109.約束
「君達、また一緒に旅行に行かないかい?僕もベルも温泉に入りたいからさ」
ナーゴと面会した翌日、ラファエルが俺達に向けて提案する。
まだ事件の余韻が覚めず、ナーゴの話を聞いてどこか落ち込んでいたアルクだったが、その提案に少し表情を明るくした。
ラファエルの突然の提案から1時間後、俺達は既にダンザの町にいた。
以前も慰労会として、俺達が訪れた狸族の町だ。
この世界では有名な観光地で、町中に赤い提灯がぶら下げられ、建物も赤く塗り上げられている、活気のある町だ。
「すげえ、同じ獣人族でも、町の雰囲気が全然違うんだな……」
ウィルは町中を見渡し、感心したように言った。
ダンザの町にはもちろん、狸族が溢れ返っている。
町人はラファエルの姿を見ると、大げさに道を開けて敬礼した。
「前にも言ったように、狐族と狸族というのは本来相性が悪いんだよ。だけど奴ら、僕の力を目の当たりにして怯んでいるんだ。愉快だよね」
ラファエルは薄笑いを浮かべて言った。
それを聞いて、アルクもウィルも苦笑する。
宿屋に着くと、ラファエルは早速温泉に入ろうと提案する。
するとアルクはウィルをぐいっと掴み、エレーナから引き離すように引っ張った。
「おい、何だよ?」
「ウィル、僕達は後で入るよ!!しょこら達は先に………」
「やだなあアルク君、照れる必要はないよ。前回も皆で一緒に入ったじゃないか」
ラファエルが面白そうに言うと、アルクは赤面する。
ダンザの町の温泉は混浴なのだ。
「今回は絶対だめだ!ウィルは変態だから!!」
「はあ!??どういうこと………」
そしてアルクはそのまま、ウィルを部屋へと引っ張って言った。
エレーナはその姿を見送りながら、アルクが言った言葉をぼそっと繰り返す。
「変態………」
結局俺達は、別々に温泉に入る事になる。
俺はもちろん、猫耳忍者の姿に変身した。
俺とエレーナ、ソフィアが温泉に浸かると、そこには既にラファエルとロベルトがいた。
互いにしか興味のない兄弟は、混浴だろうが何だろうがお構いなしだ。
相変わらず風呂に浸かりながらも、ラファエルはロベルトをしっかり抱えている。
そんな二人からやや距離を取り、エレーナは俺とソフィアの隣に座り込む。
しばらく無言で浸かっていたが、突然遠慮がちに口を開いた。
「なあ、しょこら。えっと、君達はいつ元の世界に帰るか、決めているのか……?」
「特に決めていないが。ウィルが二週間の休暇を申し込んだと言ってたから、まあ長くて二週間だろう」
「二週間……。そうか………」
エレーナはどこか寂しそうに呟く。
そしてしばらく逡巡した後、再び俺に向かって尋ねた。
「あの、こんなことを君に聞くのは気が引けるのだが……。あの、えっと、その……」
「どうせウィルのことだろ」
「ええっ!??な、なぜ分かった!?」
逆になんで分からないと思ったんだ。
「そ、その通りだ。で、あの……あいつは誰に対しても、ああなのか?その、何と言うか……」
「よく分からんが、軽々しく好きだとか言う奴ではないぞ」
「そ、そそそそそうか…………………。しかし、私達は文字通り、住む世界が違う。その上で情を交わすというのはやはり………。それにあいつは6つも年下で…………」
俺はやれやれとため息をつく。
なぜ人間はどいつもこいつも、うだうだと考えるのだ。
「情を交わしたいなら交わせば良いだろ。以上だ」
俺がズバッと言い切るも、エレーナはまだ釈然としない様子だ。
「……だが私自身、どうしたいのか分からないのだ。そもそも私はリューキのことが好きだった。そう簡単に他の者を好きになることなどないと思っていたのだ………」
エレーナはそう言って、しばらく湯の中で考え込む。
そのうちのぼせたとか何とか言って、先に温泉から出て行った。
その夜エレーナは、宿屋の部屋を一人抜け出した。
眠れなかったので、町を歩いて外の空気を吸おうと思ったのだ。
町中が真っ赤な提灯に埋め尽くされ、美しく輝いている。
エレーナは川沿いに歩き、そのうち石造りの手すりに腕を乗せ、ただ遠くを見つめ出した。
そして心の中で、再び葛藤を始める。
