10.すれ違い
王宮に向かって足早に歩く俺に、ウィルは後方から呼びかけ続けた。
「おい、待てって、よく考えてみろ!あの執事がいる限り、勇者はそう簡単に外には出られないはずだ!俺が隙を見て連れ出すしかないだろ!」
俺は無視し続ける。
「おい!このままだと勇者は本当に、王女と婚約させられちまうぞ!勇者と引き換えなら、耳ぐらい安いもんだ……ろ……」
俺は立ち止まって振り返り、ギロリと鋭い視線をウィルに向ける。
ウィルは多少怖気づき、語尾を濁した。
「なあ、頼むよ、ほんの一瞬で……」
全くこいつ、本当に何なんだ。
俺ははあっと大きなため息をつき、再び冷酷な目を向けて言い放つ。
「お前、そこまで言っておいてしくじったらどうなるか分かってるな。残りの生涯かけて償ってもらうぞ。やるからには確実にあいつを連れ戻して来い、分かったか」
「お、おう……!!」
ウィルは怯まなかった。
そして、いそいそと俺の背後に近づいてくる。
「じ、じゃあ、触ってみてもいいか……?」
「さっさとしろ」
ちなみに俺はアルクにも耳や尻尾を触らせたことはない。
単純に嫌だからだ。
アルクは特に、猫耳忍者になった俺のサイズが大きくなった耳を、触ってみたくてたまらなかったようだが。
「おお、すげえ、ピクピク動く……」
ウィルは両手で俺の耳をつかみ、感動の声を上げている。
背後に立っているので顔は見えないが、その声から恍惚の表情が目に見えるようだ。
俺はしばしの不快感に耐え忍んでいたが、やがてウィルの手を振り払う。
「おい、ほんの一瞬って言っただろ、もう10秒は経つぞ!」
「ええっ、一瞬ってのは5分ぐらいって意味で……」
「ふざけるな、これで終わりだ。さっさと行くぞ」
俺は再びさっさと歩き出す。
その後ろから、ウィルが名残惜しそうな表情で追いかけてきた。
そして俺達の知らないところで、事はミーシャの思い通りに運んでしまう。
アルクはその頃、城の外に出ていたのだ。
俺の無事を確かめるため、そして、ミーシャが言っていた事の真偽を自分の目で確かめるために。
もちろんミーシャは、アルクを一人では外に出さない。
変装して身分を隠したユリアン王女と数人の護衛、ミーシャ自身も共に城の外へと出ていた。
そこでアルクは目撃する。
俺とウィルが、宿屋から共に出てくる姿を。
遠目に見ていたので、俺達の会話までは聞こえなかったらしい。
アルクは茫然として、俺達が通りを歩く姿を目で追った。
その横でミーシャは、ニコっと満足気に微笑んでいる。
それでもアルクは、何かの間違いではないかと考える。
隠れて後を追っていると、俺達は何やら話しながら立ち止まる。
そしてウィルが、俺の耳を触り出したのだ。
アルクはその光景を見て愕然とする。
そして頭の中で、俺との会話を反芻していた。
「しょ、しょこらはもし僕が、本当に王女様と結婚させられても、いいの……?」
「別に構わないぞ」
目の前の現実に立ち尽くすアルクの肩に、ミーシャがぽんと手を置いた。
「さあ、これで分かったでしょう。我々と共に、王宮へ戻りましょう」
「そ、そんな……でも……そんなはず……」
アルクは必死に否定しようとするが、完全に自信を失っていた。
追い打ちをかけるように、ミーシャが小声でアルクに囁く。
「アルク様、あの猫なしでこの先、一人で旅を続けられるのですか?それともお父上の後を継いで、領主になられるのですか?」
その質問にアルクはぐっと詰まる。
この先たった一人で、冒険者として世界中を旅する気など全く起きない。
「王女様との婚姻が成立すれば、あなたは一生王宮で遊んで暮らせます。面倒な実務などは王女と私に任せれば良いのです。……あなたは人と接するのが苦手なのでしょう。引きこもり生活に惹かれはしませんか」
その言葉はアルクの頭にじわじわと染み込んでくる。
そしてミーシャに手を置かれた肩の部分から、徐々に体の力が奪われるような感覚に陥った。
その時ユリアン王女が、アルクの右手をそっと握る。
「アルク様。ひとまず、私達と共に戻りましょう。」
ユリアンは心から気の毒そうな顔をしている。
そしてアルクは逆らうことなく、ユリアン王女に手を引かれて行った。
俺とウィルはその頃、王宮の門へと到着していた。
「俺は数日間、宮殿に滞在する予定になっている。俺一人ならすんなり中に入れてくれるはずだ」
猫耳の余韻に浸っているのか、まだ微かに笑みを浮かべたウィルが、隠れて門衛の様子を伺いながら言った。
「ならさっさと行ってこい」
王宮の庭の周囲は、四角い外壁で囲まれている。
俺達はちょうど外壁の角の部分に隠れ、門衛の様子を覗き見ていたのだ。
俺に急かされたウィルはさっと壁の陰から出て、門衛の方へと歩き出す。
しかし次の瞬間、くるりと回れ右してさっと俺の背後に隠れた。
「おい、何やってんだ」
「だ、だってあれ見ろよ、勇者だぞ!それにあれはユリアンの変装だ。あいつら、城の外に出てたんだ……」
ウィルが指さす方向に、俺は目を向ける。
そこには、王女と思われる人物に手を引かれ、王宮の中へと戻っていくアルクの姿が見えた。
王女と何やら話しているようなので、おそらく精神支配はされていない。
「イテッ、イテッ!おいちょっと、尻尾が………あ、でもこれはこれで、いい………」
俺は無意識に尻尾をブンブン振っていたのだ。
その尻尾が背後にいるウィルをバシバシとシバいていたらしい。
ウィルの嬉しそうな声を聞いて、俺は尻尾をピタリと止めた。
そしてギロリと背後に目を向ける。
「おい、早く行け。建物に入られる前に、ひっ捕らえてこい」
ゴゴゴゴゴゴと憤怒の殺気を放つ俺を見て、ウィルはヒッと小さく声を上げる。
そしていそいそと壁から離れ、門に向かって走り出した。
「ちっ、あいつ、正気を取り戻してるなら、なんでさっさと逃げ出さないんだ」
俺はイライラしながら、門の中へと入って行くアルクを遠目に見送った。




