19.ミーシャとの出会い
アルクが差し出した手を、ユリアンはじっと見つめた。
顔を上げて、アルクの顔をじっと見る。
そしてその目から、ポロポロと涙を零し出した。
ユリアンはアルクの手を握る代わりに、がばっとアルクに抱き着いた。
首元に顔を埋めながら、途切れ途切れに言葉を発する。
「アルク様、本当に、本当に、ありがとうございます。私のような者に、慈悲を施していただいて……」
「えっと……」
アルクはユリアンを抱きしめ返せず、手のやりどころに困っておろおろする。
「イデッッッ!!!」
俺の後ろで、ウィルが大きな声を上げた。
俺が無意識にブンと振った尻尾が、またウィルの顔面をシバいていたのだ。
「おい、しょこら、お前、尻尾に気を付けろよ。……まあでも、俺は嫌いじゃないが……」
ウィルが頬を押さえながら、嬉しそうにニタリと微笑む。
「なんならもう一発かましてくれても……」
「お前……それ以上喋ると本気で殴るぞ」
俺が冷ややかな目を向けると、ウィルは大人しくなった。
「だけど、どうやってミーシャを助けよう……。というか、ミーシャを地下に閉じ込めたのは、国王様じゃないの?それなら、ユリアンから国王様に頼めば済むことなんじゃ……」
アルクが問いかけると、ユリアンはアルクから離れ、正面に向き直る。
「お父様には、選択の余地がなかったのです……。ヘイデン家とバルバトス家、双方に近しい貴族の領主たちは、生誕祭でのお父様の発表に憤慨しました。
そして、アルク様が逃げ出したと聞きつけるや否や、それを幸いとばかりに王室の批判を始めたのです。……それこそ、お父様を国王の座から引きずり下ろさんばかりの勢いでした。
そこで、ミーシャが自ら首謀者として名乗り出たのです。全ては自分が企てた陰謀だから、お父様や私は関係ないと……。」
ユリアンは話しながら、また涙を流し始めた。
「ミーシャは、ミーシャは……私が10歳の頃に出会った執事でした……」
そしてユリアンは、ミーシャとの出会いについて語り始める。
ユリアンがミーシャと出会ったのは、王都の北部まで広がっている惑わずの森の中だった。
王都の北側の道は、惑わずの森を切り開いて整備されている。
俺とアルクも四百年前、ハジメと共に商人(闇商人だったが)の馬車に乗り、王都から北へと向かった。
ユリアンと2歳年下の妹、そして母親の3人は逆に、北方の地を訪れた後、馬車で王都へと戻るところだったという。
もちろん護衛付きだったが、不運なことにその馬車は途中、森の魔物に襲われる。
道を守る結界の一部が破損していたのだ。
護衛隊が魔物を退治するまで、ユリアン達は馬車の中で待機していた。
ユリアンは魔物の姿を恐れ耳を塞ぎ、目を閉じていた。
しかしふと森のほうに目を向けた際、そこにあるはずのない人影を認める。
母親は妹を抱きしめて、同じく目を閉じている。
ユリアンは気づかれないようにそっと馬車の扉を開き、思わず森へと駆け出した。
結界の切れ目をくぐり抜け、ユリアンは人影がいた方へと向かう。
「どうしてそんなことをしたのか、自分でも分かりません。誰かがいるなら助けなければと思いましたし、あるいは単なる好奇心もあったのだと思います。」
ユリアンはその時のことを思い出して言った。
そこでユリアンが見つけたのが、ミーシャだった。
たった一人で森の中にいるなど、普通なら怪しい人物だ。
「あなた、ここで、何しているの……?」
ユリアンが尋ねる。
ミーシャはぼろ切れのような布を体に纏っている。もしかしたら浮浪者だろうかとユリアンは思う。
しかしミーシャはすぐには答えなかった。
しばらくユリアンを見つめた後、口を開いた。
「私に近づかない方がいい。戻るんだ」
「でも……」
ユリアンはなぜか、ミーシャのことが気になった。
その目がどこか、悲しそうな色を帯びていたからだ。
「あなたの家は、どこなのですか?」
「家はない。私は同胞から追い出されて、一人で彷徨っていただけだ」
ミーシャが無表情に答える。
「追い出されたって、どうして……」
「私が無能だからさ」
ミーシャはそれ以上を語ろうとしなかったが、ユリアンはその姿を見つめ続ける。
無能とはどういうことなのか、もちろん分からない。
しかしユリアンにとってそれは、王子ではないことで周囲から無価値だと判断された自分の境遇とどこか重なった。
ユリアンが質問を続けると、ミーシャはやっと語り出したという。
結論から言うと、ミーシャは噂通り、本当に魔族だった。
しかし人型の魔族であれば本来使えるはずの闇魔法が、ミーシャは使えない。
厳密に言うと、使えるのだが、その魔力は非常に弱かった。
人型の魔族は通常、魔王の側近として生を受ける。しかしミーシャはまともに魔法を使えないことで、他の魔族から無能者扱いされた。
しかもミーシャ自身、他の者達と違って、生まれつき魔王を崇拝してはいなかった。
通常、魔族であれば無条件に魔王を崇める。
そして魔王の魂の復活が近づくにつれ、魔族達の魔力も増してゆく。
ミーシャは魔力が元々弱いからか、魔王の魂による影響を受けないようだ。
人間を無差別に殺めたいなどという欲望はないし、むしろ魔王のために戦う必要性すら理解できなかった。
魔力が弱いのみならず、その思想も魔族にあるまじきものとして、魔族達は魔王領からミーシャを追放する。
同じ魔族同士、殺さなかったことだけが唯一の情けだったかもしれない。
それからミーシャはあてもなく彷徨い続ける。
人間の世界で頼れる者などいるはずがない。
それでもミーシャは一人で大陸を南下し続けた。
魔力はなくともある程度武術はできたし、そもそも魔物達は本能的に人間を攻撃するものの、魔族であるミーシャのことは滅多に攻撃してこなかった。
「ミーシャは確かに闇魔法を使えます。ですが非常に微力で、人一人の精神を操るのが精いっぱいです。それも完全なものではありません」
ユリアンはアルクを見つめる。
「完全に精神支配するには、少しづつ凝縮した魔力を体内に摂取させる必要があります。……まさか、私の願いを叶えるため、その力を利用するとは思いませんでしたが……」
やはり生誕祭でアルクが口にした飲み物には、細工されていたということだ。
そこでウィルが横から口をはさむ。
「ならさ、アルクの奴がのこのこ城に戻って、しかも婚姻届けに署名しようとしたのは、全部ミーシャに操られてたってことか?」
ユリアンは申し訳なさそうにウィルに目を向けた。
「分かりませんが、おそらくそうでしょう。ミーシャが触れると、完全にではなくとも、その人の意思を思うように動かすことができるようです」
ミーシャの存在は実際、王族にとっては厄介だ。
例え僅かでも人を操れるというのは大きな脅威になりうる。
「あの日私は、お母様に頼み込んで、ミーシャを連れ帰りました。もちろんミーシャが魔族であることは、誰にも言いませんでしたが。それ以来、ミーシャは私が心を開けられた唯一の友人です。」
ユリアンは再び涙を流す。
「今や町中の人が、ミーシャは魔族だと噂しています。このままでは近いうちに、ミーシャは処刑されてしまいます」




