夜会ですがピンチです
続きを思いつけましたので投稿します
フィンリーは焦っていた
己よりも身の丈のある敵が襲いかかってきたとしても、
剣の部隊の隊長だしお前だけでいけるだろと単騎で出撃させられ、何百もの敵にたった1人で応戦しなくてはならない時も、
今日までに提出だと言った報告書(20ページ)を終業間際に提出された時も、
総団長に「明日飲み会20人くらいでやろう、店の予約よろしく」と投げられた時も、
王がちょっと街を見てくると仕事を放り投げて市井に遊びに行ったときも
多少の報復はするが、いつだって笑顔を絶やさず、なんとかしてきていた。
ー厳密にいえば無茶をしてなんとかしているだけなのだが、
笑顔なので余裕なんだなと誤解されているだけだが
まあ兎にも角にも多少無茶なことでもなんとかできてしまうというのがフィンリーだった。
はてさて、では何をそこまで焦っているのか
今宵の舞台は夜会
そもそもにしてフィンリーは夜会が好きではなかった。
腹の中で何を思ってるか探り合い、裏の言葉を読み合い、正直面倒くさかった。
だが侯爵という身分で夜会というイベントは逃れようのないもの、だから参加する分にはしょうがないと割り切っている。
だから参加するという点は正直どうでもいいのだ
大事なことはつつがなく、目立たず、余計なことを言わずに終わらせる。
変に言質を取られてはならない、思わせぶりに、しかし肝心なことは言わないように。
だが、前提としての目立たずという点はまずクリアができていなかった。
剣の部隊隊長を務める次期侯爵が初めて婚約者を連れ添い、夜会に出席する。
まず目立たないというのが無理がある。
そして二つ目
エイヴェリー、彼・・・、いや厳密には彼女の姿というべきだろう。
フィンリーには見えていないが、周りの人間に見えている彼女の姿は、光の束を集めたような絹糸のように煌めく淡い金髪に青空を思わせるような美しいサファイアの瞳、象牙のようにつるりとした真っ白な肌の、絶世の美女と称えられる女性
彼女の前婚約者の死去により、その弟の成人を待つため結婚が遅れてしまった。完全にこちらの不手際のせいなわけなんだが・・・・口の悪い貴族どもは行き遅れと嘲笑っているわけだ。
そんな女性が目立たないわけがない。
そして最後に
エイヴェリーが何を話しているのかがわからないのだ。
フィンリーは男性のエイヴェリー、つまりは本当の姿を見ることができる。
だが、女性のエイヴェリーの姿が見えないのだ。声も聞こえなければ振る舞いもわからない。
ーそう、夜会でエイヴェリーが何を話しているのかが皆目見当がつかないのだ。
こう見えて次期侯爵令息(性別女)、そして王直属の騎士団である王国騎士団の、最強部隊と名高い剣の部隊の隊長を務め、将来は総団長になるのではないかと噂されるフィンリー。
その夫人となるエイヴェリーはこれから先の社交界で中心人物になるか、もしくは中心人物に近い立ち位置になることが予想できる。その場において、男の立ち位置にいるフィンリーは手助けなどできない。婚約者であるエイヴェリーにはそれ相応の知識や立ち振る舞いが望まなくとも求められるのだ。
だからこそ高位貴族達は彼女に話しかけ見極めるのだ。
その言動、思考、立ち振る舞いが若輩の小娘にすぎないものか、それとも次期侯爵夫人としてふさわしいものなのか。この会話で、エイヴェリーの置かれる立場は大きく変動するのだ。
高位貴族達はこぞってエイヴェリーに収穫量は、防衛はだの意見を聞く。
ー問題はそこからだ。
彼らがその問いかけをすれば、エイヴェリーは面倒くさそうに、「さあ」適当に答える。
すると20秒後だろうか、何もエイヴェリーは発言していないというのに頷き、相槌を打っていた者たちが
「さすが、見識深いですな。このような婚約者を迎えいれるウィンチェスター家の発展は間違いありませんな。」
と笑顔を迎えてくるのだ。
言わせてほしい
どういうことだってばよ
エイヴェリーとの手紙のやり取りや、馬車での移動での会話で素晴らしい知識を持っていることは知っていた。だから流石に問いかけにはしっかり答えると思っていたのだ。
だが、まさか高位貴族達に「さあ」で返すとは思いもしていなかった。何を話しているかがわからない、どのような話をしているかが皆目見当がつかない。
同意を求められている内はまだいい、婚約者を褒められているだけならまだいい。もしこれがフィンリーの意見を求めるものに変わってしまったら・・・・どうすればいいのかと内心頭を抱えながら頷き話を進めていると
「フィンリー様」
名を呼ばれ振り向けば第二王子の執事であるセバスチャンがそこに立っていた。
王太子の執事の登場ともあり、周りの高位貴族達は言葉を止める。それを確認した執事は恭しく頭を下げ
「第二王子殿下がお呼びでございます。」
と耳打ちされた。第二王子を待たせるわけには行かないのでその場をエイヴェリーに任せ王太子の元に向かう。別にこの場から一刻も離れたかったからとかそういうわけじゃないからな。
