38.ダンジョンへ
試験2日目、俺達はダンジョンの入り口に立っていた。
そこはヘイデン領から南西に半日進んだ場所にある、ピーコック山岳の洞窟だ。
本来大陸北部のほうが魔物は多く、より強力だ。しかしそこは大陸南部で唯一、魔素が充満し魔物が定期的に発生する場所らしい。
土地の突然変異のようなもので、人間の力で消滅させることはできないそうだ。
「現在発見されている限り、ダンジョンには地下20階層はある。それ以上の深層が存在するかは不明だ。誰も到達したことがない」
ウィルは俺達に、ダンジョンについて説明する。
アルクは初めて見る迷宮の入り口を見上げ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「ねえ、ウィル。5階層って危険じゃないの?」
アルクが心配そうに尋ねると、ウィルは首を振った。
「いや。危険なら試験で使ったりしねーよ。うーんそうだな、ちょっと強い中型のゴブリンが出るぐらいか?」
「そう、なんだ……」
俺とアルクは初等部の、ウィルは高等部の監督をする予定だ。
しかしアルクはどうしても、女神の話が気になるらしい。
「それでは皆、出発するぞ!まずは高等部から中に入るんだ!」
教師の一人が声を張り上げる。
しかし、先頭に立って中に入ろうとするウィルの腕を、アルクはがしっと掴んだ。
「うおっ、な、何だよ?」
「えっと、ウィル、僕達が代わりに5階層に行くよ。だから君は1階層で……」
「なんでだよ?てかお前、ソフィアに付いててやらなくていいのか?」
「ソ、ソフィアはウィルが見てあげて。その、何て言うか、心配で………」
アルクは必死な様子だ。
するとウィルは、今日は猫耳忍者になっている俺に近づき、耳元でこそこそ囁いた。
「おい……、アルクの奴、今度は俺を落としにかかってきてるのか?」
「さあな。しかしお前、どうなんだ。やはり俺達が5階層に行くぞ」
俺までそう言ったので、ウィルは少し目を丸くした。
「いや、大丈夫だ。ありがとよ」
そう言ってウィルは、高等部の生徒達、そして他数人の教師と共に、洞窟へと入って行った。
続けて中等部の生徒達が、3階層へと降りて行く。
最後に俺達が初等部の連中と共に、地下1階層へと入り込んだ。
地上階から地下に降りると、そこは真っ暗闇だ。
俺とアルクが光魔法を使い、周囲を照らしながら進み続ける。
教師不足のせいで、初等部を引率するのは俺とアルクに、採点役の教師一人だけだった。
地上階ではワーワーと騒ぎ、俺の尻尾を掴もうとしていた子供達も、地下に降りると急に静かになる。
そこは俺達が想像していたより、ずっと大きな空間だ。
地下1階とはいえ、見上げると天井は非常に高い。
壁や地面、天井は全て岩肌で、所々水が滴り、ピチョンと音を立てている。
不穏な静けさに包まれており、それがかなり不気味だった。
たまにコウモリのような黒い生き物が、バサバサと周囲を飛び回っている。
「しょこら、なんか不気味だね……」
アルクは警戒しながら周囲を見渡す。
しかし魔物の姿は見当たらなかった。
ソフィアはアルクの左手を、ぎゅっと握りしめている。
しばらく進むと、しかし、大量の物体が少し先の地面で蠢いているのが見えた。
ウィルが言っていた通り、それは無数のスライムだった。
こちらから攻撃しない限り、スライムは攻撃してこない。
ただ巨大な水色の餅のように、地面を這いずり回っている。
俺達は順に生徒達を並ばせ、スライムを攻撃させた。
待機している生徒には、念のためバリアを付与している。
1階層のスライムの動きは遅く、全く危険はなかった。
子供達は次々とスライムを攻撃し、小さく歓声を上げている。だんだんと地下の雰囲気にも慣れてきたようだ。
ついにソフィアの番となった時、ソフィアはなかなか動かなかった。
アルクの左手をまだ握りしめ、じっとスライムを見つめている。
「大丈夫だよ。あいつは、動き回るダミー人形よりも遅い。ソフィアならできるよ」
アルクが笑いかけると、ソフィアは頷く。
そして手を離し、意を決して前へと進み出た。
もちろんそれは簡単に終わった。
ソフィアは魔法陣から水魔法を発射し、スライムを3体、難なく討伐したのだ。
ソフィアは振り返り、アルクに駆け寄りぎゅっと抱き着く。
「よくがんばったね、ソフィア!」
またアルクに頭を撫でられ、ソフィアは顔を赤らめた。
「これで全員終わったな。一旦こいつらを連れて、地上に戻るぞ」
俺がアルクに言うと、アルクはこくりと頷く。
「一旦ってことは、しょこら、やっぱり僕達、下に行くんだね?」
「ああ。こいつらを送り返して、それから5階層に向かう」
「うん、そうだね!そうしよう……」
そして俺達は地上へと戻る。
生徒達が全員揃っているのを確認すると、俺とアルクは再び洞窟の中へと引き返した。
地下2階層に降りると、どんよりとした空気がより一層濃くなったようだ。
アルクは先程よりも警戒して、周囲に気を配っている。
しかし、そこで遭遇する魔物は、まだ雑魚ばかりだった。
大型スライムや小型のゴブリン、それに俺達が初めて見る骸骨の魔物 (スケルトンというらしい)に遭遇するも、ほんの一撃で片は付く。
途中俺達は、地上へと戻る中等部の生徒達に遭遇した。
あとは高等部が上がってくれば、無事に試験は完了となる。
しかし地下4階層で、俺達は思わぬ事態に気付く。
中型のゴブリンを剣で斬りつけたアルクは、背後で小さな悲鳴を耳にする。
振り返ってみるとそこには、なんとソフィアがへたり込んでいた。
「なっ、ソ、ソフィア!!?どうして……」
アルクはそう言いながら、ソフィアに迫っているゴブリンを一太刀で討伐した。
俺達が近づくと、ソフィアはへたりこんだまま下を向いている。
「おいお前、なんだってこんなとこまで付いて来たんだ」
俺が見下ろして尋ねると、ソフィアはおずおずと口を開いた。
「わ、わたしも、いっしょにいきたい……」




