魔術師ギルドの依頼 10
橋を作り終えると、タカオが村長に言う。
「念願の橋が出来たんだ、これは村をあげて盛大なお祝いをしないとな」
「ああ、精一杯のご馳走を用意させてもらうぞ! その前に村のみんなに知らせて回るのが先じゃな」
そう言うと、村長さんは小走りで村の中を走り回る。そのうち村人達が橋の前に集まった。
橋を見た村人達は、騒ぎ始める。
「立派な橋ができておる」
「これは、夢か幻でも見せられてるんじゃなかろうか?」
そんな混乱の中、タカオが大きな声で、村人達に言い放つ。
「この本物だ、村人、全員が乗ってもビクともしないほど丈夫にできてるんだ。疑うんなら自らの足で渡ってみようぜ」
村人は、全員で70人くらいだろうか。橋は頑丈そうに見えるが、こんな人数を乗って大丈夫だろうか……
不安に駆られて、全員で行くことを止めようとする。
「あの……」
そこまで言いかけると、アネットさんが自信満々に宣言をする。
「魔法強度は、10段階のうちレベル10、最高の強度です。馬が1000頭以上乗ってもビクともしませんよ。魔法ギルド協会から派遣された私が保証します。安心して全員で行きましょう!」
すると、それまで行くことを躊躇していた村人達が、歩み始めた。
「魔法ギルド協会が保証してくれるんなら、平気だな」
「そうだな、渡ってみようか」
ゾロゾロと全員で渡り始める。村人達が危険なテストをしようというのに、作った本人が1人だけ、安全な場所から眺めているというのはおかしい。僕も村人達の集団に加わる。
変な振動などがおこらないか、ゆっくりと歩きながら確認をする。
どうやら特に問題は無いようだ。そのまま進み続け、橋の中腹に差し掛かる。これだけの人数が乗っても、橋がたわむ事などはなく、やがて中央を越える。そして、無事に反対側へとたどり着いた。これは、アネットさんの言う通り、かなり丈夫な橋が出来上がったようだ。
渡り終えると、村人達から声があがる。
「うおぉぉぉ、なんと立派な橋じゃろうか!」
「これで、この村も生まれ変わるのう!!」
「お祝いじゃ、みんなで大宴会じゃ!!!」
村人達の喜ぶなかで、村長さんが僕らの手を取って言う。
「ありがとう、これで活路が開けた、村の歴史が変ったと言ってもよい。ところで、今晩のご馳走は、牛肉はいかがじゃろうか?」
すると、タカオが笑顔で答える。
「いいぜ、そういえば、久しぶりに牛肉を食うな。牛肉はこっちに来て初めてじゃないか?」
僕に向って聞いてくる。
「そうだね、これまでに牛肉は今まで食べた事がないね」
そんな話をしていると、村人の1人が深刻な顔をして、村長さんに質問をする。
「『牛肉』って、村長のとこの牛のハナコを潰すつもりか? あの牛は娘のようにかわいがってたじゃねぇか……」
「……この方々は村の恩人じゃ、こうでもしないと、この村では『ご馳走』を用意できねえぞ!」
何やら重い話になっている。こんな話を聞いたら、とても牛肉を食べる気にはならない。タカオが慌てて止めに入る。
「いや、そんな大切な牛なら殺さなくていいよ、他の物を食べるから。この村の特産品とかはないかな?」
特産品と聞いて、村長と村人は、顔をしかめながら答える。
「有ると言えば有るんじゃが……」
「これが、やっかいな魚でして……」
魚と聞いて、タカオと僕は喜ぶ。
「川魚とか良いじゃないか、なあユウリ」
「そうだね。これだけきれいな渓流だと、アユやイワナみたいな魚が捕れるのかな?」
そんな話をしていると、村長さんが、申し訳なさそうに言う。
「いやぁ、そんな美味い魚ではないんじゃ。実は村の奥に湖がありましてな、そこで捕れるんじゃが…… その、見た目が最悪でのう……」
「『最悪』ってどんな魚なんだ? 俺たちだと、大抵の魚は食えるぞ」
まあ、確かに日本人なら、ほとんどの魚をたべる。どんな魚がきても大丈夫だろう。
タカオの質問に、村長さんが渋々答える。
「『ジャイアント・イール』と言う、『大うなぎ』じゃな。蛇みたいな魚でヌルヌルして、最低の魚じゃよ」
それを聞いて、タカオが笑顔になる。
「おっ、うなぎかぁ、ご馳走じゃん」
「ま、まさか、うなぎが好きなのか?」
「ああ、大好きだ。それに俺たちの出身の地方じゃ、高級な魚だぜ」
「し、信じられん……」
村長さんが、愕然とした顔で答える。うなぎが好きな事が、そんなにショックなのだろうか?
村人の1人が、村長さんに話しかける。
「もしかして、儂らの言っている『うなぎ』と、この人達の言っている『うなぎ』は、違う魚じゃなかろうか?」
「そ、そうかもしれんな、あの『うなぎ』が好きだなんて、おかしいからのう……」
「確認が必要だと思います。うちで作った、うなぎ料理を持ってきます」
「ああ、頼む、すぐに持ってきてくれ」
話しかけてきた村人は、料理を取りに自宅へと走っていった。
アネットさんが、小声で僕たちに話しかける。
「タカオお姉さまが『うなぎ』が好きだって、本当なんですか?」
「ああ、好きだぜ。できれば毎日、食べたいな」
「そんなに好きなんですね。あの料理を……」
「ん? アネットは嫌いなのか?」
「私は食べた事が無いんですけどね。ちょっと見た目が悪いので……」
僕がアネットさんに言う。
「確かに、ちょっと蛇みたいかもしれないけど、あくまで魚だから。見た目で判断しないで、とりあえず、一口だけでも食べてみたらどうかな」
「えー、でもー」
いまいち乗り気にならないアネットさんに、僕がもう一押しをする。
「もし、気に入らなくて、口直しが必要なら、僕が何かデザートを作るよ」
「分りました、それなら食べてみます。前に話に聞いたパフェというデザートも、まだ食べてませんからね!」
話をしていると、料理を取りに行った村人が、ボールを片手に帰ってきた。
「こちらが『大うなぎ』を使った、村の名物。『うなぎのゼリー寄せ』です」
ボールの中身を覗いてみると、濁ったゼリーに閉じ込められた、ぶつ切りのうなぎの料理がそこにはあった。
その見た目は最悪で、まるで水際に打ち上げられた、腐乱した魚の死骸のようにも見える。
先ほど、僕は『見た目で判断しないで』とか言ってしまったが、これはすごく不味そうだ……




