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女の敵をぶっ殺せ

 蚊遣(かや)りの香の中、得体の知れない上下関係が支配する。



「綺麗な姿を見せて」



 躊躇(ためら)いの間。衣擦れの音。

 仄暗い床に月明かりの欠片が散らばり、見えるのは主を失った靴だけ。



「こっちへ。

 はぁ……。綺麗だよ。桃の花みたい」



 吐息に混じる賛辞に鳥肌が立つ。

 まだだ。まだ男は脱いでいない。

 完全に油断してから。


 寝具が2人分の重さに軋んだ。

 まだ。

 もっと何回も軋むようになってから。



「……。綺麗。……ここも。……ああ。可愛い」



 くっそぉ。さっさとしろよ。

 戸棚の中、私は息を潜めて待つ。

 息遣い、キスを落とす小さな音、男の言葉。聞こえてくるのはそればっか。

 聞いていたのとちげーじゃん。

 戦争のとき、兵士相手に一緒に体を売ろうと知り合いに誘われたことがある。「足広げてればいいだけ。すぐ終わる」って聞いた。男は順番待ちしてて1人ずつ金を取れるから、いい稼ぎになる、短時間で高収入。 

 短時間のはずなのに、まだ揺れ始めもしない。


 ここは貴族の屋敷。下々の使う家具とは違い、揺れないほど立派に作られているのかもしれない。

 てか、もう待ってられない。知り合いの睦事なんて聞きたくない。早く殺そう。



 バンッ



 身を隠していた戸棚の扉を開けて飛び出した。寝具まで2歩。狙うのは男の背中!

 

 のはずだった。想像していたのは、女を力ずくで抑えて無理矢理行為に及ぶ男。実際は、仰向けになった男に女が跨っていた。あ、れ? 無理やりっぽくない。いやいやいや。そんなことはないはず。女は助けを呼べないよう、喉まで潰されているんだから。狙い変更。男の首。



 パシッ



 一瞬の迷いに動作が遅れた。私は男の腕に弾かれ床に転がる。手に持っていた果物用のナイフがカラカラと音を立てて床を滑った。



「なんのつもりだ。香香(シャンシャン)



 上半身の布をはだけた男が驚いた目で私を見る。私は半身を起こして叫んだ。



「うっさい。変態。

 無理やりとかサイテー。

 花街にでも行けばいいだろっ」



 男は寝具から降りようとする。女は走ってきて私を覆った。一糸纏わぬ姿で。私を抱きしめながら、一生懸命首を横に振る。背中には虫が蠢くような傷跡が数本。


 自分はどうなってもいい。でも、私に優しくしてくれた天女のようなこの人だけは助けたい。今だって、必死に私を守ろうと月明かりに白い肌を晒している。


 男は寝具から降り、床にあった羽織を女の肩にかけた。それから、転がっていた果物用のナイフを拾う。



「無理やりじゃない」



 男の言葉に女は首を縦にふる。



「喋れないからって、好き勝手すんなよっ」



 女の肩ごしに、私は男を睨んだ。美しい男。皮一枚の美しさに反吐が出る。

 何人もの女が死んだ。狂った。私を覆う天女は喉を潰されている。



「仕方がない。翠蘭(すいらん)のことを話そう。いいか? 翠蘭」


 

 天女の名は翠蘭。喉を潰された侍女。

 私の身が安全と分かると、翠蘭は服を持って屏風の向こうへ行った。


 男の姓は()。翠蘭と私の雇用主。文官で位はかなり高いらしい。歳は20代後半。独身。 

 李氏様は机の上の蝋燭を灯し、私を長椅子に座らせた。



「まったく。正義感もいいが、確認してからにしてくれ。香香」



 私は香香。歳は16、だと思う。


 ほどなくして服を着た翠蘭が現れ、床に揃えて置きざりにされていた靴に足を入れた。あられもない姿を見られたからか、少し気まずそうに私の隣に座った。

 加害者は私の方。無理矢理じゃなかったなら申し訳なさすぎ。



「生娘のくせに、こんなところへ」



 李氏様は呆れている。あれ? なんでバレたんだろ。処女って。


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