オタクに優しいメスガキ
「なあお前、最近彼女とはどうなんだよ?」
「ん? ああ、あいつとはもう別れたよ。何かと束縛してきて超ウザかったからよ」
「ハハ、マジかよ。また一ヶ月ももたなかったじゃねーか」
「今は大学生と付き合ってんだ。やっぱ大人はいーわ。飯もいつも奢ってくれるしよー」
「うーわ、最低だなお前、ギャハハ」
とある高校の昼休み。
今日もクラスメイトの陽キャ連中は、品のない話題で盛り上がっている。
まったく、これだから陽キャは。
まあいい。
俺は自分の作業に集中しよう。
コッソリスマホを取り出すと、小説投稿サイトのユーザホームを開き、今夜投稿予定の最新話の原稿を読み返す。
うーん、やっぱここのヒロインの台詞がイマイチな気がするんだよなー。
どこかわざとらしいというか……。
もっとイイ感じの言い回しはないものか……。
「おっ? 何やってんだよオタクくん。俺にも見せてくれよ」
「――!」
その時だった。
陽キャの一人が無理矢理俺のスマホを奪ったのである。
なっ――!?
「んん? もしかしてこれ小説か? ギャハハッ! 何だよ『クラスメイトのギャルに何故か懐かれている件』ってッ!」
「か、返せよッ!」
クソッ!
最悪だ……。
小説を書いてることは誰にも秘密にしてたのに、よりによって一番バレたくないやつらにバレてしまった……。
「えー、オタクくん小説なんか書いてたのかよー。俺にも見せてくれよ」
「俺も見たい見たい!」
「オウ、これだよこれ」
勝手に俺のスマホを渡し、それに群がる陽キャたち。
嗚呼、終わった……。
「ぶふっ!? オタクくんさぁ、こんなん書いてるからモテないってわかんねーの? なんで可愛いギャルが、お前らみてーなド底辺の陰キャのこと好きになるんだよ? だからいつまで経っても童貞なんだぞ」
「そうそう!」
「ホントそれな!」
「ぐっ……!」
そ、そんなの言われなくてもわかってるよッ!
でも、小説の中でくらいは、夢を見たっていいじゃないか……。
チラリと教室の隅に座っているギャルの桃園さんのほうを窺うと、桃園さんはゴミを見るような目を俺に向けながら、「うーわ、オタクキモ」と呟いていた。
……もういっそ死にたい。
「…………ハァ」
その日の放課後。
俺は人気のない小さな公園のベンチで一人、頭を抱えていた。
嗚呼、明日から俺はどうしたらいいんだ……。
今後俺は陽キャ連中から、毎日「キモいオタク」と弄られるに違いない。
そんなのとても、耐えられる気がしない……。
こんなことなら、小説なんか書くんじゃなかった。
どうせ今でも、全然読まれてないし……。
「キャハハ! どうしたのおにいちゃん! そんなゾウリムシみたいな顔して」
「――!」
その時だった。
一人の女の子が、俺のことを指差しながらケラケラ笑ってきた。
だ、誰だこの子……!?
見たところ、小学校高学年くらいだろうか?
随分可愛い子だけど、やたら失礼だな……。
何だよゾウリムシみたいな顔って。
これがメスガキってやつなのか?
「ほっといてくれよ。俺は忙しいんだ」
「えー? とてもそうは見えないけどなー? どーせ学校で嫌なことでもあったんでしょ?」
「……なっ」
なんでわかったんだ!?
「キャハハ! ほーら図星だ! アタシでよかったら話くらいは聞いてあげるよー? 話してごらんよ、さあ、さあ!」
「……」
こんなメスガキに話したところで解決するとも思えないが、今は藁にも縋りたいところだからな。
一か八か、話してみるか。
「……実は」
俺はたどたどしくも、今日あった出来事をメスガキに伝えた。
すると――。
「キャハハハハッ!! 何それ、キモーい!」
「――!」
メスガキは腹を抱えながら、盛大に笑い転げたのである。
くっ、やっぱメスガキなんかに話すんじゃなかった……!
