28.内気な少女
「ソフィア……」
アルクはその名を繰り返す。
ソフィアという女の子は、まだビクビクしながらアルクを見つめ返している。
「えっと、ソフィアも、皆と一緒に、実技をしよう?」
アルクも恐る恐る尋ねる。
しかしソフィアは、首を縦に振ろうとしない。
アルクは少し迷う。
そして、無理に参加させるのは、やめておこうと考える。
前世で友達がいなかったアルクにとって、体育や校外実習の時間は苦痛だった。
通常の授業のようにただ椅子に座って、気配を消している訳にはいかないからだ。
アルクはそんな事をぼんやり思い出しながら、ソフィアを見つめた。
「あの、無理にとは言わないよ。何か、理由が……?」
するとソフィアは、恐る恐る口を開いた。
「わたし、……魔力が弱いから。ばかにされるから……」
「そっか……」
こういう事に慣れないアルクは途方に暮れる。
それでも無理に皆のところへ引っ張っていこうとはしなかった。
アルクは遠目に、俺がまだ子供達の相手をしている姿を眺める。
騒がしいながらも何とか実技は進んでいるようなので、アルクは意を決してソフィアに向き直った。
「分かった。じゃあ、ここで少し練習しよう」
アルクがそう言うと、ソフィアは伏せていた目を少し上げる。
「えっと……。ソフィアは何の属性が使えるの?」
「み、水……」
「なら、やってみよう」
アルクは手のひらを上に向け、そこから小さな噴水のように、水を沸き上がらせる。
ソフィアはその様子を、じっと見つめた。
「魔力が弱くても良い。できるだけ、僕に見せてみて」
するとソフィアは、アルクの真似をして右手のひらを上に向けた。
しかし、そこからは何も発動しない。
「…………っ…………」
ソフィアが今にも泣き出しそうになったので、アルクは慌てて言った。
「だ、大丈夫だよ、今すぐできなくても!僕だって小さい頃は、そんなに上手くできなかったから!」
慌てふためくアルクを見て、ソフィアは涙をぐっとこらえた。
「少しづつ練習すれば、大丈夫だよ。えっと……」
それからアルクは、魔力の流し方について説明する。
最も、誰かから教わった訳ではなく、単にアルクがいつも感覚的に行っていることを言葉にしただけだ。
アルクは以前リーンから、説明が下手だと言われている。
その事もあって今回、ウィルからの依頼を引き受けた時から、説明の仕方をずっと頭の中で練り上げていたのだ。
「何と言うか、魔力は体の中心部から流れているから……水が体内を巡る感じを想像してみて、それで……」
アルクのたどたどしい説明に、ソフィアは耳を傾ける。
そしてもう一度、右手を上に向けた。
今度はその手から、小さな水滴がポツポツと現れる。
かなり弱々しいが、発動自体は成功したのだ。
しかしソフィアは、なぜか反射的に身をすくめた。
こんな事しかできないのかと、怒られると思ったのだ。
だがもちろんアルクは怒ったりしない。
逆にパッと笑顔を見せ、嬉しそうにソフィアに言った。
「やった、少しできたよ!すごいね、僕のこんな説明だけで、ちゃんとできるなんて……」
ソフィアは目を丸くして、アルクを見つめた。
そんなアルクとソフィアの姿を、俺は遠目で眺めていた。
今や子供達に尻尾をつかまれ、魔法をせがまれて満身創痍だ。
「チッ、あいつ、一体何してんだ……」
しかし二人の様子を見て、何となく俺は邪魔しない方が良いと感じる。
大方、生徒たちに馴染めず、授業についていけない女の子の相手をしているのだろうと思ったからだ。
果たして俺の推測は正しかったのだ。
実技訓練が終わると、生徒たちは次の授業の教室へと走り去って行った。
まさに嵐が去ったのだ。
ソフィアもちらりとアルクの方を振り返りながら、小走りでその場を去った。
そして俺は地面にバタリと倒れ込む。
「まったく、ガキの相手は苦手だ。くそ、あいつら、思い切り尻尾を掴みやがって……」
俺は苛立ち、無意識に尻尾でパーーーンと地面を叩く。
「お疲れ様。ごめんね、しょこら、途中からあまり参加できなくて……」
そこへウィルが現れた。中等部の実技も終わったようだ。
「よっ、お疲れ!授業はどうだったよ……ってしょこらお前、大丈夫か……」
「ああ。悪いが少し休ませてくれ」
「もちろんだ。初等部の実技の後は、大抵皆そうなるんだよ。すまねえな……」
ウィルはポンと俺の肩を叩いた。
初日の実技は、それで終わりだった。
夕方になると、俺とアルクは夕飯を取るためウィルと三人で食堂に向かった。
俺達は寮に滞在することにしたのだ。
ウィルもここ最近は忙しく、ずっと寮生活を送っているらしい。
といっても、ほとんど毎日研究室の椅子で寝ているようだ。
俺達が食堂に着くと、まだ早い時間だったので、生徒の姿はまばらだった。
料理を持って腰かけると、ウィルが改まって尋ねる。
「で、授業はうまくいったか?」
「分からん。しかし見本は見せたし、全員実技はやらせたぞ」
「それで充分だ。ほんと助かるぜ……」
アルクはそこでふと、ソフィアについてウィルに尋ねた。
するとウィルは少し目を丸くする。
「お前、それ、バルバトス家の長女だぜ。つまり俺の従妹だ」
「えっ、そ、そうなの!?」
バルバトス大公爵は、前国王の兄だ。
そしてその兄には18歳になる長男と8歳の長女、つまりソフィアがいるらしい。
ウィルの父であるヘイデン大公爵は、前国王の弟だ。
つまりウィルとソフィアは従兄妹同士だということになる。
「ソフィアの奴、すげー引っ込み思案だろ。俺も気になってたんだが、なかなか相手してやれなくて……」
ウィルはため息をつきながら説明する。
「あいつ、生まれつき魔力がすげー弱いんだ。王族なのに魔力は弱いし、かといって武術もできない、成績もそこまで良くない。特に秀でたものがなくて、全く王族らしくない、ってよく批判されるんだ。おじさん、つまりバルバトス大公爵も娘に厳しいらしくてさ……。
魔術学校に入学させたものの、全然上達しないっておじさんはいつもご立腹だよ。生徒たちからも馬鹿にされてるみたいでさ、友達もおそらくいない。……しかも俺のこと怖がってるみたいで、いつも逃げられちまうんだよな」
「え、怖いって……どうして?」
「王族は厳しい奴が多いからな。俺の兄もそうだしさ……。それに俺のこと優秀だと思い込んで畏縮して、全然近寄ろうとしねーんだ。とんだ勘違いだよ」
ウィルは頭をぼりぼりと掻く。
「いや、ウィルが優秀っていうのは、勘違いではないと思うけど……」
アルクがそう言うと、ウィルはなぜか苦笑した。
「とにかくそんな感じだ。お前がソフィアのこと気にかけてくれて、正直すげー助かるよ」
アルクはソフィアの境遇について、改めて考える。
全く同じという訳ではないが、やはりどこか自分の前世と重ねてしまうのだ。
「全く男の子らしくない」
アルクは久しぶりに、前世で散々言われた言葉を思い出していた。




