101.再建された組織
俺達が連れて行かれたのは、路地裏の奥にある倉庫のような一室だった。
窓はなく、部屋の中はかなり薄暗い。
そこら中に木箱のようなものが積み上げられている以外は、その部屋には何もなかった。
そして、ソフィアの姿も見当たらない。
フードを被った男達は、俺達と共に部屋に入り込み、扉に鍵をかけた。
そしてフードとマスクを被ったまま、一人の男が俺達に向かって口を開く。
「お前達が、異世界から来た勇者で間違いないな」
アルクは俺をちらりと見て、ゆっくりと頷く。
俺は猫の姿なので、男達と話をするのは自然アルクの役割になる。
「そうか。では単刀直入に言う。あの娘の命が惜しければ我々に協力するのだ」
「……ソフィアは、どこにいるんですか?」
「ここにはいない。お前達が我々に協力すれば、娘は解放してやる」
「でも、協力って、何を……。それに、あなた達は一体………」
すると意外なことに、話していた男がフードに手をかける。
そのままフードを脱ぐと、そこには焦げ茶色の猫耳がくっついていた。
「ね、猫族……。どうして………」
茫然とするアルクの前で、男はさらにマスクを外した。
それは人間で言うと二十代前半、エレーナと同じぐらいの歳に見える猫族の男だ。
耳と同じ色の髪が額を覆い、その前髪の間からは琥珀色の目が覗いている。
男が素顔を晒したことで、他の者達はざわめいた。
しかし男は右手を上げてそれを制する。
どうやらこの集団の中では地位の高い者らしい。
「手荒な真似をしていることは分かっている。しかし我々は反旗を翻すべきなのだ。あの魔王代理の狐族に」
アルクは茫然として男を見つめ返す。
「だけど、どうして………。ラファエルさん達は、あなた達に危害を加えた訳ではないでしょう……?それに、ラファエルさんとロベルト君に魔王代理になるよう頼んだのは、僕達だ………」
「それは分かっている。お前達が戦いを終わらせるためにそうしたこともな。しかし最近、奴らの力は増大している。魔王様の代わりに、魔王代理を崇拝する者が激増しているからだ」
俺はラファエルが言っていたことを思い出す。
確かにそのおかげで、ラファエル達は異世界間を転移できるほどにまでなったのだ。
「これは危険な兆候だ。このまま獣人族の大半が奴を崇拝するようになれば、魔王様の力は失われる。そして奴は本物の魔王に成り代わってしまう。例え奴にその意思がなくともだ」
男は俺達をじっと見つめながら話した。
後ろめたいことなどないと言ったような、真っ直ぐな視線だ。
「これは前例のない事態だ。魔王が入れ替わるとどのような影響があるか、はっきりとは分からない。しかしお前達も知っているだろうが、本来は魔王様により獣人達の魂が生み落とされる。魂の生成に不具合でも生じれば、それこそ獣人族の存続の危機になる。………」
男は説明の途中で言葉を止める。
俺が男に向かって質問したからだ。
「で、俺達に具体的に何をしてほしいんだ。ラファエルとロベルトを始末しろと言うなら却下だぞ」
相手が獣人と分かったので、猫の姿のままでも言葉は通じる。
そのため俺は男に直接話しかけたのだ。
男は黙って俺を見つめ返したが、やがてまた口を開いた。
「残念だが、そのまさかだ。あの者達は今、この世界の魔力の大半をその身に有している。常人がいくら束になったところで、太刀打ちできる相手ではない。奴らに対抗できるのは、勇者であるお前達だけだ」
「そ、そんな………」
茫然とするアルクに、男はさらに畳みかける。
「あの娘の命か、魔王代理の命、どちらかを選ぶんだ。お前達が断るか、私達を襲うかすれば、情報はすぐに私の仲間に伝わる。その瞬間に娘は命を落とすことになる」
アルクはぐっと詰まる。
ソフィアを見殺しにすることはできないが、だからと言ってラファエル達を手にかけることなどできる筈がない。
俺はハアっとため息をついて言った。
「ったく、どうせ俺達に拒否権はないんだ。お前らと一緒に行動してやる」
「しょ、しょこら………」
アルクは心配そうに俺に目を向ける。
しかし、俺が本当に奴らに協力する気がないことは、アルクも分かっていた。
