アールグレイは哀愁の後で
私の屋敷は普段、妹マリーとメイドのカーリーが毎日冗談を言い合って騒がしいのだけれど、今日に限っては静けさが漂っている。こんな日もあるのかと少し驚いてしまった。
「マリーとカーリーはどこへ行ったの?」
「街の方までお出掛けされましたよエミアお嬢様」
「私を置いて行くなんてサイテーね!」
そんな静けさでも、執事グレイ・マッケンリーは毎朝欠かさず私に紅茶を淹れてくれる。それがルーティーンになっていて私の日常でもあります。
「今日はダージリンを淹れましたがいかがですか?」
「んー。やっぱり合わないわ。グレイの淹れるアールグレイが一番ね!」
「私の名が入っていますからね。若い頃に鍛錬したのですよ」
「なるほど。こんなに上品な紅茶を淹れるのですから、若い頃はさぞ女性に持て囃されていたのでしょうね」
まんざらでもない表情をしているが、何処と無く目が悲しさを訴えていた。思えば、グレイと二人きりというのは本当に珍しい事で、私は基本的に妹とセットで行動している。
親身になって話すのは、グレイと初めて会った日以来を除けば初めてかも知れない。それ程までに、私達姉妹に尽くしてくれているのだろうと思うと頭が上がらない。
「なんかむず痒いわね」
「そうでしょうか? 私はそうでもありませんぞ?」
グレイは私達に仕えることが幸せであると、いつも言っているけれど、果たして本当に幸せ何だろうか。
今となっては、分からないけどね。
「腕の方は大丈夫なんでしょうか?」
「まだ痛むわよ。私、初めて骨が折れてしまうほど人を殴りつけてしまったわ!」
まるでお父様の様に、私を心配するんだなと感心してしまう。そんなグレイは、若い頃国王に仕える聖騎士であった。引退して私達の執事になったのだけど、深くは語らず過去の話しなどは一切聞いたことがない。
どうせ今は、私とグレイの二人きりなのだ。
こんなにも近くに居てくれている大切な家族の過去も知らずに、今まで過ごしていたのだからここでしっかりと語っておきたい。
「国王に仕える聖騎士だったのでしょう? 格好いいわよね! 数々の戦場で勝利を導いた伝説の騎士はなんで誰とも結婚しなかったの?」
観念したかの様に、グレイはため息をつき言葉を放つ。その話しは、グレイの悲しい過去を蒸し返す不粋な詮索だったというのにね。
「婚約者がいたのですが結婚出来なかったのですよ。それだけのことです」
悪いことを聞いてしまったのだろう。余計なおせっかいをかき、怒らせてしまったかもしれない私は、グレイに謝罪する。
「ごめんなさい! そんなつもりで聞いたんじゃないの! 私はグレイのことをまだよく知らないからつい……」
一瞬だけ呆れていたグレイの顔に笑顔が戻る。気を使ってのことだろうけど、私に淡々と過去を語るように言葉を放った。
「怒ってなどいませんよお嬢様。過去の話しを今までしてこなかった私が悪いのですから。聞いて頂けますか? 惚れた女一人すら守れなかった無能な騎士のお話しを」
哀愁を誘うグレイ・マッケンリーの悲しい物語に、私は涙を零してしまった。
♦︎
「紅茶は好き?」
「俺はコーヒー派だ」
国王陛下の用意した修練場に、最近女が茶を淹れに来ている。その茶を淹れに来る女『エマ・テンペスト』は貴族の娘ではなく俺と同じぐらい。十代程度の歳で小柄な可愛いらしい女性だ。髪は腰まで長く、艶やかな金髪、瞳が紅く光り輝き幼さを感じる。
|(俺と歳が近いとは思えんな……)
十八歳の当時、俺は今もなお健在の国王に聖騎士の称号を頂き、この国の騎士団長に任命されていた。それを知ってか知らずか、エマはいつも俺にちょっかいを毎日と言っていいほどかけてくる。
「ねぇー。遊ぼうよ」
「ここは遊ぶ所じゃないぞ」
