純潔を捧げよ
「純潔を捧げよエミア・ローラン。でなければ君との婚約を締結しない!」
今回もいつもの様に第一王子が婚約者を選び、私を婚約させようとしているのだろうと思っていたが、今回ばかりは少々特殊のようです。
婚約破棄ではなく、婚約自体を結ばないと言っているこの男、ギルフォード・バネスは下品な目つきで私に視線を送っている。この男も有名な家柄でバネス伯爵家の長男だ。
とんでもない悪行を重ねていると、第一王子からの命により婚約を申し出たのだがとんでもない言葉を吐いたのだ。
|(なんで貴方なんかに純潔を捧げなければいけないのよ!)
この男の悪行は『薬物の売買』
つまり売人である。
その薬を服用すると幻覚作用があり、過去の楽しかった記憶が無数に蘇って気分がハイになるんだとか。
依存性も高く、服用すると一年程で廃人になれるという通称『リフレイン』は、最近この国にも持ち込まれたらしく国王が頭を悩ませていた。
国王はこの薬害を一刻も早く止めるべく私に婚約を提案し、決定的な証拠を突きつけて断罪して欲しいと、頼まれたのだが今回ばかりは難しいかも知れない。
「純潔を捧げるとは一体どういうことですか?」
「俺はお前を信用していない。どうせ第一王子の使い何だろ? そんなお前と婚約なんぞ出来るか! どうしても婚約したいのであれば俺に純潔を捧げるんだな!」
「第一王子の命が聞けないと?」
「何度も言わせるな。お前には信用がない。女を屈服させるには体を支配するのが手取り早いからな。お前の体で俺に忠誠を誓えエミア・ローラン! いや『断罪令嬢』だったかな?」
どうやら、私の噂は広まっていたらしい。あれだけ貴族を断罪し、注目を浴びれば無理もないだろう。
この状況は大変マズく、婚約すら締結する気もないギルフォードは、私を手玉に取りたいのだ。国益の為に体を差し出すか、自分を貫くかの両天秤にかけられた私は、すぐに決断しようがなかった。
婚約は絶対にして貰わないといけないのである。ギルフォードの決定的証拠を掴むチャンスでもあるが、私の純潔は絶対に守りたい。頭の整理が追いつかずに、私は暫く言葉を発することが出来なかった。
「別にお前の妹でもいいんだぞ? その方がお前には効くだろうしな!」
「誰がお前なんかに妹を差し出すもんですか!」
「まぁ、何でもいいけどよ。一晩だ、一晩だけ待ってやる。 じっくり考えて婚約を申し出るんだな!」
ニヤリと口角を上げ、外道のような言葉を放ちギルフォード・バネスは、私の前から立ち去った。
私や妹をコケにしたことを絶対に後悔させてやる!
ならばいいでしょう。
相手の心が折れるまで、こっ酷く惨めな醜態を晒してやろうと私は決意する。
♦︎
考えることが多い中、私は帰路についた。未だにどう決断したら良いのかすら検討もつかないままお屋敷に戻った私は、持ち物を寝室のベッドに投げつけて部屋に篭っている。
立て籠っていると執事グレイが部屋の扉をノックをしていたのだが、どうしたのだろうか?扉を開けてグレイに用件を聞き出した。
「どうしたのグレイ?」
「お嬢様。悩み事ではありませんか?」
「何にも無いわよ。グレイには関係ないわ」
「何も無いというのにどうして泣いているのですか?」
自分でも気づかない内に涙を流してしまっていたらしい。グレイに何を隠しても無駄であるのだろうと気づいてからは、私は淡々と今日の出来事を告白した。
「婚約の締結に申し出たのだけど、大分警戒されているみたいで苦戦しているのよ。あんな奴に私の純潔を差し出さないといけないらしいわ。どうかしているわよね。」
「なるほど、そういうことでしたか。本当にお嬢様は馬鹿ですね」
「なんですって! 私がこんなにも悩んでいるのにあんまりです!!」
「悩む必要がないから馬鹿だと申したのです! お嬢様は全てを抱え込みすぎる。別にいいのですよ。お嬢様が国の為なんかに体を張る必要なんかないのですから」
その言葉に私はどれほど救われただろうか。止まらない涙をグレイに受け止めて貰い、私は落ち着きを取り戻したのだが……。
グレイが何やらポッケに手を入れて、ゴソゴソと物を探しているようだった。
「ありました、これです。最有力な手がかりになると思います。使って下さい」
「ーーグレイこれは!!」
あの男と戦う準備は整いました。
この『毒』ならば、確実に服毒させる自信もある。
さぁリベンジです。
私が華麗に断罪致しましょう。
♦︎
「エミア・ローラン! お前との婚約を破棄する!!」
挙動不審になり慌てのたまう姿に、私は笑いが止まらなくなってしまう。この男、ギルフォード・バネスは私を支配すると豪語していたにも関わらず、急に逃げ越しになりすんなりと婚約を受け入れた上で婚約破棄を宣言していた。
それは何故か。
例のアレをギルフォードに見せつけたからだ。
態度が急変し咄嗟に放った一言は、サンブルグ伯爵主催のお茶会で響き渡っていた。
「どういうことですか? 昨日と言っていることがおかしいですよギルフォード卿?」
「なんでもなにもない! お前は一体何を隠している!」
「機嫌がよろしいのですね。この薬がそんなに気になりますか?」
第一の秘策にこの男、ギルフォード・バネスは先程まで優位に立っていたはずなのに今は、萎縮して恐怖で顔を歪ませている。