……でも、これが現実か。
「……そうだよね。俺みたいなド底辺の陰キャが小説書いてるのは、やっぱキモいよね」
「え? アタシはそうは思わないけど?」
「……ん?」
お、おや?
「でも、今、キモいって……」
「アタシがキモいって言ったのは、おにいちゃんのことをバカにしてる連中だよ」
「――!」
メ、メスガキ――!?
「小説を書いてるのは凄いことじゃん! アタシだって自分で小説書いてみたいと思ったことはあるけど、やっぱ勇気出なくて書けなかったもん。アタシだけじゃない、世の中のほとんどは、小説を書こうと思っても書けない連中ばっかなんだよ。――それなのにおにいちゃんは勇気を出して小説を書いた。それって本当に凄いことだよ!」
「……」
さっきまでただのメスガキにしか見えていなかったこの子が、一瞬で天使かと見紛う存在にまで昇華した。
ああっ天使さまっ……!
「だからこそ、そんな尊い存在であるおにいちゃんをバカにするような連中は、マージでキモいよ! マジキモだよッ! 絶対負けないでねおにいちゃん! アタシはおにいちゃんのこと、応援してるからね!」
天使さまは俺の右手を、両手でギュッと握ってきた。
この瞬間、俺の中から、かつてないほどの勇気がムクムクと膨れ上がってくるのを感じた。
「わかったよ! 俺、頑張って小説、書くよ!」
「キャハハ! それでよし。アタシの名前は菅井心陽。心陽って呼んでね。おにいちゃんは?」
「お、俺は織田孝樹」
「じゃあたかきおにいちゃんだね! ねえねえ、アタシにもたかきおにいちゃんの小説読ませてよ!」
「え? あ、うん、いいけど」
流石に心陽ちゃんならバカにすることはないと思うけど、それでもちょっとだけ怖いな。
でも、ここで逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ――!
――俺はスマホで自分の小説のページを開き、それを心陽ちゃんに渡した。
「キャハハ! どーれどーれ」
心陽ちゃんはニヤニヤしながらスマホを受け取る。
「……ふむふむ」
が、いざ読み始めると、至って真剣な表情になった。
こ、心陽ちゃん……?
どれだけ時間が経っただろうか。
どうやら最新話まで読み終わったらしく、心陽ちゃんは無言で俺にスマホを返してきた。
ど、どうだったんだ……。
「うん、メッッッチャ面白かったよッ!」
「――!」
心陽ちゃんはその大きな瞳をキラッキラさせながら、満面の笑みでそう言ったのである。
――嗚呼!
「そ、そうかな!?」
「特にこの主人公とヒロインの距離感がイイね! 友達以上恋人未満のいい意味でじれったい関係性が、いつまでも見守っていたくなるよ!」
「そう! 俺が一番こだわってるのはそこなんだよ!」
こんな風に誰かに小説を褒められたのは初めてだ――。
投稿サイトのほうじゃ、一度も感想もらったことなかったし……。
身体の奥底から、今まで感じたことのない多幸感が湧き上がってくる――!
こんな快感を知っちゃったらもう、二度と戻れないよ――。
「んー、でもなー、ヒロインのキャラだけが、ちょっとだけ惜しいかなー」
「……あ、やっぱり?」
「言動がどこかわざとらしいっていうか、作り物っぽく感じちゃうところはあるかも」
「な、なるほど……」
うぅ~ん、まさに俺も同じことを思ってたので、ぐうの音も出ない。
やっぱラブコメはヒロインのキャラが命だもんなぁ……。
「でも俺、見ての通り女の子の知り合いとか一人もいないし……。なかなかリアリティのある女の子の描写は苦手なんだよね……」
「キャハハ! なーに言ってんの! 女の子の知り合いなら、ここにいるじゃん!」
「――!」
心陽ちゃんはあざとくウィンクをしながら、親指で自分の顔を指した。
こ、心陽ちゃん――!
