34.息抜き
試験前日、魔術学校に思わぬ来客があった。
その日は授業がなく、全生徒は明日の試験に向けて、それぞれ最後の追い込みをしていた。
俺とアルクは例のごとくウィルの研究室で、ソフィアの勉強に付き合っている。
「学年三位以内というのは、正直難しいけど……。でもソフィアの頑張りを認めてくれたら、お兄さんだって気が変わるかもしれないし。できるだけ、やり切ろう」
アルクはソフィアを励ましていた。
その日までにソフィアは、動き回る人形に何度か、攻撃を的中させることができていた。
試験1日目は筆記と実技、2日目が実地試験だ。
ソフィアは筆記試験の最後の追い込みをしている。
するとその時、誰かが研究室の扉をたたいた。
来客に身に覚えのないウィルは、少しぎょっとして扉に目を向ける。
「え、誰だ……?まさか兄貴じゃねえだろうな……」
ブツブツ呟いて扉を開けると、しかし、そこにいたのはなんとユリアンだった。
もちろんその後ろに、笑顔のミーシャも控えている。
「ユ、ユリアン!どうしてここに……?」
アルクも驚いて、椅子から腰を浮かせる。
ユリアンはアルクの顔を見て、にっこりと微笑んだ。
「お久しぶりです、アルク様。しょこら様、そしてウィル。あら、あなたは……」
ユリアンはソフィアに目を向ける。
しかしソフィアは怖がって、さっとアルクの後ろに身を隠した。
「あなたはソフィアですね。ご無沙汰しております。お元気ですか?」
しかしソフィアは答えない。
するとミーシャも後ろから口を開いた。
「お久しぶりです、皆さま。今日はユリアン様が女王になられて初めて、ヘイデン領を訪問しまして。視察がてら、魔術学校に寄ったのですよ。というのはもちろん建前で、アルク様に会いにきただけですが」
「ちょ、ちょっとミーシャ、あなたまた余計なことを……!!」
「あら、事実ではありませんか。しかし残念ですね、今はソフィア嬢と仲良しのようですよ」
「そ、それは……私はそのようなことは気にして……」
二人は相変わらず元気そうだ。
ソフィアは何となく警戒して、アルクの服の裾をつかんでいる。
「ああ、で、お二人さん、用事はそれだけか……?」
ウィルが呆れたように問いかける。
「悪いがここは狭くてだな、人間三人と猫のしょこらで一杯だ。用がないならこれで……」
「あら、ウィルギリウス様。もちろん用はありますよ。ユリアン様はアルク様とお出かけになりたいのです。少しお貸しいただけますか」
「ええっ、でも僕は今、ソフィアの勉強を……」
アルクが拒否の姿勢を見せると、ミーシャがアルクにニコッと笑いかける。
「あら、筆記試験の勉強ならアルク様なしでも問題ないでしょう。もしくは全員で出かけませんか。ユリアン様はお忙しくて、今日しか時間がありません。試験前日に詰め込みすぎるよりは息抜きした方が、本番で力を発揮できますよ」
「いや、そんなわけ……」
しかし突然、ソフィアがガタっと立ち上がる。
そして小さな声で、はっきりと言った。
「わ、わたしも、いきます……」
「え………」
アルクが呆気に取られていると、ソフィアはそのまま、扉へと向かって歩いて行った。
「あら、嬉しいわ、ソフィア。こうして一緒に出掛けるのは初めてじゃないかしら」
ユリアンは歓迎してにっこり微笑むが、その笑顔がどこか恐ろしかった。
二人が部屋を出て行くと、ウィルは小さく口笛を吹く。
「おい、ユリアンといい、アルクお前、意外と人気なんだな……」
「ああ。こいつはたまに男女問わず、人をたぶらかすぞ」
俺が応じると、ウィルはぎょっとして、腕で自分の体をガバっと抱きしめた。
「ええっ、お前、まさか俺のことも狙ってるんじゃ……」
「な、なんでそうなるんだよ!!」
アルクは思わず叫び返した。
そして結局、アルクは猫の姿の俺を抱え上げ、ユリアンとソフィアの後を追ったのだった。
ヘイデン領で一番大きな町は、例によってヘイデン町と呼ばれている。
大公爵領だけあって、非常に大きくて活気のある町だ。
結局ウィルもついて来て、俺達は五人と一匹で、ぞろぞろ町を歩いていた。
「しょこら様は、人間の姿にならないのですか?そのままだと私とお話ができませんが……」
ユリアンが俺をじっと見つめる。
俺は面倒なので、とりあえずプイッと顔を背けておいた。
するとなぜかソフィアも、俺のことをじっと見つめている。
しかしさすがに、話しかけてはこなかった。
「で、あの、ユリアン、一体どこへ……」
ユリアンは今や、アルクの腕をつかみ、皆の前をずんずん歩いていた。
ソフィアへの対抗心からか、一切遠慮がなくなっている。
「あら、アルク様は町を見物するのが初めてでしょう。私がご案内して差し上げます」
数歩遅れて付いて行く俺達に、ミーシャが飄々と話しかける。
「すみませんね。ユリアン様は相変わらず頭の足りない方でして。それに恋する少女というものは得てして、自分の想い人が同じように自分を想っていると妄信するものです。婚姻はせずとも、アルク様の心は自分に向いていると信じ込んでいます。まあいずれハッキリ断られるまでは、見守ってやってください」
「ちょっとミーシャ!あなたまた何か余計なこと言ってない!?」
何かを察したユリアンが、離れたところから叫んだ。
そんなユリアンの姿を、ソフィアはじっと見つめ返していた。




