108.犠牲の上に
事件の後、反逆者達は無事、ガエルダの警備隊へと引き渡された。
元々、犯罪者を処罰するのは各町の警備部隊の仕事だ。
今回も各人から事情を聴取し、それぞれ処罰が下されると言う。
「それにしても、皆無事で良かったね。あと少し遅かったら、うっかり世界を終わらせるところだったよ」
ラファエルは何食わぬ顔でそう言った。
鼻歌交じりに話すその様子に、アルクがやれやれとため息をつく。
もはやラファエルの性質には慣れっこなので、誰も突っ込んだりはしなかった。
俺達はその日、また猫族部隊の営舎の一室に集まっていた。
俺とアルクがラファエル達と話す隣で、ウィルとエレーナは二人で話し込んでいる。
エレーナはどうやら、魔道具の縄の解き方について、再度ウィルに尋ねているようだ。
「……その反術式を練り上げる方程式というのが何百通りもあるのか。聞けば聞くほど複雑だ。私にはとても覚えられそうにない」
「まあ、そう簡単にできりゃ研究者なんて必要ねえよ。俺はたまたま仲間から、似たような事例を聞いていたからで……」
「それでも、今回の魔道具は構造が異なるんだろう。それをよくあの短時間で解明できたものだ。本当に大したものだ」
どうもエレーナは縄の解き方が知りたいというより、ただウィルと話したいだけのように見える。
感心して呟くエレーナに、ウィルは照れくさそうに頭をかいた。
そんな二人の様子を、アルクは横目でちらちらと眺めている。
そして腕に抱えている俺に向かって言った。
「ねえ、なんかあの二人、仲良くなってるよね……?どうしよう、もしウィルが本当にこの世界に留まるなんて言い出したら……」
「知るか。その時は気絶でもさせて連れて帰りゃいいだろ」
「そ、そんな乱暴な……」
するとその時、部屋の扉がゆっくりと開く。
そしてソフィアがそっと顔を覗かせた。
「ソフィア!もう大丈夫なの?」
アルクは立ち上がり、ソフィアに声をかける。
事件の後、まだ眠り続けていたソフィアは営舎の救護室へと運ばれ、そこで一夜を明かしたのだ。
ソフィアはすぐにアルクに駆け寄り、腰の辺りにぎゅっと抱き着く。
「ごめんね、怖い思いをさせて……」
アルクはなだめるように、ソフィアの頭を撫でながら言った。
ソフィアは頭を撫でられ、満足そうにこくりと頷く。
一昨日の夜、部屋で一人眠るソフィアの元に、反逆者は現れたのだ。
それはあの宿屋の受付係だった。
本当は俺達が王都に着いた初日の夜に、受付係は事を起こそうとした。
しかしその日、ソフィアはアルクの部屋にいたので、その手を免れていたのだ。
「あの受付係ももちろん、警備隊に引き渡したよ。まったく淑女の部屋に忍び込むなんて、下卑た奴らだね」
ラファエルはそう言いながらも、腕に抱えたロベルトに頬ずりしている。
「ねえラファエルさん、反逆者の人達、全員死刑になったりしないよね……?」
アルクはナーゴのことを考えながら心配そうに呟く。
「ああ、警備部隊は生ぬるいからね。事情聴取して、情状酌量の余地がある者には減刑するだろう。しょこら君の言う通り、あのナーゴという男からは僕も話を聞いてあげたよ。あいつはベルの誘拐に加担していないようだから、死罪にはしなくて良いかもね」
結局ラファエルの判断基準はそこらしい。
「警備部隊での聴取が終われば、君達も面会ぐらいには行けるんじゃないかな。気になるならまた行ってみなよ」
俺達がナーゴと面会できたのは、その翌日だった。
ナーゴの身柄は、まだ警備隊により拘束されている。
俺達は警備隊員の許可を得て、牢の中にいるナーゴに会いに行った。
「ああ、お前達。………一体何をしに来たのだ」
牢の中で座り込むナーゴは、鉄格子越しに俺達を見て呟く。
警備隊員の話によると、どうやら死罪は免れているようだ。
結局、黒い塊に飲み込まれた何人かの反逆者達以外に、死傷した者はいなかったからだ。