「ケチ! ところでなんで紅茶が嫌いなの?」
「嫌いではないよ。コーヒーの方が好きなだけだ」
「分かった! じゃあ次はとびきり美味しい紅茶を淹れてくるね!」
「コーヒーよりも美味いなら飲んでやろう」
変な約束を交わしてしまって後悔する。実は俺の中で妙な偏見があるのだが紅茶は女子が嗜み、コーヒーは男が嗜む、というものだ。
いけないことだとは分かっているが、なんかむず痒い。それでも、美味い紅茶を淹れてくれるという約束に、俺は少しだけ心躍らせていた。
♦︎
「う……。不味い!」
痺れる程不味い紅茶に俺は戦慄していた。とんでもない酸味に香りもキツい。紅茶は何度か飲んだことはあるけれど、この紅茶だけは群を抜いて不出来なものだった。
「なんでそんなこと言うのよ! 頑張って淹れたのに!」
「多分、俺の方が上手く淹れれるぞ?」
「なんかムカつく!」
あんなに心を躍らせる程、楽しみにしていたのにこれではガッカリだ。こんなにも不味いものを呑まされて不快さが際立つが、俺はある提案をエマに投げかける。
「俺が紅茶を淹れようか?」
「え? あなた初心者でしょ? 無理に決まってるわ!」
「やってみなければ分からないだろう? 俺が本物の紅茶とやらを淹れてやる!」
見よう見真似でしっかりと手順をこなし、適当な茶葉を使って何とか紅茶を完成させる。自信が無くなってきたが、果たして美味いのだろうか?
結果を彼女に委ねて、俺は天に祈りを捧げた。
「ど、どうだろうか?」
「嘘…… なかなか美味しいわ! これアールグレイよね? 最高すぎるわ!」
「あーるぐれい?」
「あなたアールグレイも知らなかったのね……。悔しいけど私の完敗よ。」
「そうだろう! やってみる価値はあったな!」
「才能なのかも知れないわね。グレイがアールグレイを淹れるのが上手いだなんて……」
どうやら俺がテキトーに取った茶葉はアールグレイと言うらしく、彼女が好きな茶葉でもあった為に、何とか絶賛を頂けたようだ。悔しいそうに紅茶をすする彼女を見て、俺はまた紅茶を淹れてやりたくなってしまう。
というかこれがきっかけで、彼女がもうここに来なくなってしまうのではないかと怖くなってしまったんだ。この時すでに、俺は彼女のことを、意識しつつあるのだろうと薄々は感じていた。
「また紅茶を淹れてやろうか?」
「本当ですか!? 是非、ご馳走して下さい!」
エマとの出会いはこんなものだ。
次第に修練場以外でも会うようになり、冗談を言い合う関係になるのだけど彼女に言わなければならない事がある。
『俺はエマに惚れている』
なんて伝えたらいいのか、恋愛などに興味がなかった若造だったから余計考えてしまう。
思いを伝えられずに、時間だけが過ぎ去っていった。
♦︎
我が国に反乱軍が迫ってきた。
その反乱軍の名は「エイドス」と呼ばれている集団で数多くの国を攻撃し壊滅まで陥れる危ない組織だ。街の人々を簡単に虐殺し、若い女は奴隷商人に売りつける。外道のような奴らだが、我々騎士団がその進軍を阻止するよう国王に命じられていた。
なんとしてでも、国民を守らなくてはいけない。
「失礼します団長! 現在、街が襲撃を受けて女が一人誘拐されました!」
「何だと!? どこの娘だ?」
「貴族ではないので知らないでしょうが確かエマ・テンペストだったと思います」
「何だって!?」
この戦いで雑魚ばかり相手にされられ足止めされていたのだが、街まで進軍されていたとなると厄介だ。エマまで拐われてしまったとなると、居ても立っても居られない。今すぐにでも駆け出そうとすると、国王陛下が現れて俺を静止させた。
「グレイ! どこに行くつもりだ?」
「エマの元まで向かいます」
「何故だ?」
「惚れているからですよ」
