フレイヤとクロノスコフィン
自らの心の内を扱う──智恵と理性を持つ種族すべてが持つ悩みである。
四百年ほど生きた経験の中で、悪霊などの精神攻撃してくるものや、こちらの心の内を読む能力者同士相手をしたことがあるので、ある程度は対応できる。
だが神霊界で精神体だけの存在となり、周り全てに心の内を読まれるというのは初めての経験である。大抵の者なら恥ずかしさや後悔の念で自己崩壊するであろう。
──経験など関係無いな、エルザより若いマリカやゾフィが保つことができている、なにか別の理由があるはずだ。私と彼女たちとの違いは……信仰心か。彼女たちは女神教徒でフレイヤを信じている、嘘偽りのない信心ゆえみられても平気、隠す必要がないから保てるということか──
ユーリは考えながらもすでに行動(?)していた。女神教徒ではないが、嘘偽りのない赤心を晒す──簡単に言えば恥ずかしがらずに本音をいう、そうすることにしたのだった。
──さすがはユーリ様。こんなに早くその心持ちになられるとは。ではフレイヤ様に拝謁します、御心をたしかに──
マリカの言葉に応えると、突如、巨大にして強大な広大にして高大な神霊圧がユーリにぶつけられた。
それは天変地異に巻き込まれた如くで、ユーリは一瞬にして地の果てまで吹き飛ばされたような感覚に襲われた。
──な、なんだ、何が起きた、神霊界なのに地震と大波と大嵐を同時に起きて巻き込まれたような──
ようやく心を落ち着かせたユーリが視えたのは、遥か彼方に、霊峰のごとき巨躯の女の裸体だった。
どこまでも長い光り艶めく髪、透き通る肌、神々し過ぎて直視しづらい顔、女でもそこに顔を埋めたくなる女であり母でもある乳房、それ以上に帰還りたくなる腰つき、そこに還れば永遠の安寧が得られると心で解り乳児がむしゃぶりつくが如くその衝動にかられる。
──あれが、あれがフレイヤなのか……。桁違い、段違いどころではない、格が違う。いやそんなものでもない、次元そのものが違う──
──エルザよ、面白いものをもってきたな──
ユーリの魂に雷が落ちたような思念が響く。あまりのショックに自我を失いそうになったが耐えた。
──壊しては楽しめぬな、このくらいでよいか──
今度は優しくあやすような思念が響く。それは赤子を優しく抱き上げ落ち着かせるように揺らすような思念だった。
そのあまりの安心感にこのまま心をゆだねふたたび乳児のように泣きそうになる。だが我に返り、自分をとりもどした。
──下界程度の大賢者などと思っていたが、どうしてどうしてなかなか面白い──
ユーリは悟っていた。この関係は大人と子供という差のそれではない。ヒト族と家畜のそれだ。フレイヤの気分次第で生殺与奪が決まり、こちらはただただ要求通りに奉仕し、できなければ棄てられる。そういう関係なのだ。
──エルザよ、試練を乗り越えたと認め神聖痕紋を外そう──
──ありがとうございます──
──そしてユーリ、カーキ=ツバタ王国の女王代理として認める。励めよ──
ユーリは疑問を持つ。
──女王代理となったのはエルザが神聖痕紋により政治ができなかったのが理由だ。それが無くなった以上、私がやる理由はないはずだ──
──そうだな。それでは理由をつくってやろう。ウルズ、ヴェルダンディ、スクルド──
彼方より三柱の女神が来たかと思うとエルザの周りを周りはじめ──エルザを氷漬けにしてしまう。
──お母様──
──エルザ様──
マリカとゾフィの驚愕の思念がユーリに届く。
──これで女王代理をする理由ができたな──
ユーリは戸惑う。意図が解らない。フレイヤはなぜこのようなことをする。
不安と戸惑いの感情が溢れ出す。そしてユーリのそれを悪戯に嘲笑う感情と思念を感じる。
──だれかいる──
フレイヤ、マリカ、ゾフィそして氷漬けにされたエルザ以外の思念体を感じた。いつの間にかフレイヤの周りに無数の思念体が存在していた。
──女神族か──
フレイヤが霊峰だとすると新たに感じた女神族は岩から小石程度の存在だが、それでも脅威だった。それらに比べてユーリは砂粒の如き存在だったからだ。
──今は驚いてる場合ではない。なぜフレイヤはエルザを氷漬けにしたのか? それは私を女王代理にするためだ。なぜそんな事をした? 理不尽な理由で女王が代われば王国が、国民がフレイヤを見放し信者が減るかもしれないというのに。そんな事より大事なことがある? それはなに? まさか私か? 私を手元におくためにこんなことを? ──
ユーリの思考の速さにマリカとゾフィは驚いてるが、女神族のいくつかはフレイヤの側からすぅーっとユーリの側にやってくる。
それを感じてユーリはある推測を立て行動に移った。
──フレイヤ様、私に試練をお与え下さい。それを成し遂げたあかつきには、エルザ女王を解放してふたたび女王にしてくださいませ──
この思考により、半分ほどの女神族がユーリの側に移った。
──面白い、じつに面白い、これほど早く自分の立場を理解し打開に移ったのは数えるほどしかいなかったぞ。じつに愉快だ──
フレイヤの思考が神霊界全体に響き渡った。