おつかいクエスト 1
ギルドマスターから、魔王軍との勝負のやり方を聞いてから、タカオは上機嫌だ。
「んふふ、魔王と決闘かぁ~、良いねぇ決闘~」
「ほら、決闘で勝負を挑んで来るとは限らないから。それに勝負を受けるとしたら、向こうは得意なジャンルで勝負をやって来るわけだから、こっちはかなり不利だよ。レベルをかなり上げておかないと、勝てないんじゃないかな?」
「相手の得意なジャンルで、こっちがねじ伏せる。最高の勝ち方じゃないか~」
タカオは話を聞く前に、かなり飲んでいた。今も酔っ払っていて、事態の深刻さを理解してなさそうだ。
「大丈夫でしょうか? タカオさんは?」
受付係のエノーラさんが、心配して声をかけてきた。
「大丈夫です。魔王軍との戦いのマナーも教わりましたし、もう問題は起こしません」
「それなら良いのですが……」
エノーラさんが、ちょっとホッとしたようだ。顔の表情が緩やかになる。
「エノーラさん、おれたち、レベルをたくさん上げなくちゃいけないんだ。高難易度のクエを出してきてくれよ~」
酔っ払った状態のタカオが、エノーラさんに絡むように言う。すると、エノーラさんは冷静に対処をする。
「相当、酔っているようですし、クエストは午後からいかがでしょう」
「だいじょーぶですよぉ。ぜんぜん酔ってませんってばぁ」
あっ、これは本格的にダメなヤツだ。タカオはふらふらと歩き、真っ直ぐ歩けない。こんな状態で狩りは不可能だろう。
「ええと、今日の午前中のクエストはあきらめます。タカオがダメっぽいんで」
僕がエノーラさんに言うと、こんな提案をされた。
「それでは1人でも行けるクエストはどうでしょう? 街の外に出なくても、出来るクエストはありますよ」
「それは良いですね。ちょっと探してみます」
クエストの張り出された掲示板を見てみる。すると、1枚の依頼が目に入った。物置小屋の掃除で、銀貨25枚も貰えるらしい。僕は、物を綺麗に出来る『洗浄』の魔法もあるから、この仕事は向いているだろう。
貼り付けてあった紙を取ると、エノーラさんに持っていく。
「すいません、このクエストを受けてみようと思うのですが」
「ああ、このクエストですか。このクエストは、なかなか受注してくれる人が居なかったので、受けてもらえると助かります」
「これって、掃除するだけですよね? 報酬も銀貨25枚と、かなり良いような気がしますけど?」
「たしかに報酬だけ見ると高いのですが、小屋の汚れ方が酷くてですね。受注しようとした冒険者の方も、何人かいたのですが、現場を見るなりキャンセルをしてきまして……」
「僕は『洗浄』の魔法があるので、大丈夫だと思いますよ」
「ユウリさんは知っていますか? 『洗浄』の魔法は、汚れの酷さによって、消費MPが違うのです、ここはかなり汚れていて、相当なMPを消費すると思いますよ。魔法を使っても、何日もかかると思います」
「それなら、何日もかけて、ゆっくりやりますよ。急ぎの仕事ではないんでしょう?」
「ええ、そうですね。では、街外れのゼルマさんの家に行って下さい。よろしくお願いします」
受注の紙に簡単な地図を書いてもらい、タカオを宿屋のベッドに寝かせると、僕はその場所へと向った。
街外れの大きな一軒家、ここが依頼主の家らしい。作りからして、農家だろうか?
ドアについている呼び鈴を鳴らすと、小柄なお婆さんが出てきた。僕は依頼書を見せながら声を掛ける。
「あの、ゼルマさんですか? ギルドの方から清掃の依頼にやってきました」
「おや、これはありがたいねぇ。こっちの倉庫だった小屋を清掃してほしいんだよ。今は使っていないんだが、先立たれた夫が使っていた道具やガラクタがしまってあってね。捨てるにすてられないのさ」
お婆さんの後について、家の裏に回り込む。すると、そこには小屋と言うにはかなり大きい、倉くらいの立派な建物があった。
「よいしょっと、ああ、立て付けが悪いねえ」
お婆さんは鍵を外してドアを開けようとするが、少し斜めになっていて、なかなか開かない。
「僕が開けますよ」
力を込めて引っ張ると、ガキッっと鈍い音がして、ドアが開いた。中は薄暗く、綿のような大きなホコリが舞う。
「ここの清掃を頼みたいんだが、やっぱり無理かね?」
お婆さんが申し訳なさそうに言う。ここはお爺さんとの思い出の詰まった場所だ、僕がなんとかするべきだろう。
「時間がかかってもいいなら、僕がやりますよ」
「それはありがたい。どれだけ時間がかかっても良いから、のんびりとやっておくれ」
そういって、この倉庫の鍵を僕に渡してきた。僕は鍵を受け取ると、こころよく宣言をする。
「任せて下さい。必ず綺麗にしてみせます」
「それじゃあ、頼んだよ。そうそう、お茶は緑茶と紅茶、どっちが好みだい?」
「それだと緑茶ですかね」
「若いのに、なかなか渋い好みだね。作業がひと段落した時に休めるように準備しておくよ」
そう言って、お婆さんは母屋の方へ帰っていった。
さて、これから掃除が始まる。『洗浄』の魔法はどれだけ効果があるのだろう。効き目が悪いと、すべて手作業で掃除をしなくてはならない。そうなると、1カ月くらいはかかりそうだ……