「これが何か知っているのでしょ?」
私は勝利を確信したかの様にほくそ笑み、ギルフォードを下から見下ろした。
「何を馬鹿なことを言っている! 俺はそんな物知らないぞ!」
往生際が悪くシラを切るギルフォード・バネスは、言い訳を考えるので精一杯なのであろう。無茶苦茶な言動で、正直何を言っているのかさっぱりだ。更に追撃をかけるべく私は、ギルフォードを尋問することにした。
「本当にこの薬のことは知らないのですね?」
「当たり前だろ! からかうのも大概にしろ! バネス伯爵家への侮辱と捉えるぞ!」
「結構ですよ。ですがそんなこと言っている場合じゃないかと思いますけどね?」
「ーー貴様、何を掴んでいる?」
「さぁ、何でしょうね。私が知っていることだけ知っていますよ?」
無様過ぎるので、もう笑いが耐えられなくなってしまった。
ここで私のとっておきを披露しよう。
その『毒』は、往生際の悪いギルフォードの首元に喰らいつき、確実に服毒させる。
ならばいいでしょう。
私が華麗に断罪いたします。
「証拠があればよいのでしょギルフォード卿?」
ニヤリと口角を上げて、不適な笑みをギルフォードに私は送っていた。
これが最後の一撃となる。
その毒牙を盛大に振り落とした。
「薬の売買には必ず『ルート』が存在します。足が着かない様に誰に何を売ったかを絶対に知っていなければなりません。 リフレインがここにあるということは……。もう言わなくても分かりますね?」
「ーーまさか! 特定したというのか!?」
「もちろんですよ。貴方がエバー・テイル名義で薬物を流していることも把握済みですからね!」
「ーー俺はエバー・テイルなんて名前は知らない……」
「黙りなさい!! 貴方から取引があったことなんかこの薬のルートを辿れば分かることですよ? 金を積んだら簡単に口を割りましたからね。話しがスムーズでした」
全てを見透かされ膝から崩れ落ちたギルフォードに、断罪の言葉をプレゼントしよう。
完膚なきまでに。心を折る為に。
「ギルフォード卿、貴方は私だけじゃなく私の妹そして女性をまるで愛玩具の様な扱いをし愚弄したことを絶対に許しません! 婚約を破棄させて頂きます!!」
泡を吹き、青ざめながらみっともなく、貴族の気品もないようなそんな男、ギルフォードが地面をのたうち回りながら倒れ込んでいた。
「服毒、致したようですわね」
パンッ! と広げた扇子を片手で閉じこめて、私は捨て台詞を吐きその場を後にした。
♦︎
気分良く帰路についていると、私はお屋敷にサンブルク伯爵家からお便りが届いていたのでそれを読み上げる。
拝啓 陽春の候、売人への断罪において健闘して頂いたこと誠に立派であったと申し上げます。 平素は格段のご厚情を賜り、厚くお礼申しあげます。 末筆ながら、エミアお嬢様を筆頭にご多幸をお祈り申しあげます。
さて 本題ではありますがギルフォード卿は薬物の一切を国王に差し押さえられて、今現在はこの罪の処分について検討中とのことでした。どうせ死罪なのに何を考えているのでしょうね。
ただいま 私達は薬物によって被害を受けた人々の救済にあたっており、カウンセリングや治療などに専念しています。 医学は国民を守る為に必要ですからね。一人でも多く私達も救っていきたいです。
所で第一王子とはまだ進展がないのですか? もう接吻ぐらいしたのではないのですか? いい加減に世直しなんか辞めて第一王子と付き合って下さい。
敬具 マリエル・サンブルグ
♦︎
「だから違うって言ってるでしょ! なんなのよもう!」
「お姉様、朝から騒がしいですがどうしましたの?」
「おはようマリー。マリエルが鬱陶しくてつい……。ね?」
「ーーこの前よりも怖いですわよお姉様!!」
すると、メイドのカーリーも私達の前にひょっこりと顔を出していた。
「今日も皆さまお揃いですね! グレイ様はいつ戻られるのでしょうか?」
「お買い物中だからしばらくしたら帰ってくるわよ」
「はい! 了解致しました! 私は庭の手入れをして来ますね!」
またもや、三人が揃うというのも珍しい。純潔を奪われかけたのだ。相当なまでに考え事をしていたので、三人で会うなどの余裕が無かったのです。
また、グレイが淹れる紅茶を振る舞って貰おうと妹カーリーと打ち合わせをしていました。
ガランッ!
お屋敷の門が開き私達に挨拶をする。
「帰って参りました。やり返して来たのですねお嬢様!」
「当たり前じゃないグレイ! おかえりなさい。お茶の準備をして頂戴!」
「かしこまりました!」
皆んなを集合させ、妹カーリーとマリー そしてグレイでお茶会を開く。
「お待たせしました。いつものアールグレイですよ」
いつもながら最高に美味である。疲れた心を癒す一杯に、私は酔いしれていた。
「今日の紅茶も格別ですわね」
私と妹の尊厳を守る為に戦った激動の二日間は、グレイのファインプレーにより私を勝利へと導いたのです。
「グレイ、いつもありがとう」
飛びきりの笑顔を私はこの最高の執事、グレイ・マッケンリーに向けていた。
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