魔術師ギルドの依頼 13
この村には宿泊施設が無いので、観光客を呼び込めない。そこで、僕がキャンプ場を作る流れになる。
そしてキャンプ場を作るなら、どうせだったら見晴らしの良い、湖のほとりが良いだろうと言う話になり、食後の散歩をかねて、僕らは村の人と共に、下見に行ってみる事になった。
村の外れから森の中を10分ほど歩くと、目の前の木々が無くなり、ぱあっと視界が開ける。草だらけの湿地のエリアが100メートルほど続き、その奥に湖がみえた。今の時刻は夕方で、辺りはオレンジ色に染まっている。
あまりの風景の美しさにタカオが声を上げる。
「おー、すげー絶景だな」
「まるで絵画を切り取ったような景色ですね」
アネットさんも、タカオの意見に賛同する。確かに、水面にゆらゆらと反射する、オレンジ色の太陽は、神秘的でとても美しい。
「すごい風景だね。ここにキャンプ場を作れば、観光スポットになるかも」
僕がそう言うと、タカオは湖の方向に歩きながら、地面を確認する。
「風景は最高だが、キャンプ場として、この湿地は最悪だな。水たまりがあちこちにあって、テントを張ったら、下から水が染みてくると思うぞ」
「それだったら、この辺りの地面を少し上げようか。村長さん、良いですかね?」
地形操作の許可を村長さんに聞くと、村長さんは驚いた顔で答える。
「この辺りは、もともと利用価値のない湿地じゃから、いじれるなら自由に変えてもらって構わんよ」
「では、キャンプ場として使える様に、整地しますね。僕のいる場所を中心として、ここら辺の地面よ『隆起』しろ」
僕が『整地』の呪文を唱えると、辺りの100メートルくらいの地面が、モコモコっと盛り上がり、水気のない乾いた土台が出来上がった。
アネットさんが驚きながら言う。
「ええっ! こんなに広範囲の土地を、一気にせり上げるなんて異常です! 普通の人なら、部屋ひとつ分くらいが精一杯ですよ?」
「えっと…… うん、この土地は、僕と相性が良かったみたい。たまたま上手くいっただけだよ」
「……本当ですかぁ? まあ、『城壁』の魔法で、一瞬で石橋を作った規格外のユウリさんなら、これくらいは普通に出来るのかもしれませんね」
「いや、本当にたまたま上手くいっただけだから……」
僕はなんとかごまかそうとする。この範囲の整地を、一気にやるのは異常だったのだろうか? 今度からは気をつけよう。
「ユウリ、ただ地面を盛り上げただけじゃあ、雨が降ったら泥だらけになるだろう。『城壁』の魔法で、石畳を作った方が良いんじゃないか」
「そうだね。でもMPがだいぶ減ったから、回復するまでちょっと待ってよ」
タカオが次の注文を言ってきたが、僕は時間を少し置く事にした。広範囲の魔法を連続で使うと、またアネットさんを驚かしてしまう。
ボーッと、湖を眺めていると、村人の1人が瓶とコップを差し出してきた。
「休憩がてらに、一杯どうですか。この村で採れたリンゴを使った、シードルというお酒です」
コップをタカオが受け取ると、グビッと飲んでみる。
「おっ、すげぇ飲みやすい。ほんのり甘くてうまいぞ、これ」
美味そうに飲み干したので、アネットさんが興味を持った。
「本当ですか? 私にも一口ください。あっ、本当だ、おいしい」
2人とも美味しそうに飲んでいるので、僕も飲んでみたくなる。
「僕にも頂けますか?」
「もちろん、どんどん飲んでくだされ」
コップについでもらったシードルを飲んでみる。甘みとほのかな酸味が合わさり、ジュースのような美味しさと飲みやすさだ。
「あっ、おいしい。もう一杯、良いですか」
「どうぞどうぞ、おかわりはいくらでもありますんで」
僕らが美味しそうに飲んでいると、村人の何人かが、村の方へと戻って行った。
そして、しばらくすると瓶を抱えて僕らの前に現われた。
「これ、自家製のワインです、飲んでくだせえ」
「うちの村の特産品のウイスキーです、こちらも飲んでみてくだせぇ」
タカオがワインとウイスキーを口にする。
「おっ、スッキリとしたワインと、とても飲みやすいウイスキーだ、ユウリとアネットも飲んでみろよ」
タカオが差し出したコップを、アネットさん口にする。
「このワイン、クセがなくておいしいです。ウイスキーも、まろやかで良い感じですよ。ユウリさんもどうです」
「では、頂きます」
ワインは口当たりがよく、するすると喉を通過していく。少し、気持ちよくなってきた。
ウイスキーも、アルコールの度数が高いのに、驚くほど飲みやすく、あっという間につがれたコップが空になった。
「お、おいしいですね。もう一口だけ……」
…………チュンチュンチュン、雀の鳴く声が聞える。
「うーん、まぶしい。……えっと、ここは?」
まぶしい光りで目が覚める。ここはどこかの寝室らしい。ベッドの上で僕は寝ていたようだ。
少し前までは夕方で、湖のほとりに居たはずなのだが……
ベッドの横の椅子にタカオが座っていた。寝起きの僕に声をかけてくる。
「おっ、ユウリ、やっと起きたか。昨日はあれだけ魔法を使ったんだ、さすがに疲れたんだろうな」
「……えっと、それは湖の土地の整地とかの話かな? あれは、そこまでMPを使わなかったんだけど」
「……何を言っているんだ、その後の話だよ。城壁の魔法で、ホテルみたいな建物を作ったじゃないか」
「えっ? うそ、そうなの?」
「もしかして覚えてないのか?」
「あっ、うん」
……どうしよう。完全に記憶から抜け落ちている。僕は何をやってしまったのだろうか。