懲罰を受ける覚悟はしていた。それぐらい真剣だったのだが、あの優しい国王でも流石に許さないだろうと誰もが思ってしまう。
「助けられるのか? グレイ・マッケンリー!」
「絶対に助けます」
「ならば行くがよい! 団長が居なくても私が必ず勝利に導いてやる。だから、お前は惚れた女を守り抜け!」
周りは唖然としていたが、俺はお構い無しにエマの元まで外へ駆け出す。
|(ありがとうございます国王陛下、必ず助けます)
国王との約束を果たす為、俺は立ち止まらず走り続けた。
♦︎
戦場を無理矢理突破して突き進んだ俺は「エイドス」のアジトを特定し単騎で殴り込みに入った。
「お前は確か聖騎士団の団長だな? どうしたんだこんなところまで」
エイドスの拠点先まで辿り着いた俺は今、エイドスのリーダー「マルス・レイン」と対峙している。悪人ヅラが性に合っている、醜悪な容姿だ。
「女を一人誘拐したはずだ。返して貰おう!」
「返すも何も大切な商品だぞ? 貴族でもないような娘なんだから別に誰も困りはしないさ」
「俺が困るんだよ。俺の女に手を出すな!!」
「へぇ、そうなんだ。だったら殺そうかな? そっちの方が楽しそうだ!」
「させると思うか?」
「抵抗するんだろ? かかって来いよ!!」
マルスとの戦闘が始まり、お互い一歩も譲らず剣技だけが交差する。特徴的だったのはその身体能力だ。
致命傷になる斬撃を繰り出しても体をグイッと反らして回避する。
見切っているかの様に体スレスレでかわされてしまうので、お互いに決定打が無かったのだがチャンスが到来した。斬撃を避けるタイミングで足を滑らせ転倒し、絶好な角度で俺の斬撃はマルスの右腕を切り落とす。
「嗚呼ぁぁ!」
「チェックメイトだマルス。もう諦めろ!」
追い詰めたと考えた俺が馬鹿だったようで、反乱軍の増援が運悪くマルスとの戦場に駆けつける。マルスは担がれて逃走したみたいだが、同時に人質まで解放したらしくエマと再会を果たすことができた。
「無事だったかエマ!」
「な……。なんとか大丈夫だったよ。助けに来てくれてありがとう!」
「そうか。無事で本当によかった! 俺はエマに大事な事を伝えたいんだがいいか?」
「いいよ。どうしたの?」
助けることが出来た嬉しさで、感情が爆発しそうなのを抑え込み、俺は彼女に自分の思いの丈を全てぶつけるつもりだった。
「なぁ、エマ。 俺と結婚しーー」
パァン!! 激しい衝撃の音に戦慄した。
その一発の銃弾はエマの心臓を貫き、胸から溢れる血が止まらない。銃声が鳴った方角を見ると、マルスが俺を遠い茂みから見つめ嘲笑い姿を眩ました。
「マルスー!! 貴様ぁぁぁぁ!!」
あいつは俺の心を殺す為だけに、この場に戻ってきたのだろう。確実に致命傷だ、助からない。
「エマー! 死ぬな! 死ぬな!!」
「あーあ。 もうグレイとは……。お別れ……。なんだね」
「バカ言うな! そんな訳ないだろ! 俺はお前に心底惚れていたんだ! 結婚しよう!! だから死ぬな!!」
エマが思い出したかの様にあの言葉を俺に聞いてきた。最後の言葉になるのだろうと感じた俺は、真剣に彼女の話しに耳を聴きたてる。
「コーヒーは好き?」
「俺は紅茶派だ」
「なんで紅茶が好きなの?」
「エマの愛したものだから」
「そう。私も好きよグレイ。結婚出来なくてごめんね」
冷たくなる彼女を絶望感と消失感で諸共抱き、俺は自国の帰路に着いた。
♦︎
聖騎士であるにも関わらず惚れた女一人すら守れなかった無能な騎士は、今も憎悪の炎に包まれて何処に消えたのかすら分からないマルスの幻影を探しているのだろう。
エマを助けられなかった。
そんな後悔をグレイ・マッケンリーは胸に刻んでいる。
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