114.新居
「よかった、まだ森は残ってたね!むしろ前より木が増えてるような………」
ミストラル北部の森に降り立ち、周囲を見回しながらアルクは言った。
森は四百年前と変わらずそこにあった。
確かに以前より木が密集し、森自体が成長したように見える。
森の中をしばらく歩いても魔物と遭遇する気配はなかった。たまに植物系の魔物に足を取られそうになるぐらいだ。
川の流れもそのままで、鮭の姿も相変わらずそこにある。
「どうする、しょこら。ここに決めようか?」
「ああ。魔物も少ないし良いんじゃないか」
「そうだね。それに良い思い出もあるし………」
場所さえきまれば後は早かった。
俺達はミストラルの町役場へと向かい、土地の購入について相談する。
あの森は一応ミストラルの領地内にあるのだ。
そこから土地売買仲介人を紹介してもらい、その日のうちには契約まで完了する。
さらに魔術建築専門の業者へ依頼すると、一週間後には立派な家が完成していた。
思った以上に呆気なく完成した家を見上げて、アルクは目を輝かせる。
「すごい………。魔法だとこんなに早く家を建てられるんだ………」
それは森の中に似つかわしい、丸太を積み重ねてできた家だった。アルクはそれを「ログハウス」と呼んだ。
アルクと俺しかいないので、そこまで大きくはない。
それでも調理場兼食堂と居間と浴室があり、階段で上階に行くと寝室がある。
壁も床も天井も木でできているので、暖かみのある色合いだ。
「すごいねしょこら!キッチンもダイニングもあるし、お風呂だってある!!ああ、僕らだけの家って本当夢みたいだね、しょこら~~~~~」
「おい、頬ずりするな。お前はラファエルか」
「イタタタ、だって嬉しくって………」
俺が前足でアルクの顔をぐぐぐぐと押し返しても、アルクは嬉しそうに笑っている。
「そうだしょこら、ベッドを買わなきゃ!今日ここで寝るのに必要だよ!他にもいろいろ買わなきゃだね、楽しみだなあ………」
やれやれ。
ついこの間まで、他国との戦争や世界の終わりに直面していたのが嘘のように呑気なものだ。
俺達は家の周囲に結界を施し、町へと買い出しに出かける。
その日のうちに大きなベッドや必要な調理器具、日用品を一通り購入した。
「それよりお前、前にも聞いたが料理できるのかよ」
「大丈夫だよ!しょこらも一緒に作ろうよ、教えてあげるから……」
「断る。猫にどうやって料理しろって言うんだ」
「だからさ、人間の姿になって……」
「却下だ」
結局その日はアルクが一人で夕飯を作る事となった。
アルクが料理している間、俺は入り口横の縁側(アルクはウッドデッキと呼んだ)に丸くなり、夕日を浴びながらうたた寝する。
買い出しから戻った後、俺は森を見回り、たまに魔物を見つけては討伐していた。
その甲斐あって今は魔物の陰すら見当たらず、もしいたとしても俺の縄張りには近づいて来ないはずだ。
やがて日が沈むと、周囲は暗闇に包まれる。
静かな暗闇の中、家の灯りだけが森の中でオレンジ色に輝いていた。
「そういえばしょこら、最近は猫の姿のままでも、野菜も食べてるよね。食べても平気なの?」
テーブルに座り夕飯を食べながら、アルクは俺に尋ねる。
アルクが作ったのは肉を香草で焼いたものと、サラダとパンだった。
最も、パンだけはさすがに町で購入したものだ。
「ああ。元々肉食だが、人間の姿で雑食してたんでもう慣れたな。そもそも毒になる野菜があっても状態異常無効化があるから関係ない」
「そうなんだ。じゃあ何でも食べられるね。一応さ、玉ねぎとかは使わないようにしてたんだよ。猫に悪いって聞いたことがあるから」
食事を終えると、アルクは居間のソファに座って俺を抱えながら、ぼーっと宙を見つめて呟く。
「どうしよう、僕すごく幸せだ。こんなに幸せで良いのかな………」
そう言って俺の体に顔を埋め、スンスンと匂いを嗅ぎ出した。
「幸せすぎて、もう家から出たくないよ。このまま一生引きこもっていたい………」
「お前、そんな事言ってると、いずれまた変な事件に巻き込まれるぞ」
「じゃあさ、巻き込まれないようにずっと引きこもる?」
新居の嬉しさからか、アルクはそんな事ばかり言っていた。
まあしかし、最初は俺だって魔王を倒せば隠居生活に戻るはずだったのだ。
しばらくの間引きこもるのも悪くないかもしれない。
「そういえば風呂も木でできてたな。せっかくだから入るか」
俺はそう言って、猫耳忍者に変身する。
人間の姿になれば風呂や温泉は悪くないのだ。
「わあっ、ちょっと!またそんな急に………」
俺を抱えていた腕が振りほどかれ、アルクは不意を突かれた様子だ。
「あ、お風呂入るんだね。いいよしょこら、先に入ってきて」
アルクはなぜか少し赤くなって言う。
「僕は後で入るから………」
水魔法で風呂に一瞬で湯を張り、俺はドボンと中に飛び込んだ。
そして木の匂いのする湯船をスンスンと嗅ぐ。
悪くない匂いだ。
俺の後で風呂に入ったアルクも、木でできた浴室がかなり気に入ったようだった。
風呂を終えるとまた縁側に出て、俺とアルクはそこで涼を取る。
俺は体が火照っている間は猫の姿に戻らない。
肌着姿で座り込む俺に、アルクは思わずまた赤面しながら言った。
「ちょっとしょこら、いくら森の中だからって、外でその恰好は……」
「なんでだよ。どうせ誰も見てないだろ」
「誰もいなくてもさ、僕が見てるじゃないか!」
「それの何が問題なんだよ」
「だからそれは………」
そのうちアルクは抗議を諦め、俺の隣に座り込んで空を見上げた。
真っ暗な森から見上げると、空には幾つもの星が輝いている。
それは四百年前に、ハジメと三人で見上げた星空と全く同じだった。
「周遊編」はここで終わります。ありがとうございました。




