ライラック
「マリア!今日もアル様に手紙を書きますわ!」
甘いピンクの瞳をキラキラと輝かせてそう話す彼女こそ現在13歳のアリーダである。
「かしこまりました。本日の便箋はいかが致しますか?」
彼女はマリア。
アリーダの1番信頼出来る侍女である。
アリーダはマリアの事を姉のように慕っており、またマリアもアリーダの事を妹のように大切に思っていた。
「今日は花柄の便箋にするわ!香りは薔薇にしましょう。」
16歳に輿入れを控え、少しでも許嫁と仲良くなりたいと奮闘している最中である。
(アル様、次はいつ会えるかしら…。)
以前は少なくとも1週間に1回は必ずお茶会を開いていたがここ数ヶ月はアルベールが何かと理由をつけて会っていない。
結婚前は少しでも多くの時間を婚約者に費やすのが世間一般的なのだが、忙しい日もあるだろうとアリーダは気にしていなかった。
手紙を書きながら彼女は今日も思い出す、アルベールと初めて会ったあの日を…。
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7年前
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「この木が1番高いわ!」
そう言って木の枝に手をかける。
6歳のアリーダにとって、会ったこともない人との結婚なんて考えられなかった。
ましてや皇后になるなど耐えられなかった。
「お嬢様、淑女は木登りなど致しませんよ。」
やれやれとでも言いたげな顔で木の枝に手をかけるアリーダを見上げるマリア。
良くも悪くも元気いっぱいな少女が、ダメだと言っても木登りを辞めないことは分かっていた。
お淑やかなレディーになって欲しいと願いつつも元気に遊ぶことが出来るのは今だけだと見守る。
「こんにちは、何をしているの?」
声の方向を見ると、小さくて可愛らしい男の子が立っていた。
エメラルドグリーンの瞳を輝かせ、金色の髪がふわふわと揺れている姿はまさに物語に出てくる王子様そのものだった。
「ア、アルベール皇子…!!」
アルベールが来ている事を今しがた知ったマリアは慌ててお辞儀をする。
「ルヴィエの光、アルベール皇子に祝福があらんことを。」
このタイミングでアルベールが来ることを予想していなかったマリアの背中に冷や汗が伝う。
お叱りを受けるのではとヒヤヒヤしているマリアとは対照的に、相変わらずアリーダを好奇心の目で見るアルベール。
「アル…皇子?」
木登りに夢中だったアリーダはうっすらと聞こえた名前に後ろを振り返る。
「あっ…?」
「お嬢様!!」
振り返った瞬間足を滑らせ落ちるアリーダ。
マリアがアリーダの元へ駆けつけるより早く、アルベールはそこにいた。
「そこに足をかけたら落ちると思った。」
アリーダを抱きとめたアルベールはそう呟いた。
お互いを見つめ合う。
たった数秒なのに何時間もそうしていたような出来事だった。
「あ、ありがとう…。」
アルベールの腕の中からするりと通り抜けた彼女は恥ずかしそうにマリアの後ろに隠れた。
「私がいながら…大変申し訳ございません。」
アルベールに深々と頭を下げて謝罪するマリア。
その後ろでアリーダは宝石を見つけたと言わんばかりの瞳でアルベールを見つめていた。
ライラック
初恋の香り・恋の芽生え