「お待たせして申し訳ございません、第二王子殿下」
恭しく頭を下げ挨拶をすれば
「構わん、頭を上げ楽にせよ。」
許可を得たことで顔をあげれば、
新緑を思わせるエメラルドの瞳。陶器のようにつるりとした白い肌に細身のシルエットが合わさったことで中性的な印象を与え、その眼差しは他者を惹きつける魅力を持つ、この国の王家の跡継ぎたるレイモンド・ウィリアムズがニコニコと笑っていた。
おおよそ20代後半とは思えないほど若々しさ、理想の王子様と言えるようなその見た目に令嬢達はメロメロである。
「ありがとうございます、して、何ようでしょうか。」
「お前が婚約者を連れて夜会に出席したと聞いてな、どれだけ大きくなったものか顔を見たかったのだ。・・・・私も歳をとったのだと実感するよ。」
「ならば早く婚約者を決めた方がいいのでは?」
「ははは、耳が痛い一言だ。」
有能、有望、完璧という言葉が最も似合うようなこの第二王子だが、いつまで経っても婚約者を決めようとしないことに家臣一団頭を抱えている。
今回の夜会は国王と王妃様の代わりに出席している、とされているが
これは未だ婚約者を決める気がないこの王太子のお見合いパーティーでもあるわけだ。
「国王様や王妃様からもせっつかれているのでしょう?」
「ああ、父上や母上からも毎日のようにお小言をもらっているよ。しかしまあ共に国を盛り上げてもらえるような人がいいからね。・・・まあ王太子である兄上が今度結婚するし、私はまだしなくても大丈夫だろうさ。」
本心か判断がつかないような言葉と笑顔で流されるあたり、多分まだ結婚する気も婚約者を作る気もないのだな、と心の中で家臣一団へ合掌をしておく
「して、フィンリーと婚約者殿の仲はどうだい?」
「ああ、特に問題なく良好ですよ。色々お話も出来ましたし、お互いを尊重しながらやっていけるんじゃないですかね、多分。」
「そうか、それならよかった。君達の婚約は王家が間に入ったものだからね、心配していたんだ。」
1番聞きたかったのはそこなのだろう、特に問題がないことをアピールしようと口を開きかけた瞬間
キンキンと甲高い怒鳴りつける声がホールの中央から聞こえてきた。
なんだとそちらへ視線を向ければ
2メートルを超える男に、子犬のように吠えたてる可愛らしいドレスを着た少女の姿がそこにはあった。
「あんたみたいな年増のオバさんが、フィンリー様と結婚するなんてあり得ないのよ!!!」
キャンキャンと子犬のように騒ぎ立てる幼稚な少女にため息をつく。このような場で既にデビューした立派な大人の一員が騒ぎ立てるとは、いやそれだけでなく婚約者でもない人間が異性の名前を気軽に呼ぶとは・・・、どれだけ幼稚で常識がないのだと思わず眉間の皺が深くなってしまった。
「その言動事態も周りを見ることもできない幼稚さも次期侯爵夫人としては最低レベルだと思うがな。そもそもにして歳以外でいうことがないと、私に叶うと思っているのが年齢だけだと思っている、その幼稚で浅はかなのを公言していることに気づいていないとはお笑い種だな。」
一息入れ言葉を続ける
「そもそもにして、この婚約は王命で決まったもの、それすらも理解できない馬鹿がこの世に存在していたという事実に驚きを隠せないばかりだな。」
そう、そもそもにしてこの、フィンリーの家との婚約は王家の命
それに異を唱えることはすなわち、王家を真っ向から批判しているようなものだと気づいていないのだろうか。
「っ、うるさい、うるさい、うるさい!!アンタなんか!!!」
その手に持った、赤ワインの入ったグラスが高く振り上げられる。
投げつける気か
そう気がついた時には、令嬢の手の中にあったグラスは中を舞っていた。
バシャリ
続いてガシャンと音がホールに鳴り響く
令嬢が激昂氏、グラスを持っていた右手に力が込められた瞬間、私は脚に力を込め一気に距離を縮めると、グラスとエイヴェリーの間に体を割り込ませた。
令嬢がエイヴェリーに投げ付けたグラスは私の胸に当たって床に落ち、粉々に砕け散った。
中に入っていたワインによって、真っ白な服が真っ赤に染まり、ああまるで戦場での返り血みたいだな、なんてぼんやりと思ってしまう。
とはいえ、少し遅れてしまったようだ
庇いきれなかったワインの一滴がエイヴェリーのドレスの裾にかかってしまっていた。
まさか一滴が間に合わないとは、不覚
鍛錬が足りていなかった。
「ああ、失敬・・・、婚約者のドレスが汚れてしまったので今日はここで。」
第一王子に頭を下げ、婚約者をエスコートし出口へと向かう。
真っ青な顔をしている令嬢とは真逆にフィンリーの心は晴れ渡っていた
第一王子がいるようなレベルの夜会で、デヴュー前の子供ですらアウトな言動と行動をした令嬢の末路なんぞしったことではないが、自分が今すぐこの場から立ち去れるという事実があまりに嬉しすぎることであった。
ここまでありがとうございました。