40.深層
「い、いたた……。みんな、無事………?」
アルクが頭を押さえて、地面から起き上がる。
俺はすでに立ち上がっていた。ウィルとソフィアも、ゆっくりと体を起こす。
俺達は地面に空いた穴を、何階層も下へと落下していた。
俺は落下しながら、全員にバリアを施したのだ。おかげで全員、大きな怪我はない。
しかしバリアがあっても、地面に叩きつけられる衝撃は凄まじいものだった。
「おうお前ら、大丈夫か」
「うん。しょこらも無事で、良かった……」
アルクも俺に続けて起き上がり、ソフィアを抱えて立たせた。
ウィルは地面に座り込んだまま、茫然と周囲を見回している。
「おい………。ここ、一体何階層だ………?」
そこは明らかに、これまでいた上階とは雰囲気が違った。
岩の色は濃くなり、空気はどんよりと重い。
静寂が水のように辺りを満たしており、飛び回るコウモリの姿もなかった。
道も整備されておらず、周囲には俺達と共に落下した岩石の残骸が散らばっている。
「分からん。とにかく転移魔法で脱出するぞ」
転移魔法のことを知らないソフィアは、驚いて俺の顔を見た。
しかしウィルは、不安げにゆっくりと立ち上がる。
「……ああ、やってみるか。……しかしたぶん、それは無理だな……」
ウィルの言う通り、俺が魔法陣を展開して魔力を注いでも、それは発動しない。
アルクはぎょっとしてウィルを見た。
「ど、どうして転移魔法が使えないの?」
「ああ、ダンジョンってのは、空気中の魔素が強いって言っただろ。深層になるほどそれは濃くなる。……ここが何階層かは知らねえが、魔素の濃度が高いほど、魔力は相殺される。深層の魔物には物理攻撃で戦うのが基本だ」
ウィルは不安げに頭を掻いた。
「まあ、俺の魔法陣はある程度魔素の干渉を防ぐように作ってるが、しかしあれはどのみち実戦向きじゃねえからな……」
「仕方ない。とにかく上に向かうしかない。さっさと行くぞ」
俺がそう言うと、全員こくりと頷く。
ソフィアはまたアルクの左手を掴み、小さく震えていた。
「でもしょこら、気を付けないと、どんな魔物がいるか……」
ドガアアアアァァン!!!!!
その時、再び壁が突き破られる。
先程俺達より先に落ちた巨大猿が、再び目の前に現れたのだ。
「う、うわあああ、また来た!!バ、バリアを………」
バキイイイイィィィィィ!!!!!
しかし、アルクがバリアを展開する間もなく、巨大猿の体は思いっきり吹っ飛んだ。
猿はドカアアアアァァンと轟音を立てて地面に投げ出され、そのままぐしゃりと動かなくかる。
猿が出てきた瞬間、俺が思いっきり猫パンチ(人間の手だが)をかましたのだ。
「雑魚にかける時間はねえんだ。そこで大人しく寝てろ」
そう言って俺は猿の脳天に、トドメのパンチを食らわせる。
完全に頭蓋骨が破壊された猿は、一瞬で息絶えた。
「す、すげーーーーーー………」
ウィルはポカンと口を開けて、俺の姿を見つめた。
その目はキラキラと光を帯びている。
ソフィアも目を大きくして、俺をじっと見つめていた。
俺達はそれから、なるべく音を立てないように歩き出す。
どんな魔物に出くわすか分からないのが厄介だ。
俺は念のため、全員にバリアを施して進んだ。
「……なあ、お前ら……。」
ウィルは歩きながら、俺とアルクに向かって言った。
「これって、俺のせいなんだろ?ごめんな、巻き込んじまって……」
「え、そんな、ウィルのせいだなんて……」
アルクが驚いて否定する。
しかしどうやら、ウィルには分かっているようだ。
ここ2日間の俺達の言動から、察しの良いウィルは何かを感じ取っていたのだ。
そしてアルクから投げかけられた質問を、頭の中で考えていた。
「もし仮に、研究を続けると命を落とす、って言われたらどうする?」
ウィルは以前アルクから前世の話を聞いた際、女神についても聞いていた。
そしてアルクの質問の裏に隠された真実を、自ずから悟ったのだった。
「まさかこんな事になるなんて、思ってもみなかったよ。……けど悪いな、俺は無事に地上に戻ったら、また研究を続ける。お前ら、もうあまり俺とは関わらない方が……」
しかしアルクは急に、右手でウィルの胸ぐらを掴む。
アルクが人にそんな事をするのは初めてだ。
「何言ってるんだよ!僕達はウィルが研究を止めないって分かった上で、ウィルと一緒にいるんだよ!!僕は決めたんだ、ウィルにこれから何が起きても、僕達が絶対守るって……」
ウィルは面食らってアルクを見返した。
「それにウィルは僕に取って、大切な友達だ……!!」
「お、おお……。あ、ありがとな……」
胸ぐらを解放されたウィルは、照れくさそうに笑った。
考えてみるとアルクにはこれまで、年の近い同性の友人はいなかった。
ハルトやハジメがアルクに取って兄のような存在なら、ウィルは初めてできた友人だった。
最初こそ何かと対抗していたが、今ではすっかり心を開いているのだ。
「それに、ウィルから研究を取ったら、ただの変態になっちゃうしね」
「全くその通りだ」
「お、お前らなあ!!!」
俺達はそんな事を話しながら、暗い深層を進んで行った。
そのうちウィルがふと、岩壁の隙間から生えている、苔のような植物に目を止める。
ウィルは壁に近づき、その植物をじっと見つめた。
それは灰色の苔のようで、指で触れると僅かな瘴気を放つ、毒性の植物だ。
「おい、どうしたんだ」
俺が尋ねると、ウィルは振り返る。
その顔には恐怖の色が浮かんでいた。
「おい……。ここはたぶん、20階層よりも下だ」




