37.試験1日目
翌朝、俺から夢の話を聞いたアルクは、顔を真っ青にした。
「そ、それって、やっぱりただの夢じゃないよね?そんな……命が危ないって、一体……」
「分からん。しかし研究を止めないと、そのうち何かが起きるかも知れない」
「そんな……。ウィルから研究を取ったら、ただの変態に……」
アルクは俺と同じ感想を漏らした。
その日は試験初日だった。
俺とアルクはとにかく、筆記試験が行われる教室へと足を運んだ。
試験1日目は午前が筆記、午後が実技だ。俺達は初等部の筆記試験の監督と、実技の判定を手伝う事となっている。
「悪いな、こんな事まで手伝ってもらって。あ、でもさすがに学長が、いくらか報酬は払うって言ってたからよ……」
ウィルは俺達の姿を見つけると、すまなそうに謝罪した。
アルクは夢の話があったので、神妙な面持ちでウィルをじっと見つめる。
「え……何だよ?俺の顔になんかついてるか?」
「え、ううん、なんでもないよ……」
アルクが誤魔化すと、ウィルは少し怪訝な顔をしながらも、中等部の試験会場へと去っていった。
筆記試験の監督と言っても、ただ教室内を見回るだけだ。
主に不審な動きをしている者がいないかを確認するためだ。
試験開始前、アルクはソフィアの姿を見て、目をみてこくりと頷く。
ソフィアも少し微笑みながら、同じくこくりと頷いた。
俺達は教室内を歩き回りながら、念話で会話を続ける。
『ねえ、自然の摂理で命を落とすって、どういうことだろう。何か危険な事件や事故にでも、巻き込まれるのかな……?』
『さあな。しかし考えられるのはそんな所だろう』
『そうだよね……。ねえ、明日の実地試験、ダンジョンだよね。そこで何も起きなきゃいいけど……』
俺もそれを考えていた。
女神は今すぐ何かが起こるとは言わなかった。しかしこのタイミングでダンジョンに向かうのは、何となく不吉だ。
それに明日ウィルが監督するのは高等部で、高等部の生徒達は地下5階層まで降りるのだ。
『ねえ、念のため僕らもウィルと一緒に、5階層まで行けないかな……』
そうこうしているうちに、筆記試験は終了した。
ソフィアは席に座ったままアルクを見つめ、また小さく微笑んだ。どうやらうまくいったようだ。
そして午後は実技だ。
初等部の生徒達は、ダミー人形3体に連続して、攻撃を的中させる必要がある。
ソフィア以外の生徒はほぼ全員、難なく人形を攻撃していく。
しかしその出来はもちろん、生徒によってまちまちだ。優秀な者はすべての人形を破壊し、攻撃力が弱い者は、単に人形に炎や水を浴びせかけるだけだ。中には連続して攻撃できず、的を外す者もいる。
ソフィアの順は一番最後だった。
ずっと緊張した面持ちで、じっと他の生徒の実技を見守っている。
そこへアルクが、ソフィアに小さく声をかける。
「大丈夫だよ。昨日のユリアンとの遊びを思い出すんだ。ソフィアならきっとできるよ」
アルクは昨日の戦いを、単なる遊びだと思っているらしい。
ソフィアはアルクを見上げて、小さくこくりと頷いた。
そしてついにソフィアの番になる。
先に実技を終えた生徒達は、まだそこに留まってソフィアの実技を見物している。
その時俺はふと、試験会場である屋外訓練所の隅に、一人の人物を見つける。
大人の男で、壁にもたれかかり、遠くからじっと試験の様子を伺っていた。
男の髪色が濃い青色だったので、俺は何となくそれが誰かを察する。
するとソフィアが動き出した。
ダミー人形に手をかざし、ぶつぶつと詠唱を呟く。
そして現れた魔法陣から、間髪を入れず勢いよく水が発射された。
パーーーン!!
パーーーン!!
パーーーン!!
その水魔法は華麗にダミー人形へと放たれ、ほんの数秒で3体の人形全てに直撃した。
さすがに人形は破壊されなかったが、表面の木材が削られ飛び散っている。
ソフィアの実技を見ていた生徒達は、小さな声でざわざわと騒ぎだす。
「え、あいつ、あんなにうまかったっけ……?」
「あのまほうじん、なに?」
「あれってズルじゃないの?」
しかしソフィアは周囲には目もくれず、パッとアルクを見て微笑んだ。
これまでにソフィアが見せた中で、最も大きな笑顔だった。
アルクも遠くからソフィアに向かって、にっこりと笑いかける。
俺がさっきの男のほうに目をやると、既に男の姿は消えていた。
「本当にすごいよ、よく頑張ったね、ソフィア!」
1日目の試験が無事に終了し、俺達はまたウィルの研究室に集まっていた。
アルクはソフィアの頭を撫でて、何度も実技を絶賛する。
「ずっと頑張って練習したもんね!でもやっぱり、昨日のユリアンとの遊びが一番役に立ったね」
アルクに撫でられて、ソフィアは嬉しそうにはにかんでいる。
「お前、昨日のあれが遊びって、本当おめでたい奴だな」
「え、何が……?」
ウィルがやれやれと呟くが、アルクはきょとんとする。
俺は話を変えてウィルに問いかけた。
「そういえば試験会場に、青い髪の男が来ていたぞ。あいつは一体なんだ」
するとウィルは少し気まずそうな顔をした。
「ああ、それは、俺の親父だ……。髪色で何となく分かっただろ。……ヘイデン大公爵で、この学校の学長でもある」
「えっ、学長って、ウィルのお父さんだったの!?」
アルクは驚いてウィルを見返した。
「ああ。……まあ、学内ではあまり俺と関わりはないけどな。親父は俺の研究を馬鹿にしてるしさ。……そんでも研究費だけはいくらか充てがってくれるんだ、文句は言えねえよ」
研究の話が出たので、アルクはまたウィルをじっと見つめた。
真剣な目つきに、ウィルはまた怪訝な顔をする。
「おい、お前今日ちょっとおかしいぞ。なんかあったのか?」
アルクはしばらくウィルを見つめてから、問いかける。
「ねえ、もしさ、何かの理由で研究ができなくなったら、ウィルはどうする?」
「は?何かって……」
「い、いや、例えばの話だよ!何となく気になって。ほら、研究費がなくなったり、体調が悪くなったりして、研究を続けられなくなったら……」
突然の質問に、ウィルは少し不思議な顔をした。
しかしはっきりと答える。
「俺はどんな事があっても、研究を続ける。金がなくなれば自分で稼ぐし、病気になったとしても、生きてる限り研究は止めないね」
アルクはしかし、そこでは止まらなかった。
さらにウィルに質問をたたみかける。
「でもさ、もし仮に、研究を続けると命を落とす、って言われたらどうする?」
かなり直球な質問だ。
しかしウィルはそれにも即答した。
「関係ないね。死ぬまで研究するまでだ」
アルクはそれ以上は聞かなかった。
ただ小さく頷いて、視線を下に向ける。
「そっか。……うん、分かったよ」




