110.鮮やかな魂
異世界に留まる予定も、あと一週間となった。
俺達は他の獣人族の町を回り、エレーナと共に人間の町を訪れ、たまにナーゴと面会した。
行く先々で獣人達は、ラファエルとロベルトを見るとさっと脇へ避けて道を開ける。
中には恍惚とした表情で見つめ返す者すらあった。
「おいお前。本当にナーゴが言う通り、お前自身が魔王になったらどうするつもりだ。お前にそのつもりがなくても、周囲がお前を崇拝すればそうなるんだろう」
俺が尋ねると、ラファエルは何食わぬ顔でふっと笑う。
「大丈夫だよ。魔族というのは皆、魂の奥底では魔王を崇拝しているものさ。そう簡単に覆されはしない。それに僕も、新しい世界を作るならともかく、この世界の魔王になるのは御免だからね。万一の時には手を打つさ」
ナーゴとの面会で、俺達はそれについて話をした。
ラファエルの言葉を伝えると、ナーゴはただ無言で視線を落としている。
「……だめだな私は。最初から魔王代理と対話を試みれば良かったのだ。魔王様が人間に対してそうしたように。ただ日に日に力を増してゆく魔王代理の姿を目の当たりにして、完全に気が動転していた」
「間違えたもんは仕方ないだろ。とりあえず反省して、また次の魔王を支えてやれよ」
俺がフンと言うと、ナーゴは小さく笑った。
「……お前達は本当にお人好しなんだな。しかし、お前達のおかげで和平が成立したというのが、よく分かったよ」
元の世界へと戻る二日前、兎人族の町ではある祭りが催されていた。
獣人と人間の交流を目的とした行事で、兎人族以外の獣人に加え、多くの人間も参加する。
人間は皆、好きな獣人の耳や尻尾を飾りとしてくっつけ、獣人に混じって野外で飯を食ったり酒を飲んだりするのだ。
兎人族の町の名はウラードルという。
ウラードルの町の中心部にある広場には、その日のために多くの屋台が並べられ、広場の中心には夜になると巨大な焚火が準備された。
昼間から祭りに顔を出した俺達は、町に着くや否や兎人族達に取り囲まれる。
「勇者様方、ようこそいらっしゃいました!!」
「さあ、どの耳飾りが良いですか!?おすすめはもちろん、兎の耳ですよ!」
「どうぞお食事を召し上がってください、我が町の野菜は特に絶品で……」
兎人族達は口々に話しながら、様々な動物の耳が付いたカチューシャをアルク達に向かって差し出した。
勢いに押されて結局全員、その頭に獣人の耳の飾りを取り付ける事となる。
アルクは狸、ウィルは犬、エレーナは猫、ソフィアは兎の耳を、それぞれ頭にくっつけた。
「あはは、お前、すげー似合ってるぞ!」
「え、そうかな……?でもウィルも、犬の耳がすごくしっくりくるよ」
ウィルとアルクは互いの姿を見て笑い合っている。
エレーナはソフィアを見て思わず感動していた。
「ソフィア、君はうさぎの耳が本当によく似合うな。とても可愛らしいぞ。こんな妹が欲しいぐらいだ……」
まじまじとソフィアを見つめるエレーナに、アルクもウィルも同意する。
「うん、ソフィア、すごく似合ってるよ!」
「ああ。兎の耳にして正解だったな」
ソフィアは顔を赤らめながらも、満足そうに笑った。
そしてアルクに駆け寄り、その手をぎゅっと掴んで問いかける。
「にあってる?」
「うん、すごく似合ってるよ!」
「かわいい?」
「え、うん、すごくかわいいよ」
「もういっかい」
「え……えっと、すごくかわいい………」
やれやれと笑いながら、ウィルはエレーナに向き直る。
「にしてもエレーナはやっぱ、猫耳が一番だな!」
ウィルが二ッと笑って言うと、エレーナは途端に真っ赤に上気した。
よく考えると、ウィルから名前を呼ばれる機会がこれまでなかったのだ。
「そ、そそそうか、それは良かった………」
恥ずかしがるエレーナを見て、ウィルはまたふっと笑う。
「よかったね、皆楽しそうで。人間ってどうしてああも偽物の耳に喜べるんだろうね」
傍で見ていたラファエルは、相変わらずロベルトを抱えながら俺に向かって言う。
俺は猫の姿のままラファエルの横に立っていた。
「さあな。単にコスプレが好きなんだろ」
「コスプレって何だい?」
俺がアルクから聞いたことのある単語を使うと、ラファエルは面白そうに聞き返した。
やがて日が落ちると、広場の真ん中で巨大な焚火が燃え上がる。
獣人と人間は混ざり合い、手を取り合って見つめる者や、炎の周りで踊り始める者もいる。
酒を飲んだ者達からは、陽気な歌声が響いて来た。
人混みから少し離れたところで腰を下ろし、アルクは巨大な焚火を見つめていた。
その瞳には炎の光が映り込み、ゆらゆらと揺れて輝いている。
じっと炎を見つめていたアルクは、ふと視線を下ろし、腕に抱えている俺を見つめた。
「しょこら。またこの世界に来られて、本当に良かったね。平和で幸せそうな皆の姿が見られて」
「まあな」
人間は皆いわゆる「コスプレ」をしているので、獣人と人間の区別はほとんどつかない。
元々種族の別などないように、皆一体となって祭りを楽しんでいる。
遠目に見るとソフィアは、兎人族の子供達に囲まれていた。
兎の耳が良く似合うので人気者になっているのだ。
「ねえ、本当にすごくかわいいいよ!いっそこの町でいっしょに住まない?」
「でも異世界から来たんだよね?そこはどんなところ?」
「僕たちもいつか、きみの世界に行けるかな?」
同年代の友達がいないソフィアは、少し戸惑いを見せている。
しかしそのうち嬉しそうに、静かに子供達と話し始めた。
アルクもそんなソフィアの姿を、嬉しそうに見つめている。
ウィルとエレーナの姿は、人混みに紛れて見当たらない。
二人はその頃、俺達とは離れた場所から焚火を見つめていた。
「……お前達はもうすぐ帰るんだな。本当にあっという間だった」
「ああ、そうだな」
炎を見つめるエレーナの目は、同じようにゆらゆらと揺れている。
しかしその揺れは、炎だけによるものではなかった。
その横顔を見つめて、ウィルはまたふっと笑う。
「言っただろ、絶対また会いに来るって」
エレーナはすぐには答えない。
しばらくぐっと喉を詰まらせたかと思うと、穏やかに笑って言った。
「………ええ、そうね」
広場の周囲に植えられた木の枝に、ラファエルは腰かけている。
腕に抱えたロベルトと共に、祭りの様子を見下ろしていた。
つい先週、もうすぐ世界が終ろうとしていたことなど、この世界の住人は知る由もない。
誰もが平和に酔いしれて、色鮮やかに輝く魂の色が広場を満たしていた。
「ベル。やはりこの世界を終わらせなくて良かったと思う?」
ラファエルが尋ねると、ロベルトはこくりと頷く。
それを見てラファエルも満足そうに微笑んだ。
「ベルがそう思うなら、僕もそう思うよ」
黒い塊が消え失せた空には、満天の星が輝いていた。




