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4.王室の事情

「え………?今、なんて………?」



アルクは俺に聞き返す。

グラスを持つ手が、ガタガタと震えている。



「さて、勇者アルクよ、こちらへ」



国王がアルクに呼びかける。前に出て来いと言っているのだ。

国王の声は、いつか闘技大会で司会者の男が使っていたような、拡声器のような魔道具で会場全体に響き渡っている。



「え、えっと……僕は……」



アルクは思わず入り口の方を見る。

しかしその扉はしっかりと閉じられていた。



そこへ使用人の一人がアルクへと近づき、その背中を押して前方へと誘う。

アルクは拒否することもできず、よろよろと足を踏み出した。


俺が付いて行こうとすると、同じ使用人が振り返り、俺を制止するように手を上げる。

付いて来るなと言っているのだ。



会場全体の注目を浴びて、ただでさえコミュ障のアルクは今や汗びっしょりだ。

このまま卒倒するのではないかと思われるほどだ。



『おい、気圧されず断れよ……』


俺は念話で助言するが、アルクは完全に聞こえていない。



やがて会場前方に進み出たアルクの肩に国王が横から左手を置く。

アルクはビクっと体を震わせた。



「よくぞ参ってくれた。さあ、勇者アルクよ。其方は今後王族の一員、そして将来の我が後継者として……」


「え、後継者?」


茫然自失だったアルクは、突然顔を殴られたように我に返る。

そして国王が発した単語を繰り返した。


「ちょっと待ってください、後継者って?」


「なんだ、聞いていなかったのか。皆も知っての通り、誠に遺憾ながら我が王室には王子がいない。我が天から授かった4人の子宝は、皆王女だ。そのため王室は其方を第一王女の婿養子として迎え入れ、王位継承権を……」




そう、さっき国王はそう言っていた。



まったく無茶苦茶な話だが、会場の人間がヒソヒソ話す声をよく聞くと、大体の事情が分かる。

どうやら現在この国では、王位継承権争いが勃発しているようなのだ。



王自身が言った通り、国王には王子がいない。

そしてこの世界では、王女は王位を継ぐことができない。


そこで国王の甥、つまり王の兄弟の子供たちが、それぞれ次期国王の座を狙っている。

王の兄の子が一人と、弟の子が二人だ。



王の兄も弟も大公爵家だ。

王位継承権を持つ男子三人、それぞれに派閥があり、全員が成人した今では派閥間の争いが目に見えて泥沼化しているらしい。



そして、家族間の争いを望まない国王は、無派閥の者を次期国王に据えようと目論む。


しかし大公爵家を差し置いて、他の貴族から王位継承者を選ぶことなどできない。

各派閥の反発は目に見えているし、民衆だって納得しない。



そこで、貴族としての地位は高くないが、魔王を討伐した実績があり、今や全国民から人気を博しているアルクをその座に据えることで、派閥争いを無理やり治めようと考えたのだ。



まったく短絡的だ。

アルクに国王の素質がある訳がない。


最も、それも分かった上で、ただのお飾りの国王として選任したのだろう。



そしてアルクは今や、あまりの事実にガタガタと震えている。

手に持っていたグラスが、パリィィンと大きな音を立てて床に落ちた。



そしてアルクは、礼儀作法など一切構わず、思わず大声で叫ぶ。



「む、無理です!絶対嫌です!!僕は誰とも結婚しません!!!」



王のすぐ近くで叫んだアルクの声は、魔道具に拾われて拡大され、会場全体に大きく響き渡った。



呆気に取られる周囲を顧みず、アルクは全力で真っ直ぐ入り口へと走る。

そして怒涛の勢いで扉を開け、そのまま会場を飛び出した。




俺もアルクが明けた扉が完全に閉じる前に、さっと会場の外へと飛び出す。

会場は今や混乱状態だ。俺は国王がどんな顔をしているかを見ないようにした。



俺が玄関ホールに出ると、アルクは既に建物の入り口にたどり着いていた。

そこで待機していた二人の衛士から足止めを食らっている。



「すみません、ここをお通しする訳には……」

「どいてください!僕はもう帰らないと……」



必死に衛士を振りほどこうとしていたアルクだが、ふと俺がいないことに気付く。

急に後方を振り返り、俺の姿に目を留めた。


「しょ………」


「アルク様!」


しかし、アルクが俺を呼ぶ前に、誰かがアルクを呼び止める。

その人物は、2階から玄関ホールへと続く階段を、静かに降りてきた。



俺とアルクがその人物の方を見ると、アルクと同じぐらいの歳の女の子だった。

ヒラヒラとしたピンクのドレスを身に着け、肩の上あたりまである金色の髪が照明に照らされ輝いている。


おそらくあれが、第一王女だろう。

俺は何となくそう察した。



その女の子はアルクの前で足を止め、スカートを持ち上げてお辞儀する。

そして両手で、アルクの右手をぎゅっと掴んだ。



「お待ちしておりました。さあ、私と一緒に参りましょう…」



するとその時、アルクの様子がどこか妙になる。

急に体中の力が抜けたように大人しくなり、その瞳からは光が消える。



そして、王女に手を引かれるまま、従順に螺旋階段を上へと上って行った。



その様子はどうも、魔王の配下から精神支配された時の感じに似ていた。

しかし闇魔法を使える人間はいないし、まして王女がそのような力を持つはずがない。



さすがに王女に猫パンチを食らわせるとその場でひっ捕らえられそうだ。

とにかく後を追おうと俺が走り出すと、しかし、後方から誰かが俺の体を抱え上げた。



それは、またあの使用人だった。

使用人は皆ズボンを履いているから気づかなかったが、近くでよく見ると、そいつは女だ。僅かに不敵な笑みを浮かべながら、俺を見下ろしている。




全く邪魔な奴だ。

結局アルクは王女に連れられ、宮殿の上階へと姿を消してしまった。


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