2.再び王都へ
「第一王女って、どこからそんな噂が立ったんだろう……」
宿屋へと歩きながら、アルクがまたため息をつく。
昼に隊員達から妙な噂について聞かされて以来、どこか気が気ではない様子だ。
「僕、これ以上何かに巻き込まれるのはごめんだ……これからはずっと平和に暮らしたい……」
「気にするな。誰かが面白半分にでっち上げた噂かもしれないだろ」
「そうだけど……」
「まあしかし実際に王室がそれを狙ってることもあり得るな」
「ちょ、ちょっと、どっちなんだよ!」
アルクは落ち着かないようだが、実際気にしても仕方ない。
俺達は宿屋に戻り、次はどこの町へ行くかについて話し合った。
数日後、俺達はエド町を再び発つことになる。
次は四百年前にハジメと三人で訪れた町、ベラルディに行くつもりだった。
もう闘技大会に出るつもりはないが、現在の町の様子を見に行くことにしたのだ。
しかしその朝、アルクの母アリゼーから念話が飛んでくる。
俺達が四百年前の時代から戻り、俺が初めて猫耳忍者の姿をアルクの家族に見せた後、アリゼーが俺達に尋ねたのだ。今後旅に出ていても、常に連絡を取れる手段はないかと。
そこで俺は、アリゼーをテイムすることにしたのだ。
勇者の従魔としてレベルが上がり、テイムスキルを得たとか何とか説明すると、アリゼーはそれをあっさり信じた。
「そんなこともできるなんて……。さすがしょこら、ますますアルのお嫁さんにしたいわ……」
「それは断る」
アリゼーの頭のおかしい願望は置いておき、とにかく俺はアリゼーをテイムしたので、俺達は念話ができるようになった。
念話は一対一で会話もできるし、従魔であるアルクや他にテイムされた者達との、複数人での会話も可能だ。
その日アリゼーは、俺とアルクに対して話しかけてきた。
「アル、しょこら。聞こえるかしら?」
アリゼーからの念話はそれが初めてだったので、アルクは少し驚く。
「聞こえるよ。何かあったの?」
アルクが心配そうに尋ねると、アリゼーが答える。
「いいえ、大したことでは……。ただ、3日後に王室で、第一王女様の生誕祭が開催されるようで、あなたに招待状が来ているわ」
アルクはしばし無言になる。
噂のことを聞いたばかりなので、何としても行きたくないのだ。そんなアルクの考えがひしひしと伝わってくる。
「えっと、母さん……それ、断っても……?」
「そうね……だけど貴族は皆招待を受けているし、うちだけ断るという訳にも……」
アルクは大きなため息をついた。最初から断れないことは分かっていたのだ。
結局俺達はベラルディに行くのを延期して、その日もエド町に滞在する。
アルクはベッドにうつ伏せに倒れ込み、完全に生気を失っていた。
「いやだ……行きたくない……僕もう一生引きこもりたい……」
まるで呪いのように、アルクはブツブツと小声で呟き続ける。
「仕方ない。少し顔だけ出して帰れば良いだろ」
「そんな簡単に行くかなあ……。それに僕、今までは勇者としての訓練に忙しいからって、そういう誘いは全部断っても許されてたんだ。社交場になんて行きたくないよ……怖いよ……」
「大変だな。まあ頑張ってこい」
「ええっ、もちろんしょこらも一緒に行くよね!!?」
アルクはガバっと体を起こし、俺に縋るような目を向ける。
「社交場に猫なんか入れないだろ。それに俺だってそんな場所は御免だ」
「でも、しょこらがいないと僕だって、絶対行きたくないよ!!ね、猫の姿が無理なら、人間の姿で……」
「断固拒否する」
アルクはぐっと詰まる。
何としても俺について来てほしくて、あれこれ言い訳を考えているのだ。
「しょ、しょこらはもし僕が、本当に王女様と結婚させられても、いいの……?」
アルクは懇願するようにじっと俺を見つめる。
「別に構わないぞ」
「ええっ!!?」
余程ショックだったのか、アルクはまたドサリとうつ伏せに倒れ込んだ。
「しょこらは僕のことが好きじゃないんだ……僕が誰かと結婚しても、寂しくないんだ……」
アルクが再び呪いの言葉を吐き始めたので、俺はやれやれとため息をついた。
翌日俺達はコクヨウに乗って、南に向けて出発する。
エド町からアルクの故郷、フレデール領まではほぼ丸一日かかる。
王都はフレデール領のすぐ西側にあるので、所要時間はそこまで変わらない。
俺達は生誕祭の2日前には王都へ到着し、そこで宿を取ることにした。
王都に着いたのは夜だった。
俺達がきちんと王都を訪れたのは、四百年前の時代でだけだ。
この時代ではアルクが一歳の頃、鑑定の儀式で訪れて以来、王都には来ていない。
夜の街並みは、四百年前とそう変わらないように見えた。
「なんか不思議だね。つい数か月前に、ここでハジメさんと一緒に、歩いていたのに……」
アルクはぼんやりと町の灯りを眺め、悲しそうな表情を見せる。
おそらくこれからも、ハジメと訪れた場所に行くたび、アルクはこんな顔をするだろう。
しばらくハジメのことに思いを馳せた後、俺達は宿屋へと向かう。
王宮の程近くにある、ハジメと一緒に滞在した宿屋だ。
「今日は遅いから、飯は宿屋の中で済ませるか」
「そうだね……」
アルクは昨日の俺との会話以降、あまり話さなくなっていた。
すねているのか、落ち込んでいるのか、ずっと無表情に沈んだ様子で俺に接している。
その日もベッドに潜るまで、ずっと口数が少なかった。
「おやすみ……」
アルクはその日、俺のことを抱き枕にはしなかった。