107.矮小な存在
ロベルトの手から作り出された闇は、周囲一帯を包み込む。
一瞬で、全てが真っ暗になる。
猫の目でも暗視できないほどの、完璧な暗闇だ。
ただ単に暗いのではなく、実際に闇という物体が形を成して、空気中を満たしたかのようだった。
その完璧な暗闇は、しばらく世界を静寂に包んだ後、徐々にその色を失い出す。
視界は次第に晴れ渡り、霧が晴れるように、周囲の光景がはっきりと見えだした。
頭上を確認すると、黒い塊は消えていた。
そして地面では、空中から落下した者達が呻き声を上げている。
ロベルトの闇が、ラファエルの闇を相殺したのだ。
アルクは何が起きたのか分からず、キョロキョロと周囲を見回す。
「おい。いい加減離せ」
「え?あっ、ご、ごめん………」
いつの間にか俺の手をぎゅっと握りしめていたアルクは、焦ってその手を離した。
ウィルはロベルトを抱えたまま地面に落下していた。
やがて起き上がると、ロベルトの目隠しと、口に貼られたテープを外す。
「ロベルト君が、あのブラックホールを消してくれたの………?」
アルクは心から安堵したように言う。
「あ、ありがとう。もう本当に駄目かと………」
ロベルトはこくりと頷き、突然その場から姿を消す。
全員が周囲を見回すと、ロベルトは既にラファエルの腕の中にいた。
「ベル!!!!ああ、お帰り、僕の可愛いベル~~~~~!!!!」
ラファエルはまるで何事もなかったかのように、いつもの如く弟に頬ずりした。
ロベルトが黒い塊を消したことも、何とも思っていないらしい。
「まったく、僕のベルは優しいなあ。ねえベル、やっぱり世界を壊しちゃだめなの?」
「だめ。みんなころすのは、だめ」
「そっかあ~~~本当に良い子だね、ベル~~~~~」
やれやれ。
一旦あの二人は置いといて、俺はウィルに向き直った。
「おい。ロベルトを解放してくれて助かった。恩に着るぞ」
初めて俺に礼を言われて、ウィルは一瞬面食らったようだ。
「え?お、おお。いや、時間がかかって悪かったな。ほんとぎりぎりだったぜ……」
「だが、どうやって縄を解いたんだ?」
俺が質問すると、ウィルは頭を搔きながら言う。
「ああ、バルダン帝国のやつと似たような作りで、あれは縄を縛った人物にしか解けない一種の魔道具だ。しかも魔力も抑制される。
けどバルダン帝国のとき、ジークは自分を縛った縄を簡単に解いててさ。やり方を教えてもらってたんだ。今回の縄は構造が違うから、組み込まれた術式を解明して、回路を遮断する反術式を練り上げるのに時間がかかっちまった。それができれば自分の体内にある魔力を利用して、反術式を縄に流し込めば自分の縄は解けた。それからロベルトの縄を………」
するとアルクが急に、今度はウィルにがばっと抱き着いた。
「ウィル、本当にありがとう!!やっぱりウィルはすごいよ!!!」
「おお、分かったから、放せって………」
また始まったとでも言うように、ウィルはやれやれと笑う。
それからウィルは、エレーナとソフィアを縛っている縄も解いた。
縄に手をかけブツブツと呪文のようなものを唱えると、数秒で縄はパラリと地面に落ちる。
縄から解放された瞬間、なんとエレーナも、ウィルにぎゅっと抱き着いた。
「えっ………」
ウィルは完全に面食らい、その場に固まる。
「……本当に感謝する。お前がいなければ、私達は皆死んでいた。私達だけじゃない、この世界が消えていただろう。ありがとう」
そう言ってウィルから離れ、エレーナはにっこりと微笑む。
そんなエレーナを、ウィルは顔を上気させて見つめ返した。
俺は他の奴らに目を向ける。
地面に落下した衝撃で伸びていた反逆者達は、徐々に体を持ち上げていた。
その時、突然背後に気配を感じる。
バイイイイィィィン!!!
俺がバリアを展開すると、ハゲが降り下ろした巨大な斧が大音量で弾き返された。
周囲一帯が、一瞬シーンと静まり返る。
「………おいお前、何してるんだ?」
俺が尋ねると、ハゲはギリギリと歯を噛みしめながら言う。
「うっせえ!!てめぇらだけは絶対殺してやる!!俺に恥をかかせて、商売を邪魔しやがった恨みだ!!!」
前回俺達がこの世界に来た時、何かとハゲの気に食わないことをしたのだ。
奴は未だにそれを根に持っているらしい。
すると今度はハゲは、アルクに向かって斧を振り上げる。
しかしアルクもバリアを展開し、いとも簡単にそれを弾いた。
やれやれ。ここまで阿呆な奴がいるとは驚きだ。
周囲の反逆者達もひそひそ囁き合っている。
「おい、あいつ、なんて馬鹿なことを………」
「あいつに敵う相手じゃないだろ………」
俺はくるりと振り返り、ロベルトに向かって声をかける。
「おい。皆殺しは駄目だと言ったな。こいつはどうだ。拷問ぐらいはしていいか」
俺は親指でハゲを指差しながら言った。
その瞬間、数人の反逆者がヒエッと声を上げる。その間にもハゲは、愚かにも俺のバリアをバインバインと攻撃していた。
ロベルトはすぐにこくりと頷いて言う。
「ころしていい」
どうやら奴は、ロベルトの逆鱗にも触れたようだ。
俺は再びくるりと振り返り、そこにいるハゲに向かって言い放った。
「だそうだ。喜べ、例え拷問中に死にたくなっても、俺はお前を殺さない」
「ああ!?ふざけんな、このクソ猫勇者め!!俺がお前をぶっ殺してや………」
スパーーーーーーーーン!!!!!!!!
ハゲの言葉が終わらないうちに、俺はその横っ面を思いっきり猫パンチした。
アルクはまたかと言うように、やれやれと顔を手で覆う。
そしてまた、拷問の時間が始まった。
いつものように俺はハゲの顔面を蹴り上げ、背中をへし折る。
俺がハゲの頭を上から踏みつけ、地面にめり込ませたところで、ラファエルが突然目の前に現れた。
「しょこら君。物理攻撃も良いけど、精神攻撃も良いものだよ。僕が手伝おうか?」
「おう。なら頼む」
ラファエルは人差し指をくいっと上げ、闇魔法を発動する。
精神的苦痛と肉体的苦痛を同時に与えられ、ハゲは断末魔を上げ、身をよじる。
二人揃ってたっぷり拷問を与えたところで、ハゲは完全に白目をむいて気絶した。
そんな俺達の所業を、他の反逆者達は震え上がりながら見つめている。
俺はまたくるりと振り返り、そこにいるナーゴに向かって言った。
「後の処分は警備部隊に任せる。二度とこんな手荒な真似はするな。分かったか」
ナーゴはぐっと厳しい表情になり、こくりと頷いた。
俺は今度はラファエルに向かって言う。
「おい。こいつには一応信念がある。話ぐらいは聞いてやれ。あとお前も反省しろよ」
それを聞いてラファエルは、高らかに笑い声を上げた。
「あはは!そうだね、分かったよ。それにしても、しょこら君は優しすぎるね。本来ならあんな奴ら全員死罪だよ。……まあいい、僕も後は任せるさ。それに………」
そこでラファエルは、ウィルに目を向ける。
「矮小な存在でも、僕らにできない業を成し得るんだ。少し興味は湧いたよ。ほんの少しだけどね」




