するとソフィアは思わず、ビクっと体を縮こませる。
俺が思わず鋭い視線で見下ろしていたからだ。
「おい、馬鹿なこと言ってないで、さっさと行くぞ」
そして俺は再びソフィアを背負い、迷宮内を走り出したのだった。




