オケピ大混乱
「駐屯の許可云々の話はあとにしまして、自己紹介させていただきます。ガリアニア領国の領主、ルシア・ガリニア・ファスティトカロンと申します」
「丁寧なご挨拶ありがとうございます。ルシア様と呼んでよろしいでしょうか」
「どうぞ。こちらはクチキ様と呼んで」
「かまいませんわ」
だんだん女言葉が板についてきたな。
ルシア・ガリニア・ファスティトカロンは見たところ二十代前半で彫りの深い顔立ち、金髪碧眼で日に焼けているところから坊っちゃんとは思えない。
腕も太く筋肉質なのがわかる。背の高さは兵士たちに比べてちょっと低いかな。
──イツハ、南側方面の担当は誰だ──
──南東がヨツハ、南西がムツハです。お父様──
──よし、三人でオレの前から歩幅分、旧街道から砂漠まで草を生やすな、線を引け、気づかれないようにな──
──は、はい──
「とりあえず、使者殿はお返しします。そちらからの要望は彼が確かに伝えてくれました」
ずっと持ち上げていたヤラン・レーヤクをルシアの前に置く。あくまでも捕獲しただけなので、無傷であり麻酔で眠らせてある。
これだけの軍勢の前で負けを晒したのだ、ヤラン・レーヤクの居場所はもう何処にもあるまい。とりあえずこれで溜飲は下がった。
「ずいぶんと精霊を下にみているとよく分かりました。ということは駐屯されると森を荒らし、みだりに殺生することが目にみえます。私の森は自然の摂理による生き死にはありますが、それ以外は許されないのです」
「ヤランの行いについては謝罪しよう。此奴は厳重な処罰を与える。しかしそれとこれとは別です。我々はクチキ殿の森が目的ではなく、その先にあるところに用があるのです」
若い金髪碧眼の領主は、意外にもしっかりした受け答えをするので少々驚いた。
──アンナ、ルシアってどういう人物なのか知ってるかい──
さり気なく支援部隊に問い合わせる。
──シンシア、知ってる? ──
──ガリニア領国の前領主はもっとも聡明な娘を帝王に差出し、その子として生まれました。母譲りの聡明さで若いながら支配者としての実力を認められ、現在の領主になっているそうです──
よく知ってるな。
──その情報はどこから得たの──
──それは……、ですが信頼のおける情報筋です──
珍しくシンシアが言いよどんだな。
──クチキ殿、エニスタです。よろしいかな──
──どうぞ──
──私からの私見だが、ルシア殿の身体つきからして、それなりに鍛えられている。軟弱な精神では無理な肉づきだ──
つまり、シンシアの情報の裏づけはあると言いたいのね。聡明な若き領主様か、こんな出会いでなかったら好感持てたのにな。
「どうなされましたクチキ殿」
「いえなにも。この先というのはどちらでしょうか」
「カーキ=ツバタです」
すまして答えるルシアにちょっと驚く。
「カーキ=ツバタ王国と戦争でもするのですか、こんな軍隊を引き連れて」
「いえいえ、我らは頼まれてカーキ=ツバタに向かうのです。ですからクチキ殿の森には長居することはありません、ほんの数日だけ駐屯させてもらいたいだけです」
おいおい、また違う理由が出てきたぞ。
東方辺境統一から食糧問題解決のため、そして戦争が無いと兵士が困るときて王国に頼まれてきただと。
──ウソよ、デタラメよ、なにが聡明な領主よ、すぐバレるウソなんかついて──
アンナが大騒ぎしているのが聴こえる。
「頼まれてきたというのは本当ですか」
「もちろん」
アンナとは真反対にルシアは自信ありげに言う。
「おかしいですわね。カーキ=ツバタとは友好関係にあります、そのような話は聞いておりませんが」
「それはそうでしょう、友好関係があっても自国の事情をわざわざすべて伝えないでしょう」
その通りなんだが、こちらはその事情が筒抜けなんだがな。
アンナ、ゾフィ、シンシア、エニスタ、ヨセフにモーリまでが喧々諤々と騒いでいる。どうやら本当に知らないみたいだ。それにさっきから話しかけても答えてもらえない、こりゃもう当てにならないな。
夕闇が濃くなってきた。このまま押し問答しても埒が明かないだろう。ならば。
あえて見えるように森から管状のツタを延ばし、オレの手前まで届ける。
「これは」
怪訝そうに言うルシアに説明する。
「そろそろ日も暮れてきました。夜の森はさらに危ないので、今宵はここにお泊まりください。かわりと言ってはなんですが、泉からの水をご用意しました。話はまた明日ということでどうでしょうか」
ルシアはしばらく考えた後、受け入れてくれた。
オレはヨツハ、イツハ、ムツハに下級ドライアドとともに見張るよう伝えると、ムダに精霊力で躯体を輝かせてツタの力で持ち上げて後ずさる。
ある程度下がったら輝きを止めて一気に森へと下がった。たぶんこれで消えたようにみえるだろう。演出は大事。
※ ※ ※ ※ ※
急いで森に戻り北端のアンナ達のところに行くと、まだもめていた。
「アンナ、エルザ女王には連絡とったかい」
その質問にはゾフィが答える。
「御報告したところ、そのような事実は無いとの返事でした。我々もそう思います」
「つまりルシアのハッタリだと」
「間違いないでしょう」
となるとルシアのあの自信ありげな態度が気になるな。なにか根拠でもあるのだろうか。
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