18.王女の願い
シドから話を聞いてから、アルクはずっと考え込んでいた。
朝食後、町を案内すると言うウィルに対して、アルクは言った。
「ごめん、僕、やっぱり王都に戻らないと……」
「あの執事のことが気になるのか」
俺が尋ねると、アルクはこくりと頷く。
「うん、というより、何となく王女様のことが気になって。あのミーシャって人、変な人だけど、王女様にとっては大切な人らしいんだ……」
俺はため息をついた。
まあしかし、どのみち王都に戻ろうと思っていたのだ。
俺達はコクヨウを呼び、すぐに戻ることにした。
しかし俺達がコクヨウに跨ると、ウィルも同じくぴょんと飛び乗った。
「お前、前から聞こうと思ってたんだが、暇なのか?」
俺が尋ねると、ウィルはぎょっとする。
「ひでえな、おい!俺は普段魔術学校に通ってんだよ、今はたまたま休暇中なんだ!」
この世界にも学校なんてあるのか。
おそらく王族や上位貴族の限られた子供しか通えないのだろう。アルクの家は家庭教師を雇っていて、学校には通っていなかった。
『僕、学校に行かされなくて、本当に良かったよ。だって前世で良い思い出ないし……』
アルクが念話でつぶやいた。
するとたまたまウィルの念話も繋がっていたようで、興味深げに聞いて来る。
「えっ、前世って何!?何の話だ!?」
「いや、大した話では……」
アルクはもごもごと口ごもる。
話しているうちに、俺達は王都へと戻った。
町中を王宮に向かって歩いていると、何人もの町人がアルクを指差してヒソヒソ話をした。
「あれ、例の勇者じゃない?王宮から脱出したっていう……」
「一緒にいるのはヘイデン家の息子じゃないの?どういうこと?」
「今度はヘイデン家が勇者を取り込もうとしてるのか?」
「気にすんな、勝手に言わせとけよ」
ウィルはお構いなしだった。
アルクも王女のことを気にして、周囲の視線には特に注意を払っていなかった。
俺達が宮殿に着くと、二人の門衛が俺達を見下ろした。
しかし意外なことに、アルクとウィルの姿を見ると、さっと脇に避けて中へと通した。
ウィルはアルクに向かって尋ねる。
「で、お前、どうする気だよ?王女に会うのか?」
「えっと……。実はあまり何も、考えてなかったんだけど……」
「なんだそりゃ!」
ウィルは少し考えてから言った。
「ミーシャって奴が囚われてるとしたら、前にしょこらが囚われてた部屋にいるんじゃないか?とりあえずそこに行ってみようぜ!」
「えっ、しょこら、やっぱり捕まってたの!?」
「ああ、俺が助けてやったんだぞ!感謝しろよ!」
「おい、それは今はどうでもいい。とにかく行くぞ」
アルクとウィルに先立って、俺はスタスタと別館の地下へと続く扉へと歩き出した。
俺達が王宮の庭を左に回り込み、別館に近づくと、そこにはどうやら先客がいた。
地下へと続く扉の前に兵士が二人立っており、誰かを足止めしている。
よく見るとそれはユリアン王女だった。
「お願いです、ミーシャに会わせてください!」
「駄目です、王女様。ここは誰も通すなと言われておりまして……」
「これは王女としての命令です、どうか……」
俺達が近づくと、足音を聞いたユリアン王女がさっと振り向いた。
そして驚いた顔でこちらに駆け寄って来る。
「アルク様!!」
ユリアン王女は俺達の前で足を止め、アルクの右手をぎゅっと掴む。
「お願いです、ミーシャを助けてください!ミーシャは何もしていません、ただ私のわがままを聞いていただけで……」
「えっと……」
アルクは少し動揺する。
しかし気を取り直して尋ねた。
「ミーシャは、ここに捕らえられているの?」
「ええ。全て私のせいなんです。ミーシャは私のことを思って、これまで協力してくれていただけなんです。アルク様には多大なご迷惑をお掛けしましたが、それもこれも全て、私の一存で……」
アルクは困って俺達を見て、兵士達を見る。
しかし兵士達は厳格に首を振った。
「申し訳ございません。ここは何人も通すなとの、国王様の命令です」
兵士達を気絶させたら強行突破できるが、王宮内で手荒な真似をするとまた面倒だ。
俺達は宮殿へと戻るしかなかった。
ユリアン王女は俺達を部屋に招き入れ、自分は力なくソファに座り込む。
そして下を向き、ぎゅっと両手を握りしめた。
「おい、ちなみに俺を宮殿に入れても問題ないのか?」
俺は猫の姿のままだとユリアンと会話できないので、猫耳忍者に変身して問いかけた。
王女は少し目を丸くしたが、俺の正体は元々知っていたので、特に驚いた様子はない。
また視線を下に戻して、静かに答える。
「ええ。しょこら様にも、本当にご迷惑をお掛けいたしました。心よりお詫び申し上げます。私は……」
ユリアンは、少し言葉を詰まらせる。
「私はどうしても、お父様のお役に立ちたかったのです。お父様は王子に恵まれず、これまで大変な苦労をしてこられました。王位継承権争いが表面化してからは、親族間で争うことに心を痛めておられ……」
ウィルは何となく気まずそうに頭を掻く。
「もちろん、当事者のウィルやシド、そしてバルバトス家のノールに、王の座を狙う意図などないとは知っています。
だけどヘイデン大公爵およびバルバトス大公爵は、それぞれ自身の王子を次期国王にと望んでいますし、各領家に近しい貴族間の派閥争いは凄まじいです。
……魔王という人類共通の敵が倒されると、人類間での争いが勃発するのは世の常です。このままだといずれ戦争になるのではと、お父様は気に病んでおられて……」
「そ、そんな大変な状況だったの?」
これまで政治に関心を払う暇のなかったアルクは、もちろん何も知らない。
俺だって人間の政には一切興味がなかった。
「ったく、いい迷惑だよなあ。俺は王位継承権なんて放棄するって、何度も親父に言ってんだけどな……」
ウィルがまた頭を掻きながら言った。
確かにウィルも権力には無頓着だ。こいつに興味があるのは魔術と猫耳ぐらいだ。
「それでお父様は、魔王を討伐したアルク様であれば、正式な王位継承者として皆が納得するだろうと考えたのです。お父様は、生誕祭で皆の前で公言すれば、アルク様は拒否できないだろうと思ったようですが……」
しかしアルクは思い切り拒絶したのだ。
「私がミーシャに頼んでいたのです。確実にお父様の望み通りに事が運ぶよう、既成事実を作りたいと。もっとも、私にそんな度胸がなかったことは身を持って実感しました。ミーシャは初めから全て見通した上で、私の思う通りにやらせたのです。それで私の気が済むようにと……」
ユリアンがぎゅっと握りしめた両手が、僅かに震え出す。
「だけどそれが失敗してからも、ミーシャは私のために、アルク様を宮殿内に足止めしました。全て私のためだったのです……。
ミーシャは、私の唯一と言って良い程の友人です。お願いです、どうか、ミーシャを救い出す方法を私と一緒に考えていただけませんか。あのようなご無礼を働いた上で、不躾なお願いだとは承知しています……」
ユリアンの願いは切実だ。
するとアルクが、ユリアンに向かって手を差し出して言った。
「分かった。みんなで協力して、ミーシャを助けよう。」