「よかったね、死刑にならなくて。ナーゴさんは悪い人には見えなかったから……」
アルクは遠慮がちに話しかける。
それを聞いてナーゴはふっと笑った。
「お前はお人好しなんだな。そんな事ではすぐに騙されるぞ」
「でも……」
「確かに私は私利私欲のために動いたのではない。ただ魔王代理を倒すことが、魔王様のためになると信じたからだ。行き過ぎた信念は罪を犯すものなのだ」
「しかしお前、なぜそこまで魔王を崇拝するんだ。単に魔王の側近だからか?」
俺が尋ねると、ナーゴはしばらく黙り込む。
やがて口を開くと、一見関係のない質問をした。
「お前達はなぜ魔王様が、人間との和平を目指すようになったのか知らないだろう」
その質問にアルクは首を振る。
俺ももちろん、その辺の事情については知らない。
「魔王様が変わったのは、百年前からだ。つまりお前達が倒したレオン様とレナン様の、一つ前の時代だ」
ナーゴが魔王の側近として生を受けたのは、今から二百年前だという。
その時代の魔王は他の獣人族と同じく、人間達を敵視していた。
人間の国王がそう考えていたように、獣人と人間は戦う運命にあると、その頃の魔王も信じて疑わなかったのだ。
ナーゴは魔王の側近として、人間族との戦いに何度も赴いたという。
「だが二百年前の魔王様は、人間の勇者により討たれた。私は運よく生き延びてしまった」
そしてナーゴと共に、ナーゴの妹も同じく生き延びていた。
ラファエルとロベルトのように、ナーゴとナーゴの妹も、兄妹として同時にこの世に生を受けていたのだ。
妹の名はクロエといった。
「私達は仲の良い兄妹だった。あの魔王代理ほどではないが、私達は常に一緒だった」
しかし、次の魔王が復活するまでの間にも、獣人と人間の争いは至る所で勃発していた。
ある日ナーゴとクロエは共に、ミッド・フォレストで人間軍との交戦に巻き込まれる事となる。
そしてそこで出会った一人の人間と、クロエは恋に落ちたのだという。
「互いに一目見た瞬間、恋に落ちたらしい。まさかそのような事が起きようとは、夢にも思わなかった」
それからクロエは、人間の恋人との密会を重ねる。
やがてその身には、人間との子を宿すことになったという。
妹が人間と情を交わしている事実を初めて知らされたナーゴは、思わずクロエを問い詰める。
「お前、人間と関係を持つだけでも大罪なのだぞ!まして子を設けるなど………!!一体なぜそのような事を………」
愕然とするナーゴに、クロエは必死に言い返す。
「だけどお兄様、人間と獣人は一体どう違うのですか?同じように喜び、悲しみ、怒り、感動し、他人を思いやることができるのに、なぜ敵対するのです?魂の問題など、協力して乗り越えれば良いではないですか!」
最初は聞く耳を持たなかったナーゴは、妹の訴えに徐々に心を動かされたという。
しかし、人間との子を授かった事実が明るみに出ると、クロエは獣人達から迫害を受け出した。
やがてそれは激化し、クロエの妹は獣人達の襲撃を受け、お腹の子もろとも殺害されてしまう。
悲しみに暮れるナーゴの元に、百年後、新たな魔王が復活した。
それはレオとレナの一つ前の魔王だ。
記憶を持って生まれ変わる魔王は、最も近しい側近であるナーゴのことも覚えている。
そのナーゴからクロエの身に起きた出来事を知らされ、魔王自身も愕然とした。
そしてその時代から魔王は、人間との戦闘を好まなくなった。
次第に人間との和平を意識するようになり、人間側との交渉の場を設けようと奔走し出したのだという。
「だがその魔王様も勇者により打ち倒された。そして百年後、つまり今の時代に、お前達が現れたことで和平が成立したという訳だ」
そこまで語るとナーゴは息をついた。
その物語にアルクも唖然とし、俺を抱えている腕にぎゅっと力を入れる。
「魔王様は私のために、世界を変えようとしてくださった。だから私はこの身が滅ぶまで、魔王様のために尽くすと決めたのだ」




