報酬のデスロード
『囚人を下の下の下にした。鎖で繋いでおいた。そうしたら、撲殺されたり、犯されて殺されたりした』
『……』
早速のハードなお知らせに目が白くなる。
『何をしてもいいと言われるとそうなるのかと驚いたよ。人間の攻撃性とは本当に恐ろしい』
『……』
『繋いでおくだけではあっという間に犯されて殺される。だから檻を作った』
『おおーっ、安全』
李氏様は首を横に振る。
『石を投げられ、弓矢の標的にされ、死んだ。檻は燃やされたり壊されたり。経費はかかるが、鉄の檻に変えた。檻を網で覆って、見張りの兵士をつけた』
『改善されてますね』
『暴力は届かなくても、人々の罵声で心を病む。今度は自害』
『女の囚人って、そんなにいっぱいいるんですか?』
『姦通罪がいっぱい』
『へー』
囚人になるって分かってて、なんで姦通するんだろ。分からん。
『そのころ、私が祖父からこの役目を引き継いだ。下の下の下の存在は聞いていたが、まさか祖父の仕事だったとは。はっ。青天の霹靂だよ』
李氏様は扇子をばさっと広げ、心底嫌そうに天井を仰ぎ見た。
『知らなかったんですね』
『知るわけねーし。トップシークレット。もう今は、この屋敷に出入りするから、担当バレてるけどさ』
なんか、言葉、崩れてるし。
『どーしてトップシークレットだったんですか?』
『……。いや。まあ。いろいろあって』
『?』
『1日の終わりにはここへ連れてくるようにした。少しは命を落とすまでが長くなったが、日々憔悴し、精神的に追い込まれ、おかしくなる。ある者は皆が見ている中で首を吊った。まったく。どーして……』
李氏様は悔しげに下唇を噛む。
分かるのは本人だけ。死ぬほど辛いことなのか、死ぬより辛いことなのか。
下の下の下という仕事は、3食&寝床の条件に見合わないデスロードらしい。
なんか眠い。もっと端的に話せよ。死亡者何名、平均在任期間何日って感じで。
『で、考えた。囚人を使うのを止めようと。囚人はそもそも罪に苛まれている。檻の中で何もすることがなく、罵声を浴びながら己を責め続けてしまうのではないかと。そして、囚人の多くは衣食住に困らない者だった。貧しい者はそもそも姦通罪を裁判沙汰にしない。そこで! こちらの提供を良き物と考えてくれる貧しい者を探した。』
話がやっと終わったらしい。ヨカッタ。
あれ?
沈黙の中、気づけば李氏様の持つ閉じた扇子が私に向いている。ってことは?
『貧しい者?』
私は自分の指を自身に向ける。
『非常に失礼な言い方で申し訳ない』
『いえ、ぜんぜん』
『香香、やってくれるか?』
李氏様は深々とお辞儀をした。
『別に、いーっすけど』
むしろ喜んで。
私は首を傾げる。長い話はほぼ死んだ話。辛い要素は「ばせい」と「罪」。断るなんて馬鹿げている。
『よかった。承諾を得られない場合、秘密を守るために喉を潰さねばならなかった』
『ひっ』
思わず自分の喉を抑える。
瞬間、頭の中に翠蘭の白い喉が浮かんだ。
このときはまだ、翠蘭が喋らない理由を知らなかった。
拐われて李氏様の屋敷に来たとき、翠蘭が私の世話をしてくれた。侍女だと紹介された。私が屋敷で接したのは李氏様と翠蘭だけ。翠蘭と私がいる棟は独立していて、他には誰もいない。
『あんなにお綺麗なのに。可哀想』
その言葉を耳にしたのは偶然。屋敷の外を見たくて木に登っていたとき。木の下に2人の下女が来て、煎餅を食べ始めた。
『喉、潰されて』
『助けを呼べないようにでしょ?』
『あんときはホントに。見てられんかった』
『ね。酷いことされてさ』
そのときに知った。翠蘭が喋らないのは、喉を潰されているからだと。
後で思い返せば、潰したのが李氏様だなんて言っていなかった。