護衛任務 8
朝になり、トイレに行くと、トントントンと野菜か何かを切っている音がした。おそらく朝ごはんを作っているのだろう。そんな事を思いながら、用を足し、トイレから出てくると、農家の奥さんが僕を待ち構えていた。
「先生。朝食を作ろうと思うのですが、是非、料理のご教授をお願いします」
「いや、まあ、はい。わかりました」
年上の女性から先生と言われて、戸惑いながら返事をする。とりあえず、僕は、このお願いを受け入れた。
台所に行くと、いくつかの野菜がカットされている。量からして、職人さん達の分もありそうだ。僕は奥さんに何の料理を作るのか聞いてみる。
「これから、どのような料理を作ろうとしていたのですか?」
「スープですね。野菜スープです」
「味付けは、どうするんです?」
「もちろん塩のみです」
さも当然に言い切った。やはり、この世界の料理は色々と遅れているようだ。
僕は食材をながめて、一つのメニューを思いついた。トマトがあったので、コンソメとトマトの味付けのスープを作ろうと思う。
倉庫魔法からエルビルト・シオールを取り出して、小声でレシピを聞く。
「コンソメとトマトを使ったスープを作りたいんだけれど?」
「了解しました、マイ・ロード。まずはトマトの皮を剥きましょう。熱湯と氷水があれば、湯剥きという簡単な方法ができます」
「じゃあ、それでお願い」
僕は、エルビルト・シオールの言うとおりに作業を進めた。
まず、氷水を用意する。トマトは皮に薄く切れ目を入れて、熱湯の中に放り込む。
お湯で10~20秒くらい煮た後に、氷水につける。これだけで、ズルリと皮がむけるようになる。
皮がむけたトマトは、適当な大きさに切り、種を取り出す。
後は鍋に放り込んで、コンソメと他の野菜と共に、煮込んでいけば完成だ。
「おっ、なんか美味そうな匂いがするな。一口、味見をさせてくれよ~」
料理が出来上がりそうになると、タカオが起きて来た。もう少し早く来たら、色々と手伝わせる事もあったのに……
とりあえず、今からでもできる仕事をしてもらおう。
「ほら、料理ができたから、お皿とか準備をして、ギルドの人たちを呼んできて」
「それはやるからさ、その前に一口だけ、味見を……」
「いいから、早く仕事をして」
「ちぇっ、じゃあ起こしてくるか」
朝食の準備が終り、しばらくして全員が起きた来た。よく親方に殴られている若手の人が、トマトのスープの匂いを嗅いで、手をつけようとする。
「美味そうな匂いだ、どれ、一口、味見を……」
「もう少しで食事が始まるのに、おめぇは待てねぇのか!」
「いてぇ、すいません」
ゴツンと親方に殴られた。あのゲンコツは何度見ても痛そうだ。
となりでタカオもビクッと反応をする。実は、タカオも先に手をつけようとしていたからだ。この二人は意外と似たタイプなのかもしれない。
全員が揃った事を確認すると、挨拶をして食事に入る。
「「「いただきます」」」
「このスープ、美味しいです」「うめぇ、なんだこれは」「こっちのパンもうまいぞ!」
ちなみに、パンは奥さんの焼いた物だ。外はカリッとして、中はふっくら、お店で出しても、充分なほどにレベルが高い。この世界には、時々、美味しい物があったりするが、このパンがまさにそうだろう。
スープは、トマトの旨みにコンソメがほどよくなじんでいる。少し残った酸味が、更に食欲を刺激するようだ。パンとの相性がバッチリだ。
農家のお子さんが、すごい勢いで食べている隣で、奥さんが僕に聞いてくる。
「あの、このコンソメとかいう調味料。ユウリ先生の手作りですよね?」
「いいえ、街のスーパーに売っていますよ。小瓶ひとつで銀貨1枚くらいでしょうか。あまり安くはないですが、3人家族だったら、1ヶ月くらいは持つと思います」
「その値段だったら買えますね。街に野菜を売りに行く時に、買っておきます」
僕の見せたコンソメの瓶を、丁寧にメモする奥さん。製造工場の名前までメモしていた。
「スープのお代わりありますか?」「あるなら、こっちにも下さい」
「はい。多めに作ったのでありますよ。順番に配るので、並んで下さい」
僕がスープのお代わりをみんなに配る。
こうして、慌ただしく2日目が始まった。