うごめく者
方針が決まったので、両将軍はそれぞれの陣地へと向かう。
ボルノ将軍が外で待っていた少年従兵とともに去っていくのを見て、流行っているのかなとルシアは思う。
続いて出ていこうとしたコルレニオス将軍が、ふと足を止めこちらを見る。
「どうかなされましたか」
「いや、大したことではないが、お尋ねしたいことがありましてな。今回の遠征では小官を要請されたと国王から言われたことを思い出したので、よければ理由をお訊きいたいと」
短く整えた銀灰色の髪に、どこが目だかわからない程の皺を刻んだ顔。だがその皺顔には経験と重みを感じられる。
老将コルレニオスの問いに、ルシアは当たり前のように答える。
「それは簡単です。将軍の部隊が一番手ごわかったからですよ」
「……なるほど」
まんざらでもないという声で返事をすると、待っていた副官とともに退出していったが、その副官にも少年従兵がついていく。
その少年を見て、どうして流行っているのかなと思った理由に気づく。三人とも同じクリーム色の短い癖っ毛にトゥニカ姿のサンダルだったからだ。
「まあ戦地だからな」
と、ルシアはひとり納得した。
戦場に女を連れて行くわけにはいかないので、代わりに美形の少年を寵愛するのはままある。
ただ違う国なのに同じ格好だったので気になったのだ。
「あまり長引くと風紀にかかわるかな」
そんなことを考えていると、斜め方向で同じ問題を聞かされる。
夜襲部隊の偵察からの報告で、夜襲した兵士達すべてが上気した顔の骨抜き状態で戻ってきたというのだ。
精霊に詳しい兵士がいたので、おそらく樹木精霊のせいだろうと付記されていた。
ルシアはドライアドについて詳しい者を呼びつけると、どういうわけかと問いただす。
「ドライアドは古木老木などに憑く精霊で、悪戯に木を切ると命を奪われます。それとは別に美しい少年を見かけると誘惑して連れ去るともいわれてます」
「ということは──ドライアドに誘惑されて骨抜きになった──ということか」
「おそらくは」
「ふむ。我軍の兵士は美しくもなく少年でもない。勇ましく勇敢ではあるがな。しかも連れ去るどころか帰ってくる。──骨抜きとはどういう状態なんだ」
「は。何人か聞き取りましたが、そのぅ……絶世の美女と男女の交わりをしたと……」
「兵士達の様子は」
「従軍医に診てもらいましたが異常なしです。が、よほどよい目にあったのか、その事を吹聴するので兵士達が、明日の夜の夜襲部隊に志願する者が殺到しているとのことです」
「やめさせろ。敵の目的はこちらの戦意を削ぐことだ、寝る時間を削られたら昼間の戦果にかかわるぞ」
「は、はい。直ちに」
兵士が出ていったあと、ルシアは女精霊の姿を思い返していた。穏やかな笑顔で争いを避けようとし、人目を気にするより裸体になりながらも敵対する兵士の命を守る聖母のようなイメージ。それとは裏腹な兵士をたぶらかすような悪女のような振る舞い。
天才的な軍略家であってもまだ弱冠二十三歳のルシアには、女というものが分からず苦悩するのだった。
※ ※ ※ ※ ※
その深夜、帝国軍陣地から少し離れたところで密談をする者たちがいた。
「しかしまさかとは思いましたが、本当に世界樹が存在していましたな」
「然り。あれはたしか百年ほど前に伐り倒されたはずですが」
「ああ。ユニオンを唆してたしかに伐り倒した。この目で見た。だがこうして存在しているからには、あの時仕留めそこねたということだろう」
「カーキ=ツバタがダーク・ボトムの連中に襲われたとき、ひと晩で城壁を囲うように巨大な森ができて守ったという噂が流れてきて、調べてみたら世界樹を名乗る男がそうしたという。さらに調べたら巨大な樹木がある森が広がっているのも確認された」
「本当に世界樹であるかどうかを調べさせるために、遠征の予定を変えさせたかいがありましたな。あれは間違いなく世界樹でしょう」
「これからどうしましょう」
訊ねられた頭目らしき者は、しばらく黙ったあと口を開く。
「世界樹があったとだけ報告するわけにはいかん。どれほどの能力、実力があるか見極めるために今しばらくは静観する」
「精霊を名乗る女と男はどうします」
「それを調べるのが我らの役目だ。可能性は低いが、ひょっとしたら木製憑依型人形の可能性がある。今しばらくはそれぞれの陣地で情報を集めるぞ」
指示を聞いた者たちは静かに頷くと、それぞれは闇に溶けるように離れていった。
※ ※ ※ ※ ※
夜明け間近、もっとも暗くなるその時間に草刈りと野焼きの場となった戦地がざわざわと蠢きはじめる。
下級ドライアド隊により精霊力を与えられた大地により、刈られた草は育ちはじめ、焼かれ黒焦げの地面は天地返しされ、あらたに植えられた草木により緑色に塗り替えられていく。
そして夜明け直前には、まるで昨日は何事もなかったような景色に戻っていた。
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