「ただ好きだと言われたから好きになるなんて……。いいえ、そんな筈はない。私はリューキが好きだったのよ、そう簡単に忘れられる訳がない。そ、それにあの人、リューキよりも年下じゃない!どうしよう、年下趣味だとか思われてるのかしら。違う、私は別に年下が好きな訳ではないわ!!………でもどうしてこんなに気になるのかしら………」
考えに耽るエレーナは、すぐ近くに迫る人影に気付かない。
そして突然声をかけられ、思わずその場で飛び上がった。
「うおっ、わ、悪い、驚かせたか……?」
それはウィルだった。
本人が現れたことで、エレーナは完全に狼狽する。
しかし平静を装い、何とか咳払いして返事をした。
「あ、ああ、オホン。こ、ここで何をしているのだ。お前も眠れないのか?………おい?」
ウィルはすぐには返事をしなかった。
ここはエド町とは異なり、宿屋から浴衣は貸し出されない。
代わりに白いガウンを身に纏うエレーナの姿を、ウィルはぼーっと見つめている。
「あ、あの………」
「え?あ、ああ、すまん。えっと、眠れないっていうか、ただ狸族の町をもっと見たくてさ。散歩してただけだ」
思わず顔を赤らめるエレーナに、ウィルは慌てて答える。
ウィルは何となくエレーナの隣に立ち、同じように川を見つめ出した。
温泉に入った後だというのに、ウィルはいつもの黒いローブを着ている。
その姿を見て、エレーナは思わずふっと笑った。
「お前はその恰好が好きなんだな。研究者だからか?」
「え?ああ、何となく、外に出る時はこれが一番落ち着くんだよな。研究者だからかは分からねえが……」
それからしばらく、二人は無言になる。
するとエレーナは思わず口を開いた。
「お前、あと一週間ほどで、元の世界に戻るんだろう」
「ああ、そうだな。その後は学校に戻って、研究を続けなきゃなんねえし………」
再び沈黙が訪れる。
その時エレーナは、何かが自分の中に込み上げてくるのを感じた。
どうしようもない悲しみだ。
思わず拳をぎゅっと握りしめ、ウィルに尋ねる。
「………お前、なぜ私にあんな事を言ったのだ」
「え?」
エレーナは小さく震えながら言葉を続ける。
「だから、初めて会った日、なぜ私にあんな事を言ったのだ。本気かどうかは別として、私達は異世界の人間だろう。決して報われないのだから、軽率な発言は控えるべきだ!あの言葉のおかげで、私がどれほど苦しんでいると思っている………」
そんなこと全く言うつもりはなかったのだが、エレーナの口は勝手に動いた。
ウィルはきょとんとして、目を丸くしてエレーナを見返す。
そして意外な反応をした。
「え?なんで決して報われないんだ?」
「な、なんでってお前、それは………だから言っているではないか、私達は住む世界が違うのだ………」
するとウィルは、突然二ッと笑う。
「おい、俺は研究者だぞ。異世界間を移動する魔法は、俺が絶対に完成させてやる。現にラファエルが実現させてるんだ。それを人間用に落とし込んで、より少ない魔力量で発動できるようにする。実現不可能って訳じゃないだろ」
ウィルは研究の話をしながら、楽しそうに目を輝かせる。
その姿を見て、エレーナの高まった感情は少し和らぐ。
再び川の方を向き、手すりに手をかけながら呟いた。
「………早く完成させるのだぞ」
「ああ、任せとけって!」
「………それでまた、会いに来てくれるのか?」
「当然だろ」
それを聞いてエレーナは思わず微笑む。
だんだん熱くなってくる顔を覆い隠すように、手すりに載せた腕に顔を埋めた。
「………しかしお前は、なぜ私に…………」
ウィルは質問の意味が分からず、一瞬またポカンとする。
しかし何となく察して、また二ッと笑った。
「いや、もちろん見た目が好みってのもあるけどさ、何て言うか………。その男勝りの話し方や振舞いが、なんか強がってるように見えてさ。それがすげー可愛く見えたんだ」
「なっ………」
エレーナの顔は今や真っ赤に上気している。
その様子を見て、ウィルはますます面白そうに笑った。
するとエレーナは、ウィルに向かって左手の小指を差し出す。
「なら、約束だぞ。きっとまた、会いに来てくれ」
「ああ、任せとけ!」
ウィルは右手の小指で、エレーナの小指を握り返した。




