最初の交渉
「そのようですね」
エルザ女王は平然としてこたえる。
「御存知かもしれませんが、クチキ・ユグドラシル・シゲルを国王とする我が国には、国土はあっても国民はいません。帝国の使者に対応できないのです。場合によってはもめてしまうかもしれません」
「それで」
「我が国を国と認識して拡めたのは貴国です。なのでそれなりの援助を求めます」
「ふむ……たしかに貴国、ユグドラシル樹立国を認めたのは私どもです。ですがそれを理由に援助を求められるのは筋違いでは」
「それはどういう意味でしょうか」
「もし仮に認識しなくても、帝国の使者はそちらに立ち寄ったということです。貴国は我が国に近く、オアシスがある。こちらに侵攻する拠点として申し分ないからです」
たしかにそうだなとユーリは返す言葉がなかった。
──どちらにしろ森に来るというのなら、帝国とクッキーがぶつかるのは必然か。となると、《《こちらが頭を下げて》》援助を頼むということになる、借りをつくることになるか──
「となると、なぜ貴国は我らを国として認識したのです。必要は無かったのでは」
「それは御礼のためです」
「何か御礼をされるようなことをしましたか」
「ええ。カイマの襲撃の際に多大な貢献をしていただきました。クチキ殿は世界樹候補として支配地を増やしていくのでしょう。ならば今後も交渉しやすい立場でいるのがよろしいと思い、それなりの勢力があると宣伝しました。──余計なことでしたでしょうか」
「……いえ、お気遣い感謝いたします」
ユーリは無表情だったが、内心手強いなと感じていた。
──さすがは一国の代表か。こちらとしては王国から使節団を呼んで対応の後ろ楯になってもらいたいのだが、それを見透かされている。貸しをつくって有利に交渉しようとしてる──
沈黙が部屋を満たした。
エルザ女王もユーリも無表情のまま無言でいる。
同席しているアンナ王女とゾフィ親衛隊隊長も無言のままでいるが、だんだん耐えられなくなってきていた。
「お母さま、発言よろしいでしょうか」
沈黙を破ったのはアンナだった。
「なんです」
「ユーリ様、よろしければ私がお手伝いしましょうか」
「王女様がですか」
「私と親衛隊隊長のゾフィ、それと二名ほどで後見に立てば、お役に立てると思います」
「具体的には」
「それは……、とにかくお役に立てると思います」
「──お心遣い感謝します。申し出は早急に返事できる事ではないようですので、後日あらためてでよろしいでしょうか」
ユーリの言葉にアンナはエルザを見て伺う。
「それではこの件はとりあえず終わりましょう。ユーリ殿はこのまま王宮に泊まるとよいでしょう。御部屋の用意を」
有無を言わせぬ言葉に、ユーリは感謝の返事をする。
「では、宿に戻って荷物を取ってきましょう。いえ、他にも用がありますので自分で取りに行きます。よろしければ案内をしてくれる方をお願いしたい」
ユーリが席を立ち、エルザ女王とアンナ王女が退出するまで待つと、部屋を出る。
こうして一回目の交渉が終わった。
※ ※ ※ ※ ※
クッキーの部屋に戻り、着替えてから王宮を出る。
まっすぐギルドに向うと思いきや、エルザ女王が用意した案内人とともに商業街へと向う。
「大丈夫なのかアンナ。王女が街なかを歩きまわって」
ユーリの前を弾むように歩くアンナは、市井の少女そのものという格好でとても王女には見えなかった。
「ときどき王宮を抜け出して歩きまわっているから平気よ。それに護衛もついてるしね」
ゾフィではない親衛隊の誰かがついてきているのだろう、ユーリの目端について来る女がチラチラと入ってきている。
「それよりユーリ様、流石ですね。お母さま相手に一歩も引かない相手なんて、初めて見ましたよ」
「そうか? あまりの威圧感にオドオドしていたんだがな」
「ご謙遜を。ところでどちらに向かってます」
「今のところ適当に歩いているんだが、そうだな、まずは服をみたいな。それから武具屋と、あとはてきとうに見物したい」
「わっかりました。ご案内して差し上げます」
ユーリはアンナに年相応の屈託ない笑顔を向けられて、苦笑しながらあとをついていく。
あちらこちらを連れ回され、気に入った服や下着を買い入れて、武具屋で話を効いて、喉が渇いたから茶店でハーブ茶を飲みながら休み、日が落ちかけた頃、ようやくギルドに戻る。
「ユーリ様、お帰りなさいませ。そちらは」
受付嬢が問うと、アンナが元気に答える。
「案内の者です。案内所でユーリ様に雇われました」
ぺこりと軽く頭を下げるその仕草は、まるで本職のようだった。
──ときどき出まわっているというのは本当らしいな──
ユーリはそう思いながら、受付嬢にその通りだと話し、今夜から王宮に泊まるから引き払う旨を伝えた。
「王宮にですか。それではお引き留めするわけにはいけませんね。いえ、お代の方はけっこうです。ギルマスからそう言われていますので」
「そうか。ではあまえさせてもらおう」
ユーリは泊まっていた部屋に入り、旅支度の荷物をまとめると、忘れ物がないかチェックして、受付に戻る。
その間、アンナは受付嬢と楽しげに喋っていた。
「待たせたな。それでは行こうか」
声をかけられて、アンナは両手を振ってさよならの挨拶をすると、ユーリのそばに来る。
「知り合いなのか」
「いえ、今日会ったばかりです。いいコみたいですね」
そう無邪気にアンナはこたえた。
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