102.魔王の配下
「で、俺達に今すぐラファエル達の元へ向かえと言うのか」
俺が尋ねると、ナーゴは首を振る。
「お前達だけで奴に対峙しろとは言っていない。万全を期すため我々も共に向かう。我々の仲間は各地に散らばっている。まずは仲間をガエルダに集結させるのだ」
「しかしそれなら、俺達もすぐ出発する必要があるだろ」
俺が転移魔法を使えることを、協会の奴らは知らないはずだ。
大陸の最東端である王都からミッドフォレストへと向かうのは、馬車でもかなりの時間を要する。
しかしナーゴは再び首を振った。
「お前達なら、王宮にある転移魔法陣が使えるはずだ。そこから大陸中部へと転移するのだ。私もそれに同行させてもらう」
そう言うとナーゴは、周囲を取り囲むフードを被った連中に手で合図をする。
すると連中は踵を返し、すぐに薄暗い部屋から出て行った。
「あまり大人数で王宮には乗り込めない。他の奴らはこれから馬で現地へ向かう。私達が出発するのは今夜だ」
「あの、それで、ソフィアはいつ解放されるんですか……?」
「言っただろう、お前達が協力すれば解放してやる。言い換えれば、我々に協力して任務を遂行できればだ」
「そんな………」
アルクをじっと見つめながら、ナーゴは説明を付け加えた。
「ちなみに先程も言ったとおり、私に危害を加えるような事があれば、すぐに仲間に知らせが行く。我々が使用している魔道具で、有事の際は合図を送れるからだ。その時は娘の命の保障はない」
「おい。ちなみに俺の連れはあと二人いる。そいつらには危害を加えていないだろうな」
俺が尋ねると、ナーゴは三度首を振る。
「いいや。お前達のことはずっと見張っていたので、その二人のことは知っている。そのうちの一人、あの人間族の女はこれまで何かと厄介だったが、今回は危害を加えないよう仲間達には指示している」
その頃、ウィルとエレーナは王宮に到着していた。
エレーナが転移魔法陣を使うのは珍しくないようで、用件を告げると門衛はすぐに二人を通した。
「私は国王から特別に使用許可を得ているのだ。こっちだ、地下に例の魔法陣がある」
そう言ってエレーナはウィルを連れ、かつて俺達が囚われた地下へと降りていく。
地下牢のある階からさらに下に降りると廊下がある。
その廊下の奥の小部屋に、紫色に輝く転移魔法陣が設置されていた。
「す、すげえ、本当に残ってんだ………」
ウィルはしゃがみ込み、魔法陣をまじまじと見つめながら呟く。
「パッと見た感じだと、ロベルトの魔法陣と全く同じだ。複雑すぎて細かいとこまではすぐに分かんねえが………。しかし魔力供給装置みたいなものは周囲にないし、術者であるロベルトの魔力が回路の中に保存されてると考えた方が適切か。しかしそんな回路一体どうやって組み上げるんだ?とんでもなく複雑な術式になるぞ。それに、そもそもの魔力量が桁外れていないと魔力を保存するなんて真似はとても……」
「おい、あまりゆっくりはしていられないぞ。事が片付いたら、また共に見に来れば良いだろう」
魔法陣の傍らから動かないウィルを見て、エレーナはふっと笑いながら言った。
「あ、ああ、すまん……」
ウィルは慌てて立ち上がる。
そして、「また共に」というエレーナのセリフに、うっすらと喜びを感じた。
そして二人は魔法陣に足を踏み入れる。
次の瞬間には、二人は別の建物の中に立っていた。
俺とアルクは相変わらず薄暗い部屋で、木箱の上に座っていた。
ナーゴは夜になるまで、俺達をここから出さないつもりらしい。
そして自らも見張り役として、そこに居座り続けていた。
「おい。お前はなんで、そこまで魔王のことを気にするんだ。単に獣人族の存続を危惧してのことか?」
俺は暇なので、何となくナーゴに尋ねてみた。
同じく木箱の上に腰かけて俯いていたナーゴは、俺の質問に視線を上げる。
「……そんな事を知ってどうするつもりだ」
「どうもしない。単に暇なんだ」
「ひ、暇って、しょこら……」
俺達は実際、ソフィアを人質に取られている以上、軽はずみな行動はできない。
ウィルとエレーナが何とかソフィアを見つけ出せるなら話は別だが。
「まあ、それもそうだな。良いだろう、暇つぶしに聞かせてやろう。………私の魂は、魔王様に特別近しい存在、いわゆる“配下”として生を受けた。魔王様がその姿を隠し、猫族に紛れて生きていた時も、私は常にガエルダの町に潜んでいた」
この世界にも、魔王の配下というものはいるのだ。
それにしても元の世界の阿呆共に比べると、この世界の魔族というのは本当に話がしやすい。
「あの頃はただ、何が起きても手出しをするなとだけ命じられていた。魔王様は争いを好まなかったからだ。最も、たまにレオ様の命を受けて、密かに行動することはあった。あの時、獣神協会の情報を掴んでレオ様に伝えたのも私だ」
その頃のことを思い出すように、ナーゴは遠い目をする。
「私はあの時、ラファエルによりレオ様が捕らえられ、人間族に人質として引き渡された時、何もできなかった。魔王様の命令は絶対だ。手出しするなと言われていた私は、ただ手をこまねいているしかなかった。そもそも、獣神協会による人間達の虐殺を察知することすらできなかった」
屈辱を思い出しているのだろう、ナーゴは拳を握りしめて膝を叩いた。
「……私には魔王様をお守りする使命がある。その立場を危うくする魔王代理の存在は容認できるものではない。………増してやそれが、かつてレオ様を捕らえたあの男となると………」
「だがお前、他に何か方法はなかったのか。こういう手荒な真似は、それこそ魔王が良く思わないだろ」
「例え配下と言えど、私には何の力もないのだ。ただ仲間を募って魔王代理を打ち倒すしか、私にできることはない」
俺はやれやれとため息をついた。
苦痛の表情で握った拳を見つめるナーゴは、再び絞り出すように言う。
「魔王様……。レオ様とレナ様……。あの方々だけは、私の名前をからかったりもしなかった……」
「え?」
アルクが思わず聞き返す。
「だから魔王様は、私の名前をからかったりしなかった。周囲の者達は皆、まるで猫の鳴き真似をするかのように、私の名を呼ぶのだ………」
「あ、ああ、そうだったんだ………」
突然話がずれたことにアルクは面食らう。
「そうか。なんかすまなかったな」
思わず猫の鳴き声みたいだと言った事に対し、俺は一応謝罪した。
「いや、それはいいのだ。お前はからかった訳ではないことは分かっている……」
『ねえしょこら。ナーゴさんは、そこまで悪い人には見えないよ。説得したら、考え直してくれないかな……』
『さあな。とにかく様子を見るしかない』
それから日が暮れるまで、俺達はその薄暗い部屋に留まり続けたのだった。