「そうと決まったら、早速今からアタシと遊び行こーよ、たかきおにいちゃん!」
「い、今から!?」
そんな、高校生の俺が小学生の心陽ちゃんと二人で遊んでたら、通報されないかな……?
「あれあれー? もしかしてビビってるんですか、たかきおにいちゃんはー? キャハハ! たかきおにいちゃんのざぁこ、ざぁこ」
「っ!」
これでもかというメスガキ顔で、俺のことを煽ってくる心陽ちゃん。
――クッ!
「わ、わかったよ! 今日はとことんまで、遊び尽くしてやろうじゃないか!」
「キャハハ! それでこそたかきおにいちゃん! じゃあ早速出発進行ー!」
俺と手を繋ぎながら、意気揚々と歩き出す心陽ちゃん。
ハハ、この子には敵わないな。
――この日俺は心陽ちゃんとラウワンで心行くまで遊び、実に爽やかな汗を流したのであった。
「うん、大分キャラがよくなってきたね! この感じなら、書籍化も夢じゃないかもよ!」
「ホントに!?」
あれから一ヶ月。
あの日以来放課後はこの公園で、心陽ちゃんに投稿前の原稿を読んでもらうのが日課になっていた。
ああ、やっぱ心陽ちゃんにそう言ってもらえると、自信が湧くなぁ。
実際心陽ちゃんにアドバイスをもらうようになってからは、ブクマも見る見るうちに増えていき、今では俺の小説はランキング上位の常連になっていた。
このままなら、マジでワンチャン書籍化もあるかもしれない。
「キャハハ! もし書籍化したら、アタシにも美味しいものご馳走してよね、たかきおにいちゃん!」
「ああ、もちろんだよ」
これも全部、心陽ちゃんのお陰なんだから。
やっぱり俺にとって、心陽ちゃんは天使さまだったんだ――。
「んー? どうしたのたかきおにいちゃん、そんな情熱的な顔でアタシのこと見つめて? ひょっとしてアタシに惚れちゃった?」
「ほ、惚れ!?」
な、何を言い出すんだよ心陽ちゃん!
「キャハハハハッ! たかきおにいちゃん顔真っ赤ー! やーいやーい、たかきおにいちゃんのざぁこ、ざぁこ」
「くっ……!」
ちくしょう!
今に見てろよ!
いつか心陽ちゃんのことも、ギャフンと言わせてやるからな!(死語)
「…………え」
そんなある日のことだった。
昼休みにふと小説投稿サイトのユーザホームを開くと、運営からメッセージが届いていた。
――それは何と、出版社からの書籍化の打診連絡であった。
「なあっ!?」
「ん? 何だよオタクくん、そんな大声出して? エロ動画でも見てんのか?」
「あ、いや」
その時だった。
またしても陽キャの一人が、無理矢理俺のスマホを奪ったのである。
こいつは本当に、人として終わってやがる!
「……は? 『是非弊社で書籍化をさせていただきたく、ご連絡いたしました』だとぉ!? 書籍化あああああ!?!? マジかよおおお!!!!」
「「「――!!」」」
クラス中の視線が、一斉に俺に集まるのを感じた。
「オイオイオイ、マジかよオタクくんッ! つまりお前これから、プロになるってことかよ!?」
「はー!? マジでマジで!? 俺、今のうちにサイン貰っとこ!」
「あ、ズリいぞお前! 俺も俺も!」
「っ!?」
が、今まで散々俺のことをバカにしてきた連中が、書籍化が決まった途端、手のひらを返して群がってきたのである。
こ、こいつら本当に、現金だな……。
「織田が……。マジで……」
そんな中ギャルの桃園さんは、頬をほんのりと染めながら、うっとりとした瞳を俺に向けていた。
も、桃園さん……?
