111.一時の別れ
「あれ、もう帰っちゃうのかい?」
ついに俺達が元の世界へと帰る日、ラファエルは意外な顔をした。
「たった二週間の予定だったのかい?全然気が付かなかったよ。つまんないなあ、もっと長くいればいいのにさ」
「仕方ないだろ。皆元の世界での生活があるんだ」
俺達はガエルダの町の、また猫族部隊の営舎の一室に集まっていた。
ウィルは名残惜しそうに、部屋に置かれた長机に突っ伏している。
「ああ、異世界の旅もこれで終わりか……。くそ、絶対早く転移魔法を完成させてやる………」
そう言うウィルの隣で、アルクとエレーナ、ソフィアも寂しげな顔をしていた。
ラファエルはしかし、皆を見回して顎に手を当てる。
そしてふと不敵な笑みを漏らした。
「それにしても君達は、本当にお人好しだよね。覚えているかい?僕はあの時、ベル以外の命なんて正直どうでも良いって言ったんだよ。そんな僕のことをまだ信用しているなんて」
突然の言葉に、アルクはぎょっとして顔を上げる。
「え、ラファエルさん、それはどういう意味………」
ラファエルはアルクを見返して、また薄笑いを浮かべた。
「そのままの意味だよ。君達は、僕がわざわざ君達を元の世界に送り返してあげると、そう信じているのかい?」
「え………」
「まあ厳密に言うと僕がというより、ベルが、だけどね。転移魔法を作れるのはベルだけなんだから。とにかく、僕が君達を帰さないと言えば、君達は永遠に帰れないんだよ」
そう言ってラファエルは、腕に抱えたロベルトに頬ずりする。
「え、そんな………」
「落ち着け。どうせ本気じゃないだろ」
茫然とするアルクに、俺は横から口を出す。
するとラファエルはまた心外だという顔をした。
「やだなあ、僕は本気だよ。君達にはできればずっとここにいてほしいね」
「なんでだよ。俺達の命にすら興味ないんだろ」
俺がジトっと見返すと、ラファエルは面白そうに笑う。
「それはそうだけどさ、でもしょこら君と戦うのは楽しかったよ。ずっとここにいてさ、たまに本気で戦おうよ。君だって本気を出せる相手が欲しいだろう?それに……」
ラファエルはウィルに目を向ける。
「言ったじゃないか、僕は興味が湧いたんだよ。君達をここに引き留めて、彼が自力で転移魔法を作り上げる過程を観察させてもらうのも楽しそうだ」
「うそだろ、そう言われても………」
話を振られると思っていなかったウィルは、思わず頭を掻いた。
「嘘じゃないさ。君、ベルが作った転移魔法陣を何度も観察していたけど、それを人間用に変換するのは一筋縄ではいかないんだろう。大した魔力も持たない者が、それをどう完成させるのか。ぜひ見てみたいね。ねえ君、ここに残れば、もっとすごい魔法をたくさん見せてあげるよ」
「え………」
「おい、いい加減にしないか、ラファエル!」
横から口を挟んだのは、エレーナだった。
思わず誘惑されそうになっていたウィルは、驚いてエレーナを見つめる。
「言っただろう、こいつらには元の世界での生活があるんだ!冗談はそのくらいにして、さっさと送り返してやれ!」
エレーナはまるで、自分の決心が揺らぐのを恐れているかのようだ。
ラファエルは笑い声を上げ、椅子から立ち上がる。
「あはは、そうだね。これ以上長引かせると、君に取っては余計に別れが辛くなるか。さあ、じゃあ皆、外へ出ようか。そこから送り返してあげるよ」
俺達は町を出て、周囲にいた町人に挨拶をする。
そして森の近くまで歩き、そこでロベルトが転移魔法陣を展開した。
魔法陣を見つめてから、ソフィアはアルクの顔を見上げる。
「ねえ、また、ここに来られる?」
ソフィアはアルクをじっと見て言った。
どうやらソフィアにとっても、異世界との別れは寂しいらしい。
アルクはソフィアの頭に手を置いて言った。
「うん。きっと来られるよ。また兎人族の友達に会いに来よう」
ラファエルとロベルトは、俺達を送るため共に魔法陣に足を踏み入れる。
一人残るエレーナは、悲しみを湛えた笑顔で全員を見返した。
「ねえ、もし良かったらエレーナさんも、一緒にこっちの世界に来てみない?」
アルクが尋ねるも、エレーナは小さく首を振る。
「いいや。私はここに残る。冒険者としてこの町の平和を、出来るだけ守りたいんだ」
『それに、これ以上あの人といると、益々別れが怖くなってしまう』
エレーナは心の中で呟いた。
「ならみんな、行くよ。準備はいいかい?」
ラファエルが声をかけると、魔法陣の光が強くなる。
そして全員の体が僅かに宙に浮いた。
「おい、約束、忘れるなよ!」
ウィルが大声でエレーナに向かって言った。
エレーナは微笑んでウィルを見返す。
その目からは一筋の涙がこぼれていた。
「ああ。お前もな」
それを最後に、目の前の光景は薄れていく。
そして俺達はまた、異世界間を移動する時の、ものすごい感覚に包み込まれたのだった。




