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1.呑気な朝と、焦る午後

俺とアルクはその日、2か月ぶりにエド町に立ち寄っていた。



四百年前の時代から戻り、やっと元の時代で旅を初めた俺達は、いくつかの場所を回った後、再びリーンに会うためエド町に戻ったのだ。




その日の朝、アルクはなかなか起きなかった。

昨夜エド町に着いた時間が遅かったので、まだ疲れているようだ。とうに日は昇っているが、ぐっすり眠り込んでいる。


俺は既に目覚めているが、アルクが俺を抱き枕にしているので身動きが取れない。



俺は何度か抗議のため、尻尾をブンブン振ってみた。

しかし、アルクが起きる気配はない。



俺は身をよじり、アルクの腕から抜け出そうとするが、その腕にぎゅっと力が入る。


「んん、もうちょっと……」



起きているのか寝言なのか分からないが、アルクがぶつぶつと呟く。

俺はさらにがっちりと抱えられ、余計に身動きが取れなくなった。



やれやれ。これ以上付き合ってられない。




「うわああああああっ!!?」




アルクが驚いてガバっと飛び起きる。

俺が猫耳忍者に変身し、その反動でアルクの腕を振りほどいたのだ。



「おう。いつまで寝てるんだ。」


俺はベッドから立ち上がり、フンと鼻を鳴らす。


「あれ、もう朝?ごめん、全然気づかなかった……」


アルクは眠そうな目をこすった後、じっと俺の姿を見つめる。



「なんだよ」

「え、ううん、なんでも……。」




しかし、俺が猫の姿へと戻ると、アルクはまた俺をガバっと抱きかかえた。



「おい、いい加減に……」



しかしアルクは俺の体に顔を埋め、思い切り深呼吸した。



「ああ、しょこらの匂い……。ねえ、知ってる?猫っていい匂いなんだよ、お日さまの匂いみたいな……。しょこらもいつもいい匂いだよ。すごく癒される……」



アルクはそう言って、スンスンと俺の匂いを嗅ぎ続ける。



「分かったから、いい加減動け、今日はリーンに会うんだろ!」


俺はアルクの頭をぐぐぐぐと前足で押し返して言った。


「ええ、いいじゃない、もうちょっと……」




まったく呑気なものだ。




俺達はこの時代に戻ってから、平和な旅を続けていた。


異世界も含めて、三度も魔王討伐に尽力したのだ。やっとあらゆる責務から解放され、自由に旅ができるので、アルクも最近はずっと落ち着いていた。


夜になるとハルトやハジメの事を思い出して落ち込むことはあるものの、二か月が経過した今、やっと元気を取り戻してきた様子だ。



さらについこの間、俺の変身時間に制限がないと伝えてから、アルクは毎日どこか嬉しそうだった。



「ねえ、リーンとの約束は午後からだよ、そんなに急がなくても……」


アルクはそう言って、まだベッドの上で俺にぎゅっと抱き着いている。



結局そのままダラダラと時間は流れる。

俺達がやっと動き出したのは、昼前になってからだった。




宿屋で昼飯を済ませた俺達は、リーンに会うため兵舎へと向かう。

その道すがら、アルクは俺に向かって尋ねた。


「ねえ、しょこらはやっぱり、猫の姿の方が好きなの?」

「ああ。その方が慣れてるし気楽だ」

「そうだよね。僕はどっちのしょこらも大好きだよ!」


アルクはにっこり笑いながら言う。




俺達が兵舎に姿を見せると、リーンは一瞬、パッと満面の笑みを顔に浮かべた。

と思いきや次の瞬間、急にツンとした態度に切り替わる。



「久しぶりですね。旅は楽しかったですか?」


リーンはプイッとアルクから目を逸らしながら言った。

まったく、素直じゃないのだ。



俺達はそれから、いつものようにリーンの訓練に付き合う。

リーンがどうしてもと言うので、今日はアルクとリーンが木刀で、模擬戦を行うことにした。



「えいっ!えいっ!!」



しかしもちろん、戦いにならない。

リーンが思い切り振り下ろす木刀を、アルクはどれも軽々と受け止めた。


「えっと、リーン、あまり無理しなくても……」



アルクに対して一撃すら与えられないので、リーンはだんだんむきになる。

闇雲に木刀を振り回し、かと思うと体の重心がぶれて思いっきり転びそうになる。



「ちょ、危ない……!」


アルクが咄嗟にリーンを受け止めると、その腕にリーンがどさりと倒れ込む。


「だ、大丈夫……?」



2-3秒そのまま停止したかと思うと、リーンは突然サッとアルクから離れる。

そしてプイッと後ろを振り向いた。


「……すみません。少し休憩します。」


そう言って振り向きもせず、リーンは脱兎の如く駈け出した。



アルクはポカンとして、その後ろ姿を見送る。



「……ねえ、しょこら……今さらだけど、僕ってやっぱり、リーンに嫌われてるよね……」



アルクがやや落ち込んで、ボソッと呟いた。




しばらくしてリーンが戻り、再び訓練に付き合っていると、護衛隊員達が声をかけてきた。


「アルク様!しょこら様!お久しぶりです!!」



数人の隊員達は、俺達を見て敬礼する。

魔王討伐の際に共に出撃した隊員達は、俺のことも崇拝するようになっていた。



「お久しぶりです……」


アルクはぎこちなく微笑む。

これでもコミュ障はだいぶましになったのだ。



「アルク様、そういえば、最近噂になってますよ!」


隊員の一人が、アルクに向かって快活に話しかける。


「え、噂って……?」

「アルク様、まだ誰とも婚約されていないんですよね?」

「あ、ああ、うん……」



アルクが誰とも結婚しないと宣言したのは、両親の前だけだ。

全世界に宣言した訳ではないので、まだ結婚相手を探していると思われているのだ。



「それで、この国の第一王女がアルク様と結婚するって、専らの噂ですが……実際どうなんですか!?」


「だいい……………………え?」


「第一王女ですよ!」


「だい、だいいち…………???」


「はい!!!」




「ええええええええええっ!!!??」




アルクは完全に仰天する。

その横でリーンも、ポカンと口を開けていた。



「いやいやいや!!真っ赤な嘘ですよ!!そんな、身に覚えがないです!!絶対何かの間違いです!!」


コミュ障など吹っ飛ばしたかのように、アルクは早口で否定する。



「そうなんですか?でも他の町でも結構噂に……」

「ないです!!僕は、誰とも結婚しないので!!」




結局アルクが全力で否定するので、隊員達も噂が事実無根であることを理解したようだった。



隊員達が去り、はあっと大きなため息をついたアルクに、リーンが問いかける。


「……誰とも、結婚しないんですか?」


アルクは顔を上げて、リーンを見る。


「え?ああ、うん……僕は、結婚する気はないよ……」


「そうですか」



その時のリーンは、嬉しいような嬉しくないような、何とも複雑な表情をしていた。



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