「えー!? マジで書籍化決まったの!? キャハハ! やるじゃんたかきおにいちゃん! うんうん、やっぱたかきおにいちゃんはやる男だと思ってたよ、アタシは!」
「ハハ、ありがと」
その日の放課後。
いつもの公園で心陽ちゃんに書籍化のことを伝えると、俺の肩をバシバシ叩きながら全身で喜びを露わにしてくれた。
「これも全部、心陽ちゃんのお陰だよ。――本当にありがとう心陽ちゃん。心から感謝しているよ」
「た、たかきおにいちゃん……!」
俺が真剣な顔で感謝の言葉を伝えると、心陽ちゃんは一瞬で耳まで真っ赤になってしまった。
お、おや……?
「フ、フン! たかきおにいちゃんのクセに、アタシのことを照れさせるなんて生意気なんだから! 罰として今から、アタシにクレープ奢ってよね!」
「あ、うん、それは別にいいけど」
今のどこに、そんな照れる要素があったのだろうか?
「ねえ、織田」
「「――!」」
その時だった。
一人の女性の声が、真横から聞こえてきた。
「……桃園さん」
そこにいたのは、何と桃園さんだった。
何故桃園さんがここに?
「えっと、どうかした?」
「うん、ちょっとさ、織田に大事な話があんだけどさ」
「?」
大事な、話……?
「……あっ、アタシはお邪魔みたいだから、もう帰るね! じゃあね、たかきおにいちゃん!」
「えっ!?」
心陽ちゃんは慌てて、逃げるように走り去ってしまった。
こ、心陽ちゃん!?
「可愛い子だね、あの子。ひょっとして織田って、ロリコンだったりする?」
「――!」
ロリコン……。
――そんな安易な言葉で、俺と心陽ちゃんの関係を縛りつけないでくれよッ!
「フフ、まあそんなわけないか。――ねえ、織田ってさ、前から私のこと、チラチラ見てたよね?」
「――!?」
なっ!?
ま、まさか、バレてたとは……。
「フフ、やっぱりね。私のこと好きだったりする?」
「……」
桃園さん……。
「織田がどうしてもって言うなら、付き合ってあげてもいいよ?」
「――!!」
そ、そんな――!?
「プロ作家が彼氏とか、友達に自慢できるし!」
「…………え」
今、何と……?
……そういうことか。
結局君は俺じゃなく、プロ作家という肩書が好きなだけだったんだね。
ハハ、所詮これが現実か。
「……確かに俺は、前から桃園さんのこと、いいなって思ってたよ」
「あ? やっぱり? じゃあさ――」
「――でもね」
「……!」
「今の俺が好きなのは、ゴメン、桃園さんじゃないんだ」
「……は? そ、それって……」
「本当にゴメンね桃園さん。じゃあね」
「ちょ、ちょっと!? 織田!?」
困惑する桃園さんをその場に残し、俺は心陽ちゃんのことを追い掛けた――。
「心陽ちゃん!」
「っ! たかきおにいちゃん……」
暫く走ると、やっと心陽ちゃんに追い付いた。
こんなに全力疾走したのは久しぶりだから、脇腹がメッチャ痛い……。
「ど、どうしたのたかきおにいちゃん? あの綺麗なおねえちゃんに、告白されたんじゃないの?」
よく見れば心陽ちゃんの瞳は、これでもかと充血していた。
もしかして泣いてた……?
「まあ、付き合ってあげてもいいとは言われたけど――ハッキリ断ってきたよ」
「――!」
心陽ちゃんがその大きな目を、更に見開く。
「な、なんで……」
「だって今日は心陽ちゃんにクレープを奢るって約束したじゃないか。さあ、今からクレープ屋さん行こうよ」
「たかきおにいちゃん――!」
感極まったように心陽ちゃんの瞳は、水の膜で潤んだ。
「キャハハ! しょうがないなーたかきおにいちゃんは! 本当に、アタシのことが好きなんだから!」
「ハハ、そうだね」
俺と心陽ちゃんは手を繋ぎながら、日の傾きかけた住宅街を並んで歩く。
今はまだ、俺たちの関係に名前はつけられないかもしれない。
――でもいつかきっと、それがハッキリとした形になるという予感が、俺の中にあった。
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