神聖痕紋様
ユーリの言う深刻で真面目な話とは、エルザの様態とアンナの父コーサクの嫌疑であった。
親衛隊隊長のゾフィと隊員のエニスタが帝国軍からの別働隊を倒し手に入れた密書を王国に待ってきたのは、エルザ女王が体調を崩してユーリとともに会議室から出て別室で休んでいるときだった。
部屋の前には親衛隊のシータ・シャン・トーマが警備をしていた。小柄な彼女は、背の低さは親衛隊で二位三位を争う。一位はアンナ。
「シータ、女王様はどちらに」
「こちらにおいでですが、今はその……」
「一刻を争うのだ。取りついでくれ」
「しかし……」
その時、ドアが少し開いてユーリが顔をだす。
「騒がしいと思ったらゾフィか。どうした」
「ユーリ様こそどうしたのでございます。何故ここにおわします」
「少し待て。エルザ女王、ゾフィ達を入れてもよいか。……うむ、ふたり共入るがよい。ただし静かにな」
ゾフィとエニスタが部屋に入ると、そこには長椅子に寝そべるエルザ女王と傍らに女神教の司祭長であるマリカ・シャン・ブラパンが立っていた。
「マリカ様、……女王様は……」
ユーリを意識してゾフィは歯切れの悪い質問をするので、ユーリは部屋を出ていこうとする。それを荒い息づかいで絶え絶えながらもエルザ女王が引き留める。
「お待ち、ください、ユーリ様。ゾフィ、かまわないから、用件を……」
ユーリは足を止め、仕方なくエルザのそばによる。
ゾフィは戸惑いながらも、手に入れた密書をエルザに渡し、それに目を通したエルザが深い深いため息をつく。
「これを見たものは」
エルザの質問に、ゾフィが答える。
「私とエニスタのみです。帝国兵は仕留めました」
それを聞いたエルザは、目を閉じて何ごとかを考えて、意を決してマリカを見る。
「マリカ、ユーリ様に私の身体を見せなさい」
「お母様、いえ、女王様、よろしいのですか」
「かまいません。ユーリ様はもう察していらっしゃるでしょうから」
ユーリに視線が集まる。そしてマリカが[真の姿]を唱えると、横たわっているエルザの上空に人の形をした陽炎のようなものが現れる。どうやらエルザの体型のようだが、それには全身に紋様が浮き上がっていた。
「これは──神聖痕紋様か」
ユーリはそう呟くと、何故こうなったかを察した。
だがそれを口に出さず、あえてエルザ女王の説明を聞くことにした。
「さすが大賢者ユーリ様、神聖痕紋様をご存知でしたか」
神聖痕紋様──それは神々がこの世の生き物に対しておこなわれる神罰のひとつだ。
「これはカイマ事件のとき、バルキリー様を召喚したときに付いたものです」
──やはりな、とユーリは思った。
バルキリーを憑依するものは女神教徒で[つよく ただしく うつくしく]ある処女でなければならない。
子供を七人ももうけたエルザ女王はもちろん処女ではない。にも関わらず召喚したときその身体を門にしたのだ。これは神との約束を反故する行為だ。
「……あの時、親衛隊が美聖女戦士になるのに滞ったは、女神フレイヤ様にお願いをしていたからでした。処女でない私を門にするのは約束に反すると。ですがそうなると、その役目はアンナが負うことになります。まだ子供のあの娘ではこの痛みは耐えられないと判断しましたのでバルキリー召喚の代償として神聖痕紋様を受けたのです」
「そんなに痛いのか」
それを訊ねたあと、ユーリは我ながら間抜けな質問をしてしまったと後悔する。
「そうですね……月のモノの痛みと子を産む痛みを合わせて、それを十二人分というところかしら」
聞いただけでユーリ、ゾフィ、エニスタ、マリカの四人は女の部分と胎内に痛みが走った。
しかしエルザはその何十倍もの痛みを一年以上耐えていたのだ。心服するしかなかった。
「神聖痕紋様の痛みは少しづつ減ってはいますが、今の王国を取り巻く情勢に対応するのが困難となりました。ですから、ユーリ様に女王代行をお願いしたいのです」
この言葉にゾフィとエニスタは驚いた。
「それは筋違いだからとお断りしたはずだが」
「これを」
ゾフィが手渡した密書をユーリに見せる。
そこには[事が起きたら動け]とだけ書いてあった。
「これは、どういう意味だと」
「分かりません。ですがそれは羊皮紙ではなく紙であることが問題なのです。我が国で紙を使うことができるのは貴族──それも伯爵家に限るのです」
つまり、密書の相手は紙を持っていても不思議でない者、伯爵家の者、コットン家かブラパン家の者となる。
「おわかりでしょう。私がこのような状態では誰かに代わってもらうしかない。ですが二大伯爵家のどちらかが内通しているとなれば、それがはっきりするまで代行頼めません。アンナは即位するにはまだまだです」
「他に代行するものは──マリカはどうだ。エルザの娘で司祭長なら申し分なかろう」
「この娘は神霊力の同位する分には申し分ありませんが、女王になる条件のひとつ、美聖女戦士にはなれませんでした。なので──」
「それなら私も同じ条件だろう、なぜそこまで私を代行に──[知恵者のウマ]のつもりか」
ユーリがそれに気づいて問うと、エルザ女王は微笑み小さく頷いた。
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