異世界クッキング 1
僕らは冒険者ギルドに戻り、宿の部屋を取る。
部屋に入ると、僕は借りてきた本を読み始めた。タカオはベッドに寝転がり、ごろごろと寝返りをうっている。
10分もしないうちに、タカオが飽きたらしい。
「やべぇ、暇すぎる。なんでこの世界にスマフォがないんだ、時間をどうやって潰せばいいんだ……」
まあ、その気持ちは分る。テレビもネットも無いこの世界は、暇を持て余す。
「ここは中世なんだから無理を言わないでよ」
「うーん、でもなぁ、暇だしなぁ。おっ、雨が止んできたぞ、ちょっと街の中に買い物に行かないか?」
「何を買う気なの? ここ数日で、ちょっとお金を使いすぎたから、節約しないと」
「……そうだ。食材を買って、料理するっていうのはどうだ? ここの宿屋の飯は安いけど、自炊したらもっと安くなるだろう」
「それは良いアイデアかも。宿泊者が勝手に使ってもいい、炊事場もあったよね」
「じゃあ、さっそく買い出しに行こうぜ! 俺は久しぶりに白米が食いたい!」
確かにタカオの言うとおりだ。ここの所、ほとんどがパンだったので、日本人としては白米が食べたくなって来た所だ。
宿屋の受付の人に教えてもらい、この街で一番大きな食料品店に向う。
本当は自由市場で食品を揃えるのが、安くていいらしいが、今日は雨なので、ほとんどの店は出店していない。
雨で濡れた石畳の道を歩いて行くと、店先にキャベツやらカボチャっぽい物を並べている、スーパーのような店が現われた、ここら辺ではかなり大きい店で、ここで間違いなさそうだ。
異世界で、こういった食料品店に入るのは始めてだ。
どのように買い物をすればいいのか分らないので、他の人の様子も見ていると、店先にある買い物カゴを持って、店の中に入って行く。そしてカゴの中に商品を入れて、精算はレジで行なうという、お馴染みのシステムを取っているようだ。
「異世界でも同じような物だな、さっそく美味いものを買おうぜ!」
タカオが買い物カゴを手に取って、僕らは店の中に入る。
「キャベツっぽいのと、タマネギっぽいのを買っとくか。あとコレもいけそうだな」
タカオがどんどん買い物カゴに入れていく。それを僕は止めようとする。
「その赤いトマトっぽいの、高いからそんなに入れないで。まずは店内を一通り見て回ろうよ。お米が売っているか確認したいし」
「そうだな。ええと、米が有るなら、穀物を取り扱っているコーナーだろうな、小麦粉があるから、あそこら辺かな」
穀物コーナーに移動すると、小麦粉、そば粉、大豆などに混じって、米もちゃんと置いていた。しかも米粒の長いインディカ米から、粒が比較的丸いジャポニカ米、おもち用のもち米と、様々な種類が揃っていた。
タカオが米の入った袋を手に取って言う。
「おっ、ちゃんと米も売っている。ここは日本の米を買うぜ。6キログラムで銀貨4枚と安くないけど、これで良いよな?」
「うん。もちろん」
「ところでユウリ、鍋で米を炊いたことはあるか? 俺は料理はサッパリなんだ、インスタントラーメンくらいしか作った事がないし」
「……僕もご飯を鍋で炊いた経験は無いよ。料理も、カレーとかチャーハンくらいしか作れない」
「カレーとチャーハンを作れるなら充分じゃないか、料理はユウリに任せるぜ!」
「えっ、僕が…… ああ、まあ、ここは僕がやるしかないのか……」
はっきり言って不安だが、インスタントラーメンしか作った事がないタカオよりはマシだろう。それに僕は神託スクリーンの機能で、レシピを調べられる。どうにかなるはずだ。
僕が料理に使う物を、本格的に探し始める。
「ええと、お米が手に入ったから、次は調味料を手に入れよう。塩はあるだろうけど、砂糖はあるのかな? 本当は醤油や味噌も欲しいけど、異世界にあるわけがないし……」
「あったぜ、醤油と味噌。味噌は赤味噌と白味噌があるぜ。それにウスターソースやケチャップまである。コンソメや魚粉のダシの粉末まであるな、ほとんど揃ってる」
「えっ、うそ、ここは異世界だよ」
「売ってるもんは仕方が無いだろ。おっ、カレー粉も売ってるな、今日はカレーにしないか?」
「良いね。豚肉にする、牛肉にする?」
「肉の中では鳥肉が安いっぽいな、今日はチキンカレーで良いんじゃないか?」
「いいよ、じゃあ、カレーの材料を集めよう」
ニンジンやジャガイモなど、カレーの材料を集めるのだが、本当にほとんど揃っている。タカオの持っている買い物カゴが一杯になったので、僕も買い物カゴを持ってきた。カレー以外にも使いそうな調味料と食材を買い込み、レジに進む。
レジは、さすがに電子機器などは無く、そろばんのような器具で計算をするようだ。大量に買い込んだ僕らの金額は、銀貨34枚と銅貨6枚。日本円に直すと3万4600円相当だ。
この金額には、レジのおばちゃんが驚いて、僕らに確認をしてきた。
「いやあ、また買ったねぇ。本当にこれだけの量を買うのかい?」
「ええ、倉庫魔法があるので平気です。倉庫魔法に入れておくと、腐らないみたいなので」
そう言いながら、お金を支払う。かなりの金額になったが、これだけ食材があれば10日は持ちそうだ。
「それは便利だね。じゃあ、お釣りだよ」
「ありがとうございます」
タカオが、買ったばかりの赤味噌のビンを見ながらつぶやく。
「しかし、なんだって味噌があるんだろ?」
それを聞いたレジのおばちゃんはこう言った。
「あんたら知らないのかい? 50年ほど前に、異世界からやって来た勇者さまが、その調味料を普及させたんだよ」
「もしかして、醤油やソースやカレーもそいつが広めたのか?」
「ああ、そうだよ。調味料だけでなく、今普及している野菜や米なんかも広めたって話だね。勇者さまが来る前と来た後では、食事が劇的に変ったらしいよ」
「へえ~、そうなんですね」
そう言いながら、僕は次々と食材を倉庫魔法でしまっていく。
全ての食材をしまうと。店を出て、僕らは冒険者ギルドに帰るのだが、その途中でタカオが悔しそうに言った。
「異世界のマズい飯に、革命を起こすのが楽しみだったのに。まさか先を越されるとは……」
「タカオって、料理の経験は無いんだよね」
「ああ、全く無いな」
「それじゃあ、味噌とか、鰹節の作り方とか知ってるの?」
「料理の作り方もわからないのに、そんな物を知っている訳がないだろ」
……うーん。タカオはどうやって食に改革を起こすつもりだったんだろうか。
とりあえず以前に来た勇者が、様々な食材や調味料を広めてくれていて助かった。