11.生い立ち
「で、お前、どう落とし前つけてくれるんだ」
俺はウィルの前に仁王立ちになり、再びゴゴゴゴゴゴと殺気を放っていた。
ウィルは俺の前にちょこんと正座して、小さく縮こまっている。
「だ、だって、あの執事がよ……」
門から王宮の庭に入ったウィルは、そこで待ち構えていたミーシャに捕まり、簡単につまみ出されてしまったのだ。
ニコッと笑ったミーシャは、ウィルに向かって手を振った。
「よかったですね、念願の猫耳が手に入って。存分に楽しんでください。それでは」
そして目の前で、門扉は閉じられたのだった。
本当に全くの役立たずだ。
これ以上こいつと一緒にいる意味はあるのだろうか。
ウィルはしゅんとして下を向いていたが、バッと顔を上げて俺に言った。
「ま、まだこれからだ、あの執事が勇者から離れた隙に、俺が連れ戻して……」
「お前、もはや門の中にすら入れないんじゃないのかよ」
「いや、そんなはずはない!宿泊名簿には入ってるんだ、あんな執事の一存だけで、仮にも王族の俺を簡単に放り出せる訳はない!」
そういえばこいつは、次期国王の座を狙っているうちの一人だったな。
変態的な趣味に気を取られてすっかり忘れていた。
「そういえばお前、国王になりたいのか?」
俺が何となく尋ねると、ウィルはまた苦い顔をする。
「俺がそんなこと望む訳ないだろ。俺だけじゃない、俺の兄も従兄も、誰も王の座なんて狙ってねえよ。ただ周囲の人間が勝手に派閥を作って争ってるだけだ」
ウィルは小さくため息をつく。
「俺はさ、国王なんかより、もっとこう……魔術の研究がしたいんだよ……」
どうやらウィルは、王族の中でも魔術に長けているらしい。
勇者である俺ほどの魔力がある訳ではないが、幼いころはその秀でた魔術で周囲から一目置かれていたようだ。
「だけどあの勇者が名を馳せるようになってから、誰も俺なんかに注目しなくなった。勇者は全属性の魔法が使えるし、鑑定の儀式でもその魔力ですげー話題だったらしいしな。俺はその頃まだ2歳だったから知らねーけど。」
するとウィルは現在16歳、アルクの一つ年上ということだ。
「だから俺、何て言いうか、勝手に勇者に対抗意識みたいなのも持ってたんだよな……それに今となっては……」
そこまで言って、ウィルはちらっと俺の顔を見上げる。
そして突然ガバっと地面に突っ伏して喚き出した。
「なんなんだよ~~!!俺があんなに夢見た猫耳人間が、勇者の仲間だなんて!そんなの、妬ましくなっちまうだろおお!!」
大声で喚き散らすウィルを、俺は呆れて見下ろした。
「猫耳人間というか、実際はただの猫なんだが……」
「そんでも、変身して猫耳人間になれるなんて、聞いてねえよ!俺さ、小さいころからそういう架空の物語とか読んでて、獣人、特に猫の獣人にすげー憧れててさ……。ここじゃないどっかの世界に行ったら、本物の猫耳人間に会えるんじゃねえかって思って、そんで転移魔法について研究もしてたぐらいで……」
やれやれ。
こいつ、もしレオとレナの世界に行ったら、発狂するんじゃないか。
しかしウィルの話を聞いた時、俺の頭の中に、何かが引っかかっていた。
その頃アルクは、宮殿の部屋へと引き返していた。
部屋に備え付けられたソファに座り込み、頭を抱えてさっき見た光景について考えている。
『しょこらは、本当にこんなにも早く、僕以外の仲間を……。いや、そんなはずはない、何かの間違いかも知れない。本人にちゃんと聞いてみないと……。
……だけど、もし本当だったら?しょこらの口から、お前はもういらないって言われたら、僕はどうしたらいいんだろう?考えてみると、魔王討伐の運命から解放された今、しょこらが僕と一緒にいる理由なんて……。
それにあの男の人に、耳を触らせていた……僕だって触らせてもらったことないのに……』
アルクが考え込む様子を、隣に座ったユリアンは静かに見守っていた。
やがて口を開いて、アルクに問いかける。
「あのお方は、アルク様にとって、大切な人なのですね。」
アルクは初めて王女の存在に気付いたように、ハッとして隣を見た。
「あ、ああ、うん……。それは、もちろん……。正直、僕に取っての唯一の友達……いや、相棒……?家族の一員……?」
アルクはそこまで言って、両手で顔を覆った。
「しょこらがいなくなったら、僕、どうしたら良いか分からない……」
するとユリアン王女は、またそっとアルクの右手を取った。
「アルク様のお気持ち、とても良く分かります。私も幼い頃から人付き合いが苦手で、友人などいませんでしたから。息子ではなく娘であることに引け目を感じて、家族とすらうまく関係を築けませんでした。
……そんな私に取って、ミーシャは唯一の友人です。もしミーシャがいなくなったら、私も今のアルク様のように、途方に暮れるでしょう」
アルクは目を上げて、ユリアン王女を見た。
ユリアン王女は、国王にとって初の子供だった。
王室の者は皆王子を期待し、第一子の誕生を今か今かと待ちわびていた。
しかし実際生まれてみると、それは王子ではなく王女だった。
臣下たちはあからさまに落胆した様子だったが、それでも表面上は、王女の誕生を盛大に祝った。
国王本人も、世継ぎの誕生は叶わなかったものの、初の子供に愛情込めた目を注いだ。
しかしその後も国王は、王子に恵まれる事がなかった。
そんな国王に対する周囲の噂を、ユリアンは幼い頃から敏感に感じ取っていた。
自分を指差し、王子であればどんなに良かったかと、ヒソヒソ話す声も聞こえていた。
それに王の兄と弟には、それぞれ息子が誕生している。
臣下の中には、将来を見据えてそれらの大公爵家へと鞍替えする者さえいた。
まるで自分は不良品だとの烙印を押されたようだった。
幼いユリアンの自尊心は育たず、両親のことを避けるようになる。
国王はユリアンの心に気付き、何度も会話を試みた。
しかしユリアンは逃げるように部屋へと引きこもり、ただ耳を塞いでいた。
そんな中出会ったのが、現在の執事ミーシャだった。
偶然にもミーシャも孤独な立場であったらしい。
王女はミーシャの友人となり、執事として王宮に仕えさせる事を決める。
軽口を叩くミーシャのおかげでユリアンは笑うようになり、その狂気じみたとも言える愛情を受けることにより、長年の自己嫌悪からも救われたのだ。
「ですから私は、アルク様のお気持ちがよく分かります。そして……」
ユリアンはアルクの右手を握る手に、ぎゅっと力を込める。
「どうか、そのしょこら様の代わりを、私に務めさせてください。私がアルク様の御心を、一生隣で支えてみせます」
「しょこらの、代わり………」
アルクは空虚な声で繰り返す。
「代わり……。しょこらの……。そんな、簡単に代わりなんて……」
そして再び、俺と見知らぬ男 (ウィルだ)の姿を思い出す。
「僕にとっては、しょこらの代わりなんていないのに。しょこらは……」
アルクは王女の申し出に答えず、再び手で顔を覆った。




