25.魔術学校
王宮での騒ぎが収束したので、俺とアルクは旅の再開について話し合っていた。
「まさか、生誕祭に参加して、あんな騒動に巻き込まれるなんて思わなかったよ……」
アルクは小さくため息をつく。
ユリアン女王の戴冠式を終えた翌日、俺達は王宮を出て宿屋へと戻り、ほっと一息ついていた。
俺自身、王宮のような堅苦しい場所は苦手だ。できれば二度と近づきたくはない。
俺達は生誕祭に参加する前、ベラルディの町に行く計画を立てていた。
改めてベラルディに行こうかどうかと話していると、宿屋の部屋を誰かがノックする。
「……はい?」
アルクは誰が来たかを予想し、返事をする。俺達を訪ねてくる人物など、一人しかいない。
扉を開けたその人物は、やはりウィルだった。
「よっ!一晩振りだな!」
そう言ってウィルは、猫の姿になっていた俺を抱え上げる。
アルクが抗議しようと口を開くが、その前にウィルが俺達に問いかけた。
「なあお前ら、これからどこに行くんだ?」
「えっと、ベラルディに行こうって話してたところで……」
アルクはウィルが俺を抱える姿に、ジトッとした視線を向ける。
「それって、特別な用がある訳じゃないだろ?」
「うん、まあそうだけど……」
「ならさ、ちょっと俺と一緒に来いよ!明日からまた魔術学校なんだ。覗いていったらどうだ?」
ウィルの提案に、アルクは少し不安げな顔をする。
「学校……。僕、学校はちょっと苦手で……」
「おい、俺達を学校に呼んでどうするんだよ」
俺がウィルに尋ねると、ウィルは俺を見下ろす。
「え、いや………何と言うか、これでしばらくお別れってのも名残惜しいしさ……」
そう言ってウィルは俺の体をスンスンと嗅ぎ出す。
アルクが抗議するような声を発するが、ウィルはお構いなしだ。
「あとはちょっとだけ、頼みたいこともあるんだ」
やはり何か頼まれるのか。
俺はやれやれと小さくため息をつく。
俺達は翌日、結局魔術学校の門前に立っていた。
それはこの国に唯一存在する魔術学校とのことだ。
しかしそれは王都ではなく、ウィルの故郷であるヘイデン大公爵領に位置している。
数百年前、過去の領主が国と費用を折半し、その地に魔術学校を設立したということだ。
授業料は高額なので、生徒数はそこまで多くない。
そして思った通り、そのほとんどが上位貴族や王族の子供達だった。
俺達は門の前に立ち、その建物を見上げる。
門の中には芝生が生い茂った庭があり、そこを進むと赤レンガ造りの校舎がある。
生徒数が多くないのでそこまで巨大ではないが、それでも三階建てで、横長の校舎だ。王室図書館にどこか似た雰囲気があり、レンガの壁には植物の蔦が所々に絡まっている。
アルクはそんな建物を、緊張した面持ちで見上げる。
前世で学校に良い思い出がないので、どこか身構えているのだ。
すると、俺達より先に学校に来ていたウィルが、門の外へと現れた。
「よっ、来たか!まあ入れよ!」
まるで自分の家のような振舞いだ。
ウィルは最初に出会った時から、黒いローブを身に纏っていた。ここへ来て分かったが、それはどうやら学校の制服らしい。
「すごい……。魔法学校って感じだ……」
ローブを纏った生徒を数人見かけて、アルクが呟いた。
魔術学校は初等部・中等部・高等部に分かれているらしい。
ウィルは俺達を、自らの研究室と思われる一室へと案内した。
かなり小ぢんまりとした小部屋に、大量の本や書類が積み上げられており、様々な魔法陣が描かれた紙が床にまで散らばっている。
「散らかってて悪いな。適当に座ってくれよ!」
ウィルは俺達を部屋に招き入れながら言う。
アルクは部屋の中を、感心した様子で見まわしていた。
「ねえ、専用の研究室まであるって、ウィルって見かけによらずすごい人なの……?」
「ただの変態って訳じゃなかったんだな」
「おいお前ら、俺に対する態度ひどくないか……?」
俺達が素直な感想を漏らすと、ウィルが力なく言った。
その研究室で、俺達はウィルの頼みとやらの内容を聞く事となる。
「この学校は今、教師不足でさ。だから高等部の生徒が、初等部や中等部の連中の指導をしなきゃならねえんだ。俺も最近はほぼ毎日、授業やら実技訓練やらに参加させられてる。でさ、お前らにも、少しの間それを手伝ってほしくて……。ちなみに悪いが、全くの無償だ」
こいつ、ちょっとだけとか言っておいて、ずいぶん思い切った頼みだな。
「でもその代わりと言っちゃなんだが、初等部の指導にあたる期間中は、高等部の授業をただで受けられるぜ!……って、まあ興味はないわな……」
俺がジトっとウィルを見返しているので、ウィルも諦めたように言った。
「お前らは授業なんか受けなくても、十分実力があるもんな。……それは分かってんだけどさ、お願いだよ~~!今は俺以外に教師役できる奴がいなくてさ……ほら、それに宿代も飯代も不要だぜ!俺ん家か、学校の寮か、好きな方に滞在して良いからよ!!」
アルクは俺をちらりと見る。
そもそも自分に教師役など、とてもできないと思っているのだ。
「なあ、頼むよ、それに俺、まだしょこらと話し足りない………って、いや、もちろんお前もな!」
アルクが急に鋭い視線を向けたので、ウィルは慌てて取り繕った。
ウィルは両手をこすり合わせて懇願する。
結局俺達は、ウィルの頼みを断ることができなかった。