男は俺達を測るようにじっと見つめていたが、やがて言った。
「協力感謝する。私はナーゴだ。現在の獣神協会の主導者だ」
「猫の鳴き声みたいな名前なんだな」
「………それを言うな」
俺が思わず感想を漏らすと、ナーゴは無表情で言い返した。
「ちょっとしょこら、気にするのはそこじゃないでしょ……。それより獣神協会って、ラファエルさんが潰したんじゃ……」
アルクが力なくそう言うと、ナーゴはまだ無表情で答える。
「ああ。魔王様が倒された後、魔王代理により獣神協会は解散させられた。しかし今回の事態に有志が再び集い、水面下で協会を再建したのだ」
話によるとナーゴは、協会再建を呼びかけた人物の一人らしい。
しかし以前の野蛮な獣神協会には参加しておらず、魔王代理の問題が浮上して初めて、組織を一新して再建したそうだ。
「影響力のある組織名なので、そのまま使っているだけだ。私達は前身組織のように獣人を攫ったり、人間の暗殺を企てたりはしていない」
どうやらこいつらにもそれなりの大義名分はあるらしい。
厄介なことに変わりはないが、以前のように人間の大量虐殺を図ったりすることはなさそうだ。
最も、協会の全員がナーゴと同じ志を持っていればの話だが。
その頃ウィルとエレーナは、まだ王都を歩き回っていた。
ウィルはバルダン帝国で購入した、魔力探知ができる魔道具を手にしている。
「だめだな。こいつはある程度まで近づかないと、魔力を探知できねーんだ。それに、対象の魔力量が弱いと探知も難しくなる。ソフィアらしき者の魔力はこれまで感知できていない。それにソフィアとの念話も通じねえから、魔力を封じられている可能性もあるな………」
エレーナも、魔石のようなその魔道具を見下ろす。
そして考えながら言った。
「だが、しょこら達が乗り込んだ先にソフィアもいるのでは……」
「いや、奴らはおそらく勇者の力を借りたいんだ。魔王代理に対抗する反乱分子なら、対抗できるだけの力のある奴を引き入れたいはずだ。魔王代理を確実に倒すまで、おそらくソフィアは別の場所で囚われている可能性が高い」
ウィルが顎に手を当てながら言うと、エレーナは感心したように言った。
「お前は若いのに、頭が切れるんだな。……いや、すまない、年齢は関係ないな。頼もしい限りだ」
「え?お、おお………」
エレーナの言葉に、ウィルは少し赤面する。
「とにかく、ソフィアが囚われている以上、しょこら達も動きにくいだろう。俺達で何とかソフィアを見つけ出せたらいいんだが………」
するとエレーナはしばらく黙り込む。
そして思い出したように言った。
「……この世界には魔力探知の魔道具はないが、探知能力を持つ者ならいる。……ラファエル本人だ」
ウィルは思わずエレーナを見つめ返す。
エレーナは話を続けた。
「ラファエルは魔力だけではなく、その者の魂も探知できる。異世界から来た異質の魂であれば、すぐに見つかるだろう」
「ラファエル……。しかし本人をここに連れてくると、余計に事態が悪化しないか?というかそもそも、俺達には転移魔法がない。ここからガエルダまで助けを求めに行くのは……」
「いや、ラファエルはこれまで私と共に、小さな反乱を抑えてきた。すぐに事情は飲み込んでくれるはずだ。それに、転移魔法陣のある場所なら知っている」
エレーナはそう言うと、王宮の方向へと歩き出した。
慌てて後を付いて行くウィルに、エレーナは足早に歩きながら説明する。
「国王は以前、ロベルトを捕らえて転移魔法を各地に作らせていた。その名残が王宮の地下に今でも残っている。ウエストリア近郊の魔法陣は先の魔王との戦いの前に消されてしまったが、隣町のものならまだ残っているはずだ」
「でもさ、術者が定期的に魔力を注がなけりゃ、魔法陣はそこまで長く存続できないんじゃ……」
「しかし私はこれまで何度も、王都へ用があるたびその魔法陣を使用させてもらった。ロベルトの魔法が特別なのか、王室により特別な術が施されているのかは分からない。それの解明はむしろ、お前の得意分野ではないのか」
エレーナは振り返りながらウィルに笑いかける。
ウィルも笑い返し、エレーナと並んで王宮へと向かった。




