男っぽくてなにが悪い
咲坂飛鳥はいわゆる男っぽい女だ。一人称は俺だし、髪型はショートカット。顔はその辺の男子よりも整っているし、ファッションも常にパンツスタイルで色は黒を好む。体形は細身だ。なぜ女が男っぽくなったのかと言われても原因は不明だが、理由として挙げられるのは名前かもしれない。飛鳥。違う漢字なら女でもいるが飛ぶ鳥と書く人は男が多いだろう。親はなぜそんな名前を付けたのか。鳥のように羽ばたいてほしいという意味で付けたというが真相は定かではない。そんな彼女は生まれた時から男に間違われていた。
「あら、元気な男の子ね〜」
「女の子なんです」
「男の子生まれたのね。よかったじゃない」
「女の子なんです」
「男の子だっていう私の占いが当たったのね」
「女の子なんですよ」
などという会話を母親はどのくらいしたのか。それは計り知れない。もちろんその頃の飛鳥はそんなことは知る由もなく、自分が男っぽいなどと思えるはずがなかった。しかし1歳、2歳と年を重ねるにつれ、物心がつき始める飛鳥は男っぽいことを自覚するようになる。着るものはスカートは履かずパンツのみ。玩具は女の子らしい人形ではなく車や電車。髪型もショートカットだ。他人から見れば赤ちゃんの時より男の子に間違われやすいのだが、母親は特に気にしなかったらしい。元気でいいじゃない。となんとも能天気な発言をしており、父親も同様にあった。
飛鳥が幼稚園にあがると、いよいよ他の子たちとの差が見てとるようにわかる。飛鳥は最初男の子ばっかりと遊んでいた。しかし男の子たちは女の子のくせに男っぽいと飛鳥を避けるようになる。遊ぶ相手がいなくなった飛鳥は、今度は女の子たちの輪に入って遊ぼうとするのだが、女の子たちは人形遊びやおままごとをしたがったため、最終的に1人で遊ぶようになった。そんな飛鳥の姿を見ていた担任の先生は1人で遊ぶのが好きな子と見ていた。目に見えてわかるいじめがなかったためそう思うのは仕方ないことだったのかもしれない。幼稚園の3年間飛鳥は1人で遊び、担任には全員1人遊びが好きな子だと思われていた。
飛鳥が小学生になるとついにいじめというものを覚えてくる生徒が増える。入学早々、黒のランドセルにパンツスタイル、定番のショートカットスタイルの飛鳥はクラスでいじめられるようになる。その言葉の中には、女のくせに〜。本当は男なんだろ?などと性別に関する言葉が飛び交っていた。幼稚園の頃は気にしていなかった飛鳥だが、さすがに小学生にもなると自分が男っぽいということを気にし始める。飛鳥は男っぽいのが好きだったのだ。目に見えてわかるいじめを受けた飛鳥は男っぽいことに悩んだ。
「俺は女だから男っぽいのはいけないのか?」
「女は女らしくしなくちゃならないのか?」
そんなことをずっと考えていた。そして悪口を言う人たちに対抗するための口調のせいか話し方や性格も男っぽくなっていった。
そして中学、高校といじめを受け悩んでいる時間が過ぎるのは飛鳥にとってとても遅く感じられるようになる。
「はぁ〜」
大学に入り、社会人になっても悩んだ飛鳥。さすがに社会人になり、飛鳥の見た目や中身を男っぽいといじめる人はいないが。幼稚園からの出来事がトラウマになり、大学では窮屈な思いをし、ため息ばかりついていた。社会人になってからはだんだん慣れてきているが。周りの同期の格好などを見ると悩んだ。そんな飛鳥が唯一人の目を気にしなくていいのが外出だった。出勤とは関係のない赤の他人にしか見られない個人的な外出は誰にも男っぽいと思われることがないので快適だった。こんだけ悩んでいるのなら女らしい格好や性格に変わらないのかと思うかもしれないが、飛鳥は男っぽい格好や性格が好きなのでそんなことは無理だった。
そんなある日ーある出来事がきっかけで封印しかけていたトラウマが飛鳥の中で再び蘇ってしまう。それは会社での出来事だった。飛鳥が入社してまだ2ヶ月経たないくらいのことである。飛鳥の会社ではお昼は交代制だ。その日飛鳥の休憩は後半だった。
「咲坂さんお昼行ってきていいよ」
飛鳥は休憩所に向かう。入口のところでこんな会話が飛び込んできた。
「咲坂さんってさ男っぽいよね」
「あーたしかに。あたしもそう思ってたー」
休憩所には前半の休憩組である同期の女子2人が会話をしていた。
「外面もそうだけどさ、内面もっていうかー」
「全部が男らしいよねー」
そんな会話を聞いた飛鳥は思わず来た道のりダッシュで戻った。2人は飛鳥がいたことを知る由もしなかった。体が勝手に動いて屋上まで来てしまっていた飛鳥はそこからの景色を眺めながら先程の出来事を脳内で逆再生していた。
「別に悪いって言ってないし、悪口のつもりじゃなかったのかもしれない…」
そうは思いたかったが、なにせ物心がついた頃からいじめられ、悩んできたことだったので少し言われてしまうだけでも悪く捉えてしまう飛鳥。屋上の手すりを掴んでいた。するとドアが開く音がし、
「咲坂!早まるな!」
と大声が聞こえた。飛鳥がが振り向くと、飛鳥の上司が焦った顔で立っていたのだ。飛鳥は驚いて振り向いた。
「なにかあったなら話を聞くから、自殺は勘弁してくれ」
飛鳥は別に自殺をしようなど微塵も思っていなかったので一瞬キョトンとしたが迷ったのち、上司に話を打ち明けることにした。
「たいしたことではないと思ったのですが、実は先程同期が俺のことを言っているのを聞いたんです」
2人は手すりに寄りかかりながら話をしていた。
「そうか、なんと言っていたんだ?」
「咲坂さんは男っぽいっと。どこもかしこも」
話していてなんだか情けないと感じた。そんなことで…と心のどこかで少しは思っていたし、上司にこんなことを相談するのは間違っているとも思っていたが、やはり飛鳥にとっては重要なことだったのだ。
「そうか…そのあとなんか言っていたか?」
予想外の質問に驚いたが飛鳥は素直に答えた。
「え? 途中で抜け出したもんで…でも、特には」
「ふむ」
上司は顎に手を当てて少し考えた。のち、
「お前は男っぽいということを気にしているのか?」
と質問をしてきた。
「はい」
小さい頃から。という言葉は言わないでおいた。言うと思い出してしまうからだ。
「それは悪口ではない。ありのままを言っただけだと思うが、お前は男っぽいのが好きなんだろう? だから女っぽくはなれない」
「はい」
上司の言葉によくわかったなと感嘆した。
「ここでいう男っぽい女っぽいっていうのは世間一般的なものだが、お前が好きならそれでいいんじゃないか?」
「え? それは…俺は男っぽくてもいいってことですか」
飛鳥は驚いた。俺が男っぽくていいと言ってくれる人に初めて出会ったからだ。上司は頷いた。
「男っぽくたって、それが好きだって、お前はお前だろ。それがお前なんだ」
そうか。男っぽいのが俺なんだ。男っぽくなくなったら俺じゃなくなる…俺はこのままでいいんだ! 飛鳥は上司の言葉でそう思えるようになった。周りの人の目なんて気にしなくていい。だってこれが俺なのだからー。