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3.突然の発表

生誕祭当日、俺達は、王宮の門前に立っていた。



アルクがそこに立ちつくして、既に30分が経過していた。

他に門を通過していく招待客や門衛から、不審な目を向けられている。



「おい、付いてってやるから、しっかりしろよ」


俺は猫の姿のまま地面に立ち、アルクの足をちょんと触る。

アルクはそれでも前を見つめ続け、緊張で僅かに震えていた。



今回フレデール家で招待を受けたのは、アルクだけだ。

小さな伯爵家だからか、一家に一人しか招待されなかったのだ。


そこで心配したアリゼーが、王室へ参加の意を伝える際、従魔である俺の入場許可を取ってくれたのだ。

さすが似た者母子だけあって、息子の望みがよく分かっている。



アルクはしばしの後、意を決したように足を踏み出した。

いつもの汚れた服にキングスパイダーのマントではなく、きちん正装している。白いシャツに黒い上衣、黒いズボンだ。上衣は長く、太ももあたりまで伸びている。


アリゼーが事前に、アルクが滞在予定の宿に正装一式を送っておいたのだ。



心ここにあらずという感じで歩き出したアルクだが、その足取りは重い。



「しょこらが一緒に来られて、良かった……」


俺と話す時は猫語なので、アルクは周囲に聞こえないよう、小声でつぶやく。


「でも、ごめんね、巻き込んじゃって……」



いつもならそんな事気にしないはずが、今日は珍しく謝罪する。

普段のアルクなら俺を抱きかかえて離さないところだが、今日は抱えようともしなかった。


どこかよそよそしい感じから、おそらくまだあの会話を根に持っていることが分かる。




「アルク様!お久しぶりです!!」


「は、はい!?」


突然声をかけられ、アルクはビクっと飛び上がる。

そこに立っていたのは、スラシア公爵家の娘、以前アルクと見合いをした、アリシアだった。



「再びお目にかかれて光栄です。いかがです、その後、意中の方との進展はございましたか?もし芳しくないようでしたら、再度私との婚姻についても……」



以前と変わらずぐいぐい来るアリシアに、アルクは出鼻をくじかれた感じだ。

ちらりと顔を見上げると、今にも泡を吹いて倒れるんじゃないかと言う程蒼白だった。



『しょこら……もう、帰って良いかな……』


アルクは念話で、弱々しく呟いた。




俺達が宮殿に足を踏み入れるのは、これが初めてだ。

四百年前はこの庭を右側へと回り込み、ハジメと一緒に王宮図書館へと行ったのだ。


今回俺達は門から庭を真っ直ぐに横切り、宮殿の入り口へと向かったので、図書館を目にすることはできなかった。



茶色いレンガ造りの円錐形の図書館とは打って変わって、王宮の建物全体は真っ白な石で出来ていて、丸い形の屋根まで真っ白だ。

近くで見ても汚れ一つなく、毎日浄化魔法を施しているのかと思われた。


図書館の建物と比べると、何となく時代錯誤の感がある。




アルクは恐々と建物を見上げ、やがてまた重い足を踏み出す。



俺達が一歩足を踏み入れると、突然世界が明るくなった。



照明が明々と灯り、その巨大な玄関ホールを隅々まで照らし出している。

壁も床も階段も全てが白く、完璧に磨き上げられていて、実際にキラキラした光の粒が目に見えそうな程だった。


玄関ホールを真っ直ぐ抜けると、客人たちが招かれる巨大な会場がある。



アルクはまた呪いのように小声でブツブツ呟いていた。


「帰りたい……帰りたい……」





会場の中は既に人でいっぱいだった。

招待客たちは皆それぞれ挨拶し、社交辞令を交わしている。


アルクは誰にも話しかけず、入り口すぐ横の壁際にひっそりと立った。



『おい、誰かに挨拶しなくていいのか』

『いいんだよ、僕誰の顔も知らないし……。どうせ僕は将来領地を継がないんだ、僕が人脈を築く必要はない……』


アルクはそう言って、頑なに壁から動かない。



しかししばらくすると、周囲の人間がちらちらと、アルクに視線を向けていることに気付く。


勇者として有名になったからなのか、もしくは王女との噂のせいか、そこは分からない。

しかしアルクは全く落ち着かない様子だ。


『な、なんで皆、こっち見るんだよ……。もう嫌だ、帰りたい……』


アルクは今日百回目の「帰りたい」を繰り返した。



しばらくすると、使用人と思われる者が飲み物を乗せた盆を持ってアルクに近づいて来た。

アルクは差し出されるがまま、盆の上にあるグラスを一つ取り上げる。


『おい、それ酒じゃないだろうな』


俺が尋ねると、アルクは匂いを嗅いで、少しだけその液体を口に含む。


『ううん、ただのジュースだよ……』




ざわついた会場が、やがてしんと静まり返る。

会場の奥から、国王その人が姿を現したからだ。



国王は会場入り口の正面から見て2階にある扉から姿を現し、そこから螺旋階段で1階へと降りてくる。

いつか異世界で見た国王と似たり寄ったりだ。王というのはどうやらどの世界でも、キラキラとした豪華なローブに重いマントを羽織っているらしい。




ちなみに、俺達のいる大陸はアゼリア大陸と呼ばれており、国名もそのままアゼリア国だ。

現在の国王、アゼリア国王の名を冠しているのだ。



「皆、此度は我が第一王女の生誕祝いに、よくぞ足を運んでくれた。王女が正式に15の歳を迎え、成人となる節目の日に、皆を迎えれられることを心より嬉しく思う。……」



王が挨拶を始めたのを、アルクはボーっと聞いていた。


まったく、本当に早く帰ることしか考えていないのだ。

入り口横の壁から一切動かず、すぐにでもその入り口から逃げ出せる姿勢だ。



アルクは国王が、突然自分の名前を出した時も、すぐ気づかなかったほどだ。



「……そこで我々は、数か月前にこの世界の魔王を見事討伐した勇者アルク・フレデールを、正式に第一王女ユリアンの婚約相手として選任したことをここに発表する」



国王の言葉に、周囲がざわめく。

やはりそうだったか、と囁く声が、会場全体を満たした。



アルクは未だにボーっとしており、事態に気付いていない。

やがて、国王の言葉が遅れてその頭にしみ込んだかのように、みるみる顔から血の気が引いた。



「え………?」



全員の注目を集めながら、アルクは壁際に突っ立ったまま、茫然としていた。



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